Zio e cugino di Pontasseve. ポンタッシェーヴェの叔父と従妹
執務室での仕事を終え、ランベルトは薄暗くなった廊下を歩いていた。
座りっ放しは慣れていないので、身体が鈍りそうだ。
手を組んで前に突き出し、軽く伸びをしながら廊下を進む。
廊下の突き当たりから、長身の男性がこちらに来るのが見えた。
黒髪に涼しげな切れ長の目元。
細面でスッと通った鼻筋。
童顔のランベルトとは、ほとんど正反対と言っていい顔立ちだ。
「ガエターノ叔父上」
ランベルトは声をかけた。
ポンタッシェーヴェに住む、母の弟だ。
本来ならこの家を継いでいたところなのだが、生まれたのは長姉の母が遠縁の父と婚姻し継いだ後だった。
叔父とはいえ、年齢は親の方よりランベルトに近い。
六歳ほど上であったか。
「なぜここに」
「いや……義兄上の様子を伺いに」
ガエターノは、父の部屋の方を振り向き言った。
「父なら、相変わらずです」
ランベルトはそう言った。
「相変わらずか」
「会って来た訳では?」
「部屋に入れてもらえなかった」
ガエターノは苦笑した。
「私が開けますが」
「いい。血縁としてはほとんど他人だ。無理に来られても鬱陶しいだろう」
ガエターノは手で制した。
「ああ……」
ランベルトは、ふと思い出し年若い叔父の顔を見た。
「ポンタッシェーヴェの所有地ですが……人手に渡ったなどという話はありますか?」
「いや?」
ガエターノは答えた。
「何も変わらないよ」
「そうですか……」
やはり、あそこがバルロッティ家のものになっていたなどというのは何かの間違いか。
父の乱心につけこんで、バルロッティ家が虚偽の説明をしていたのだろうか。
「あの所有地が何か?」
「いえ……」
ランベルトは言葉を濁した。
ここまで話してダニエラ嬢の話も出てこないところをみると、それも伝わっていないのだろうか。
どこを見ても奇妙な話ばかりだ。
「クラリーチェは元気ですか?」
ランベルトはそう尋ねた。
ガエターノの一人娘だ。今年十六歳になる。
とっくにどこかに輿入れすべき年齢であるのに、どこの家とも婚約の話すら進んでいなかった。
ガエターノが怠慢すぎるのではと批判する親戚もいる。
「元気だよ」
ガエターノは微笑した。
「その後、輿入れの話などは」
「ないよ」
ガエターノは言った。ふたたび父の部屋の方を振り向く。
「義兄上だが」
そう言い、ゆっくりと腰に片手を当てる。
何となくアノニモと似た仕草に思えた。
「何なら、姉上と一緒に田舎で療養させては」
「どうしてもいかがわしい女どもを侍らせようとするので、母の近くに置く訳にもいかないんです」
ランベルトはそう答えた。
「長年そういう面を抑圧でもしていたのかな」
ガエターノがふたたび苦笑する。
「遠縁からの養子というのは、いろいろ気苦労でもあるのかな。私からすれば、代わりに家を継いでもらったありがたいお人だが」
「そういうものなのですか」
ランベルトはそう尋ねた。
「叔父上からしたら、どう思っているのだろうと思っていたのですが」
「お前、家なんか背負いたい?」
ガエターノが問う。
「いや何とも……」
「ああ、今はお前が跡継ぎだったな」
ガエターノは苦笑した。
「パトリツィオが亡くなって何年になる」
「兄ですか。十五年です」
「そんなになるか……」
ガエターノは落ちかけた前髪を掻き上げた。
「面白い人だったが」
ランベルトは目を見開いた。
「面白い……?」
「冗談好きな人だったろう」
ガエターノが答える。
「いえ……」
ランベルトは困惑した。
「兄は……真面目で頭が良くて完璧だった印象が」
「ああ、それはお前と年長者の前だけだ」
ガエターノは嵌めていた手袋を直した。
先ほどよりさらに薄暗くなった廊下で、手袋が白く浮かび上がって見える。
「確かに有能な人だったが、少々変わっていたというか」
ガエターノは、は、と息を吐くようにして笑った。
「会話によく変な冗談を挟みたがるので、つかみ所がないような印象の人だった」
「そんな面が」
「根はいい人ではあったが」
ガエターノは言った。
ではな、と続けて立ち去ろうとする。靴音をさせ歩を進めた。
「叔父上」
ランベルトは小走りで駆けよった。
「あの」
何と切り出そうか、非日常的な話なので言葉選びに戸惑う。
「コンティが、大昔に悪魔払いをしていたなどという話はご存知でしたか?」
ガエターノは振り向きながらわずかに目を見開いた。
「いや」
「誰か知っていそうな人はいますかね」
「どこからそんな話を?」
あまりに頓狂な話に感じたのか。
ガエターノの表情が、困惑しているように見えた。
「人から聞いたというか」
「では、その人が詳しいのでは」
「ああ……」
ランベルトは苦笑いした。
「それはそうなんですが」
できれば裏を取りたかったのだ。
とつぜん周囲に現れ始めた正体不明の霊の話すことだけでは、鵜呑みにする気にはなれない。
父母の様子が急におかしくなった原因に繋がりそうなものは、今のところこの話だけだが。
「何というか……親戚内の人間に聞いてみたかったというか」
「その聞いた人物は、親戚ではないのか」
「ええ、まあ」
先祖かと聞いたが、はぐらかされた。
「私はまったく」
ガエターノは言った。
「女性の方が詳しいですかね」
「なぜ女性」
「何かそういう話が好きそうではないですか」
「悪魔祓いと恋占いは違うだろう」
ガエターノは肩を揺らし笑った。
「興味のない者からすれば、まあまあ似たような分野のものとしか」
「その興味のない者が、なぜそんな話を」
いえ、とランベルトは曖昧に返した。
「そちらのクラリーチェは……」
おかしくなってはいないかと聞こうとした。
先ほど元気かどうか聞いたばかりではないかと思い直して口をつぐむ。
叔父は、クラリーチェと暮らしている。
クラリーチェに特に変わりがないのであれば、ポンタッシェーヴェにはやはり異変はないということだろう。
「いえ」
ガエターノが、こちらの顔を眺めつつきびすを返す。
「帰られるのですか」
ランベルトは尋ねた。
「夕食を用意させますが」
「いやいい」
ガエターノは言った。
「クラリーチェが待っている」




