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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio quattro 薔薇の飾られた部屋
16/78

Il profumo delle rose e la fanciulla cadavere. 薔薇の香りと死体の女中 IV

 部屋は燭台の蝋燭で照らされているとはいえ、天蓋(てんがい)の中なので、やや薄暗く影が濃い。

 下を向いた顔の表情は見えづらかった。

「押し退けてみたらどうです」

 アノニモは言った。

「ああ」

 ランベルトは肩を掴んだ位置を少しずつずらし、恐る恐る起き上がった。

「大丈夫か、君……」

 女中は首を真横にがくんと垂らした。

 口が半開きになり、真顔のまま舌がだらりと下がっていた。

 生きていれば、たとえ意識を失くしていてもどこかに力が入る。ある程度以上力の抜けた態勢にはならないものだ。

 これは完全に身体の機能を失った者の様子だと思った。

「君!」

 ランベルトは女中の身体を揺すった。

 女中は真後ろに首を反らし、揺すられるままにゆらゆらと全身を揺らしていた。

 簡素に結っていた髪が(ほつ)れ顔にかかっていたが、手もだらりと寝具の上に垂らしたまま、髪を払うことすらしなかった。

「ランベルト」

 革靴の音を静かにさせ、アノニモが近付いた。

 手に蝋燭(ろうそく)を持ち、反った女中の顔を照らした。 

「目を」

 アノニモは言った。

 女中の目に蝋燭を近付ける。

「瞳孔が開いたままでしょう」

 蝋燭を離したり近付けたりする。

 女中の瞳孔は何の変化もなかった。

「死んでいるんです」

「ではなぜ動いていた」

「ブードゥー教の、動く死者の話を知りませんか」

「異教の話など知らん」

 ランベルトは言った。

「もう少し見聞を広めましょうよ」

「うるさい」

 アノニモは寝台から離れると、手にしていた蝋燭を燭台に立てた。

「奴らは、死体を(もてあそ)ぶのも、結構好きな傾向なんです」

「奴らって」

「そこにいる者の同族です」

 アノニモは、控えている厳つい男性を指し示した。

「その何とかいう異教は、悪魔と関係する宗教なのか?」

 ランベルトは座った態勢で身体を移動させ、寝台の端に座った。

 手を離された女中は、ぱたんと寝具の上に倒れた。

「元々は関係ないです。ただ、奴らがこの宗教の秘術を真似て使うので誤解を受けてしまった部分が」

「秘術?」

 ランベルトは燭台の方を向いたアノニモの背に尋ねた。

 身に付けた白い将校服が、火で橙色に染まる。

 本当に幽霊なのかと思いたくなるくらいはっきりとした姿だが、これ以前に幽霊を見たことが無いので何とも言えない。

「ブードゥー教の動く死者というのは、実際には死んでいません。とある毒物で、仮死状態にしているだけです」

 言いながらアノニモは横を向き扉の方を見た。

 すぐにこちらに向き直り、革靴の音をさせて再び寝台に近付く。

「だが奴らは、本当の死体にする。絶妙な加減で似たような毒物を使い、死んだ後も筋肉や骨や声帯が機能するようにするんです」

「なぜそんな」

 寝台に座ったままランベルトは言った。

「まあ、人間が憎たらしいみたいですね。過去に人間に追いやられているので、機会さえあれば痛い目に会わせてやろうということでは」

「追いやられて……?」

 ランベルトは眉を寄せた。

「奴らは、先住民なんだそうです」

 アノニモは言った。

「今人間の住んでいる場所に先に住んでいたのに、人間に追われたと」

「天界から神に追われたのではないのか?」

 ランベルトは言った。

「いえ、そこはむしろ宗教を広める際に、(てい)よく悪役にされただけですね」

 ランベルトは更に眉を寄せた。自身の知っている宗教の解釈からすると、少々ちぐはぐな気がするのだが。

「その話だと……奴らにも同情の余地はあるではないか」

 ランベルトは言った。

 「同情」と呟いて、アノニモは仮面の上から覗き見える眉間に(しわ)を寄せた。

「今は、ここは人間の住んでいる所ですよ?」

「そうだが」

「それに、奴らはコンティ家の者を非常に忌み嫌っている。仮にあなたが歩み寄ったとしても、あなたの命を狙いますよ」

 革靴の音をさせ、アノニモは寝台の横に来た。

 身を屈めて言う。

「ランベルト」 

 ランベルトは顔を上げた。

「眠りが長いくらいで済んで良かったですね」

 アノニモは口角を上げた。

「毒を吸い出させた甲斐があった」

「え……」

 ランベルトは仮面を着けた顔を見上げた。

「吸い出させた……?」

「使役する者に」

 口から直接吸い出させたということか。

 アノニモの背後に控える厳つい男性に視線を移し、ランベルトは言葉を詰まらせた。

 思わず手で口を塞ぐ。 

「あれじゃない。ちゃんと美女の者を選びましたよ」

「いや……そういうことでは」

 くぐもった声でランベルトは答えた。

「毒を吸い出させたとは、何のことだ」

「あの女中と同じ毒を、あなたも吸いました」

 ランベルトは目を見開いた。

「どこで」

 アノニモは手を伸ばし、窓際を指差した。

 ダニエラの送り付けて来た大量の黄色い薔薇がこんもりと花瓶を覆っている。

「いい匂いがしたでしょう」

 口を塞いだままランベルトは眉を寄せた。

「そろそろ気付いたかと思いました」

 アノニモは口角を上げた。

「あれを贈って来たのはダニエラだ。どこかで毒物を仕込んだ花と()り替えられでもしたか?」

「いいえ。間違いなくダニエラ嬢が贈ったものです」

「……どういうことだ」

 ランベルトは言った。



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