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魔討鬼人伝  作者: 古谷啓一
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其ノ五 黄泉蜘蛛

 先攻は邪妖だった。四体同時に二人に向かって殺意に満ちた糸を吐いた。異形の糸は放たれた矢の様な速度で伸びていく。普通なら避けるはずだった。しかし二人は普通ではなかった。

「!?」

 異形が驚愕したのは紅牙が大地を蹴って烈風の様に真正面から向かってきたからだ。紅牙は鬼神器で糸を薙ぎ払った。すると彼の背後から華輪が空中に跳躍した。四匹のうちの一匹が華輪に糸を吐こうと上を向いたが遅かった。

「くらえ!滅魔青龍!」

 華輪は魔討器を邪妖の額に突き立てた。それは旗を立てる姿に似ていた。

「キシャアアアア!!!」

 その邪妖の断末魔と共に蒼い煙が傷から立ち昇る。残りは三匹。魔討器を引き抜いて地面に着地すると背後から邪妖が華輪の背中を狙って飛び掛かった。致命的な失策だった。

「おらぁ!!」

 紅牙が雄叫びを上げながら邪妖の腹を側面から袈裟懸けに斬り伏せた。斬られた邪妖は紫色の体液を飛び散らせながら空中で輪切りになった。すると残りの二匹は同時に紅牙目掛けて飛び掛かった。しかしこれも失敗に終わる。

「紅牙!」

 華輪の声に呼応する様に紅牙が身を屈めると薙刀が青年の頭上を越えて邪妖に向かって飛んでいく。華輪が魔討器を投げたのだ。蒼い薙刀が見事に邪妖の口内に命中して突き刺さった。紅牙はその様子に目もくれず最後の一匹を逆袈裟に斬り裂いた。邪妖の骸は数秒ビクビクと痙攣して止まったあと泡の様に溶けて消えた。

「大丈夫か?」

「当たり前でしょ?さあ二人を追うわよ!」

 華輪は紅牙の言葉に魔討器を邪妖の骸から引き抜きながら答えた。その時だ。神命樹の方から老爺の声が聞こえたのは。


〈待て〉


 その声には不思議な事にここが森であるにも関わらず広い洞窟の中に木霊する様な深い響きがあった。華輪が顔を顰めながら紅牙に言う。

「、、何よ紅牙?」

「俺じゃねぇよ」

「じゃあ誰よ!?」

 華輪が苛立ちながら紅牙に怒鳴ると再び


〈こっちじゃ、こっちじゃ〉


 二人は巨木に目を向けた。すると何という事だ。神命樹から半透明の老爺が現れた。その様子は人が水面から浮かんで来る様子に似ていた。老爺は仙人の様な姿で宙に浮かんでおり幽霊に見えなくもない。紅牙が呆気に取られた様子で言った。

「なんだありゃあ?」

〈儂はこの森を統べる神命樹じゃ〉

「木の精霊ね」

「爺さん、話相手が欲しいなら他を当たれ、行くぞ華輪」   酔っ払いをあしらう様な口調だった。すると精霊が語気を強くして引き止めた。

〈話は最後まで聞け!子供らを助けたいんじゃろう?〉 

「何か知ってるんですか!?教えてください!」

 華輪の藁に縋るような必死な言葉に老爺は一呼吸置くと目を大きく見開いて言った。


〈あの子供らを拐ったのは邪妖、黄泉蜘蛛の子蜘蛛じゃ〉


「黄泉蜘蛛!?」


 声を重ねて驚く二人に精霊は続ける。

〈黄泉蜘蛛は数丈に及ぶ大蜘蛛の姿をした邪妖。奴は大昔この辺りの村を大飢饉が襲った時からこの森に棲む様になり自分の分身である子蜘蛛に人間を拐わせてこの先にある洞窟に生かしたまま捕らえているようじゃ〉

「だから人間の死体が無かったのね」

「でもどうして邪妖が人間を拐うんだ?」

 素直な質問だった。邪妖にとって人間は単なる餌に過ぎないからだ。

〈それは儂にも分からぬが何か良からぬ事を企んでおるに違いない。そこでお主らに頼みがある、洞窟の場所を教えるから黄泉蜘蛛を倒してくれんか〉

「頼まれなくても倒しに行くけどよ、どうして俺達に教えてくれるんだ?あんたには他人事だろう?」

〈儂は長い間この森で人間達が黄泉蜘蛛に拐われるのを見て来た。種は違えど罪もない人間が邪妖に拐われるのを見るのが辛いのじゃ、どうじゃ頼みを聞いてくれぬか?〉

「ああ、構わねぇよ」

「分かりました、その依頼、お引き受け致します」

〈決まりじゃな〉

 老爺は右を向いた。すると木が掻き分けられた草むらの様に倒れて道が現れた。

「木が、、!」 

「この道を進めば洞窟に着く、それとこれを持って行け」

 精霊はそう言うと二人に葉を手渡した。

「これは?」

「神命樹の葉じゃ、これを持っていれば洞窟の中も外の様に明るくなるぞ」

「凄ぇな、ありがとよ」

「どうか黄泉蜘蛛を止めてくれ」

「任せな」

「教えてくれて有難う御座います!」

 二人は洞窟に続く道に向かって行った。その姿を見送ると精霊は静かに呟いた。 

「頼んだぞ、、」


 紅牙達は精霊の言う通り道を走りながら進んだ。しばらくして青年は華輪が苦悶の表情を浮かべている事に気が付いた。

「どうした?」

「あたしのせいだ、、」

「え、、?」

「あたしが、、二人を連れて来たから、、こんな事になっちゃったんだ、、二人に何かあったら、、」

 その声には自責の念が溢れていた。本来なら子供を連れて異形の森に入る事などあり得ない。まして闇と戦う者ならば。すると紅牙は

「はっはっはっは!」

「何がおかしいのよ?」

「らしくねぇなと思ってよ!大丈夫だ!嬢ちゃんには風馬が付いてるんだから!」

「そうね!」

 華輪は不安を振り払う様に笑ったあと前を向いた。すると前方に洞窟が見えて来た。二人は入り口の前に立ち止まった。洞窟の入り口は巨人の口の様に見えた。

「ここか」

「さあ行きましょう!」

「洞窟に入ったら二手に別れて探そうぜ、一刻を争うからな」

「分かったわ!」

 華輪がそう言うと二人は洞窟に入って行った。暗黒の様な闇の中へ。



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