Stanza la decorato di rose. 薔薇の飾られた部屋
「贈り物?」
ダニエラの訪問から数日経っていた。彼女が贈答の品を届けて来たとランベルトは執事から伝えられた。
「品はどんな」
「花でございます」
執事は言った。
「花……」
「薔薇の花束です」
ランベルトは鼻白んだ。
「何だか男女が逆になったような話だな……」
「あちらは婚姻に乗り気だということでしょう」
ランベルトは無言で眉を寄せた。
私室の窓際に置いた簡素な椅子に腰掛け、暫く窓の下を凝視した。
ダニエラのあの偽物じみた雰囲気を思い出した。
美しいが、どこか違和感を覚えるのだ。
他の者は何も感じないのだろうか。ランベルトは、執事の皺の刻まれた顔をちらりと見た。
まして、ポンタッシェーヴェの所有地はそのままだとガエターノは言っていた。
彼女とバルロッティ家に関しては、不可解なことだらけだ。
「どこから贈って来たと」
「は……」
「今、彼女がいる土地だ」
執事は暫く考えるような仕草をした。
「ポンタッシェーヴェでは」
「……ポンタッシェーヴェは、やはりうちの所有のままだとガエターノ叔父上が言っていたが」
執事はじっとランベルトの顔を見た。
「ガエターノ様といいますと……?」
「は……?」
ランベルトは目を見開き、執事の顔を凝視した。
「ガエターノだ。母上の弟の」
執事は首を傾げた。
ランベルトは緊く眉を寄せ、その顔を見た。
おかしなことだらけだ。
次から次へと。
「贈り物は、どこにお運びしましょう」
何事もなかったかのように、執事が室内を見回す。
「送り返せないのか」
そう言った瞬間、ランベルトは背後に何かの気配を感じた気がした。
「そうですねえ。花ならばやはりお部屋に飾られるのが宜しいかと」
背後から滑らかなテノールの声がした。
振り向き、ランベルトは、うっと小さく呻いた。
アノニモがいた。
相変わらず顔の上半分を隠すマスカレードマスクと将校服。
ランベルトの背後に、従者か何かであるかのように立っていた。
「贈られたご本人のお部屋がやはり」
アノニモは微笑した。
納得したように執事が頷く。
「お部屋にお持ちしても宜しいですか、ランベルト様」
執事は言った。
「あ……ああ」
ランベルトは曖昧に返事をした。
背後のアノニモに抗議の目線を向ける。
執事が退室し扉が閉まると、アノニモはおもむろに口を開いた。
「ランベルト、少々押しの弱い所がありますな」
微かに含み笑いをする。
「お前が強引なのだ」
ランベルトは不機嫌に眉を寄せた。
「やはりあなたに悪魔払いの能力があるとしたら、屠る方でしょうかね」
「押しが強いか弱いかが、本当に判別の方法なのか」
「私の独自の判別方法です」
しれっとアノニモは言った。
相変わらず掴みどころの無い受け答えをする。生前もこうだったのだろうかとランベルトは思った。
「困ったら呼べと言ったな」
「はい」
アノニモは言った。
「困ってはいないが?」
「これから困るのではと思いまして」
「どんな」
「予想が付いたら苦労はしませんよ」
アノニモは肩を竦めた。
コツコツと革靴の音を立て、部屋を横切る。
「取りあえず、あの令嬢の贈り物というものに対処しましょう」
「送り返させれば良いだけなのに、何を横から口を出しているのだ」
ランベルトは眉を寄せた。
「生花でしょう? 送り返しにくいのでは」
「常識的にはそうだが」
「常識はいちおう守りましょうよ」
アノニモは言った。
「この場合は少々違う。下手に婚姻に賛成だと思われても困る」
「ランベルト」
アノニモは身を屈ませ、ずいっと顔を近付けた。
「常識も守れないような子に育てた覚えはありません」
ランベルトはポカンと口を半開きにした。
「お前に育てられた覚えは無いが」
「一度言ってみたかっただけです」
アノニモは言った。
疲れる。
ランベルトは顔を顰めた。
「生前は子供はいたのか?」
「いませんよ。独身です」
アノニモは指先で仮面を押さえた。
「では随分と若いときに死んだのか」
「見かけ通りですよ」
アノニモは肩を竦めた。
「死因は?」
「病死です」
「どんな」
「ペスト」
アノニモはゆっくりとした口調で言った。
「ペストか。では、街中が大変だっただろうな」
アノニモは手袋を嵌めた手をランベルトの目の前に出すと、指を二本立てた。
「二、天然痘」
指を三本にする。
「三、心の臓の不具合」
落ち着いた口調でアノニモは続けた。
「お好きなのを選んでください」
「何だそれは」
「私にとってはもうどうでも良いことなので、お好きな死因を創作してくださって結構です」
「いやお前自身の……」
部屋の扉が開いた。
カラカラと音がする。
女中が、食事を運ぶカートに特大の花瓶を乗せ入室した。
屋敷で一番大きいであろう花瓶に生けたにも関わらず、薔薇の花はぎっちりと詰められるように生けられていた。
黄金に近いような黄色の薔薇だ。
花瓶の上に、剣弁咲きの花が豪勢に広がった様は、広めの私室ですらかなり場所を取られる印象があった。
ほう、とアノニモが呟いた。
「これはまた大量な」
女中が礼をし退室する。
甘い香りが部屋中に広がった。
不快な香りではないが、やや強くないかとランベルトは感じた。
「匂いますか、ランベルト」
アノニモは言った。
「あ……ああ」
ランベルトは横目でアノニモを見た。
霊には匂いは分からないのだろかと思った。
「吸わないように」
「えっ」
思わず鼻を手で覆う。
その反応を見て、アノニモは腰に手を当てた。
「あーあ」
責めるような声を上げる。
「なっ、何」
「何が起こるかは分かりませんが」
アノニモは言った。
「あなたには大した影響は無いようにします」




