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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio quattro 薔薇の飾られた部屋
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Il profumo delle rose e la fanciulla cadavere. 薔薇の香りと死体の女中 I

 蝋燭(ろうそく)の灯りを消して眠りに就いたのは、どれくらい前の時間帯だったか。

 ランベルトは、間近に人の気配と重さを感じて目を覚ました。

 目を開けたはずなのに、真っ暗で何も見えなかった。

 視線を感じるのだが、どこからの視線か分からない。

 光を探ろうと懸命に目を大きく見開いた。

 部屋の灯りを落としたとはいえ、月明かりで少々なら見えるはずだが。

 どうにも部屋の景色が見えない上に、自分のものとは違う息遣いが聞こえる気がする。

 太く荒い、やや興奮したような息遣いだった。

「えと」

 自身の感覚を確認するために、声を出してみる。

 発音が出来、自身の声が耳に届いたことで少々ホッとしたが、それでも視界は不明瞭なままだった。

「あー」

 意味のない声を出してみる。

 興奮した獣のような息遣いが、耳元で聞こえた。

 頬に冷たい息がかかる。

 これは。

 何者かに、上にのし掛かられているのか。

 そうと気付き、恐怖で身体が硬直した。 

「アノニ……」

 思わずそう言いかけた。

 普段なら執事か従者を呼んでいるところだが、なぜあの正体不明の霊の名前が真っ先に出たのか。

 のし掛かっていたものが、僅かに位置をずらした。

 窓のカーテン越しの月明かりが視界に入り、白っぽいものなら判別できるようになった。

 のし掛かっているのは、女性のようだった。

 どこかで見た顔だと気付き、記憶を探る。

 昼間、生けた薔薇を運んで来た女中に似ている気がした。

 薔薇は窓の横に邪魔な感じで飾られたままだ。暗い中で金色に近い黄色が映えて見えた。

「……えと、君?」

 ランベルトは戸惑った。

 女中は再び身体をずらすと、衣擦れの音をさせて顔を近付けた。

 寝具から出たランベルトの肩に手を掛け、唇を近付ける。

 身体の奥から絞り出すような深い息が、唸り声のように聞こえた。

「何か……身体の具合でも」

「お慈悲をくださいませ」

 女中は、不自然に身体をがくがくと揺すりながら言った。

「慈悲……」

「ランベルト(ぎみ)と夜を過ごしたく思います」

「は?」

 何だこれはとランベルトは戸惑った。

 噂に聞く、主人の愛人狙いのあれとかか。

 今までそんなものに会ったことはなかったが、父がいよいよあれだとなると来るものなのか。

「いや……ちょっと待て」

 こんな状況で、据え膳がどうこう言う者は、警戒心が無さすぎだろう。

 怪しすぎて、その気になる以前に怖い。

「お慈悲をくださいませ、ランベルト(ぎみ)

 女中は、バフッと音を立て勢いよく腹の上に跨がった。

 いきなり圧迫され、ランベルトは、ぐっと息を吐いた。

 続けて身を屈めると、ランベルトの両の頬を乱暴に掴む。

 口づけをするような動作をしたが、ランベルトは顔を逸らして避けた。

 唇の端から頬にかけて、甘酸っぱい匂いの唾液をべっとりと付けられる。

 匂いの奇妙さにランベルトは眉を(ひそ)めた。

「ちょっ……君」

 ランベルトは女中の肩を押し退けようとしたが、グググ、と肩で押し返される。

 女性にしては、随分と力が強くはないかと思った。

「お慈悲を、どうぞ」

 女中は(のど)風邪のときのような濁った声でそう言った。

「ランベルト(ぎみ)

「いや……ちょっと待て」

 ランベルトは懸命に押し返した。

 女中は、柔らかい寝具にめり込ませるようにして手を付き、ランベルトの抵抗を更に渾身の力で押し返した。

 女中の吐き出す甘酸っぱい臭いのする息が顔にかかる。

 何の臭いだろうとランベルトは思った。

 果物の爽やかな甘酸っぱさとは違う。

 発酵した臭いと体液の臭いとが混じったような、嫌悪感を覚える甘酸っぱさ。

 何か、知識の片隅にあった気がする。

 渾身の力を込めようやく少し押し返すと、寝台の横に誰かが立っているのに気付いた。

 白い服を着た人物のようだった。

 執事だろうか。

 手を借りようと、ランベルトは顔をそちらに向けた。

 寝台の横にいた人物は、こちらの状況を何だと思っているのか、ゆっくりと胸に手を当て呑気に一礼した。

 折り目正しい仕草で上げた顔には、白い仮面を付けている。

 アノニモだった。



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