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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio quattro 薔薇の飾られた部屋
17/78

Tu sei il mio importante committente. あなたは大事な契約者 I

 寝台の上で、バフッと大きめのものが跳ねる音がした。

 寝具の中に詰められていたと思われる羽毛が、僅かだが飛び散る。

 何事かとランベルトは振り向いた。

 先ほど無反応になった女中が起き上がっていた。細い手がこちらに伸び、ランベルトの首を掴む。

「ぐっ」

 ランベルトは嘔吐のときのような声を上げ、反射的に女中の手首を掴んだ。

「やれ」

 背後の厳つい男性に、アノニモは冷静な口調で命じた。

 女中が、ググッと酷く強い力で首を締める。

 やはり女性の腕力ではない。

 ランベルトは抵抗を試みたが、細い手首はびくともしなかった。

 アノニモの使役する男性が、火焔を灯した手を後ろに引いた。

 吼えるような声を上げながら寝台に走り寄り、女中の顔を肉厚の手で掴む。

 女中は顔を仰け反らせ、ランベルトの首から手を離した。そのまま男性に投げ飛ばされ寝台横の壁に激突する。

 ごほっと咳をしてランベルトは身を屈めた。

 男性は天蓋(てんがい)の垂れ布を雑に退かすと、土足で無遠慮に寝台に上がった。

 その気になれば三人は並んで寝られそうな寝台が、大柄で厳つい男性が乗ると非常に狭く見える。

 男性は反対側に飛び降りると、動かなくなった女中の顔を、再び大きな手で掴んだ。

 男性の太い腕に、濃い橙色の火焔が渦巻いて絡む。

「ちょっ、ちょっと待て!」

 寝台を這うようにして男性の背後に近付き、慌ててランベルトは止めに入った。

「何を待つんです。それは死体ですと何度言ったら」

 アノニモは言った。

「だとしても、もういいだろう。あとは埋葬すれば良い」

 アノニモは進めろと言うように、男性に向けて(あご)をしゃくった。

「骨だけにする気か!」

「違います」

 アノニモは言った。

「骨も残すな」

 男性の太い腕に絡んだ火焔が、蛇のように(うね)って拳に集まった。

 女中の顔の皮膚が溶け、どろどろと首から垂れる。

 嫌な臭いを立てて煙が立った。

 剥き出しになった骨が更に溶け落ち、上質の絨毯(じゅうたん)の上には、女中の細い両脚だけが残った。

「ぐ……」

 ランベルトは口を抑え身を折った。

 不快な焦げの臭いが、空っぽになった胃袋に強烈な刺激になった。

「うっ」

 幸い胃の中には吐くものも無かったが、それでも喉の奥から突き上げる吐き気をランベルトは抑え続けた。

「うえっ……」

「大丈夫ですか?」

 アノニモは身体を屈め、ランベルトの背中をさすった。

 横目で覗き見た仮面の下の口元は、微笑していた。酷く的外れな表情にランベルトは感じた。

「……何か理由があったのか?」

 ランベルトは言った。

「遺体も残せない理由が」

「私の大事な契約者に手を出した」

 ランベルトの背中をさすりながらアノニモは言った。

「立派な理由でしょう」

 ランベルトは、ゆっくりとアノニモの顔を見た。

「……何だそれは」

 仮面を付けた顔を見上げ、眉を寄せた。

「そんな理由で」

 うっ、と再び吐き気を催して、ランベルトは口を抑える。

 女中を焼き溶かした不快な臭いが、部屋に漂い続けていた。

「窓を……」

 ランベルトは、口を抑えたまま立ち上がろうとした。

 上体を曲げた途端、(から)の胃が圧迫され、もう一度吐き気が込み上げる。

「うっ」

 ランベルトは、おえっと舌を出した。

「あーあ」

 アノニモは横に座り、再び背中をさすった。

「どうしたいんです」

「……窓を」

 ランベルトは前方を指差した。

 アノニモは立ち上がり窓の方に向かった。部屋中央の窓を開け、窓の下の方を覗き込む。

 ややして顔を上げると、傍らに飾ってある大量の薔薇を眺めた。

「薔薇の匂いがまたしていると思うのですが」

「……してる」

 吹き込んだ微風で不快な焦げ臭さは散らされたが、薔薇の匂いは再び室内に向かって漂い始めた。





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