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魔討鬼人伝  作者: 古谷啓一
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其ノ参 踏み出す者

 夜になったのは琴葉の家に到着した紅牙達が丁度夕飯を終えた頃だった。琴葉の気持ちを考えるとすぐにでも森に行きたい所だが腹が減っては戦えない。それに夜の邪妖の森にはどんな化物が棲んでいるか分からないから危険なのだ。だから紅牙達は明日邪妖の森に向かう事にした。自堕落に寝そべった紅牙が琴葉に言った。

「なぁ嬢ちゃん、あのタコが言ってた事は気にするな、あいつは地獄行きだ、鬼の俺が言うんだから間違いねぇ」

 慰めの言葉に頷いた琴葉に向かって隣で胡座をかいて座っている風馬も励ます様に声を掛ける。

「そうだよ琴葉ちゃん!あの馬鹿の事は忘れよう!ね!」

 それは温もりだった。琴葉の心を温もりが満たしてゆく。その温もりにはまるで赤ん坊が母親に抱き締められている様な暖かさがあった。その言葉に少女が口の端を引いてにっこりと微笑むと華輪が冗談めかして風馬に言った。

「あんたに馬鹿って言われちゃおしまいね!」 

「なんだよ!慰めてんのにさ!」

 姉弟を見ながら琴葉が笑う。心に刺さった棘が抜けた様な笑顔だ。それを見た華輪は安心した様子で微笑むと言った。

「琴葉ちゃん、一緒にお風呂入ろ!背中流してあげる!」

「あ、はい!」

 琴葉が返事をしてそそくさと立ち上がると華輪は目を細めて冷たい目線で紅牙と風馬に言った。

「覗いたら殺すから」

 その言葉には冗談ではなく本気の響きがあった。風馬がたじろぎながら言う。

「御意!」

「気の強い女だぜ、、」

 紅牙がそう言うと華輪と琴葉は風呂場に向かった。



 風呂から上がって浴衣に着替えた華輪は縁側に腰を掛けて明日の事を考えていた。彼女はふと空を見上げた。夜空には満月が見える。すると背後の障子が開いた。琴葉だった。

「あら、琴葉ちゃん」

「あの、、」

「どうしたの?」

「初めから気付いてたんですか?、、口減らしの事、、」

「、、かもしれないな、、とは思ったわ、、」

 華輪は正直に答えた。その言葉に黙る少女を見ながら心配する様な様子で続ける。

「探すのやめたくなっちゃった?」

「分かりません、、気持ちの整理がつかなくて、、あの人の言う通りかもしれないから親を探すのが恐いんです、、」

 琴葉はぎゅっと目を閉じて声を震わせながら言った。彼女は本当の事を知るのが怖いのだ。

「あたし、どうすればいいですか?」

「それは自分で考えなきゃいけないわ」

 突き放す様な言葉だった。しかし口調は何処か優しげだった。母親の様な口調だ。琴葉は動揺しながら言った。

「そんな、、、冷たいんですね、、」

「今日はもう寝ましょう、明日考えればいいわ!」

 華輪はにっこりと笑い琴葉の肩を両手でぽんと叩きながら言った。風が木々を揺らした。



 紅牙達が邪妖の森に着いたのは翌日の午後だった。紅牙が入口で森を見渡しながら言った。

「ここか」

「じゃあ後はあたしと紅牙に任せてちょうだい、行きましょう紅牙」

「おう」

 華輪の言葉に紅牙が頷くと二人は歩き出した。

「待ってください!」

 琴葉だった。その声に華輪と紅牙が同時に振り返った。琴葉は続ける。

「あ、あたしも連れて行ってください!」

「ダメよ、危険だし辛い事が待っているかもしれないわ、あたし達に任せなさい」

 母親の様な口調だった。すると琴葉は意を決した様に言った。

「あたし、決めたんです!あの人の言う通りかもしれないけど他人の言葉で自分の道を決めるのは嫌!だから親が森に何をしに行ったのか自分の目で確かめたいんです!一緒に連れて行ってください!」

 少女は迷いを断った。その目は空を映している。華輪が花が咲いた様な笑顔で言った。

「答えを出したのね!わかったわ、一緒に行きましょう!」

「嬢ちゃんは強ぇなぁ!はっはっはっは!」

 琴葉の言葉を承諾した華輪の横で紅牙が呵々と笑う。すると華輪は風馬に言った。

「じゃあ風馬、あんたも一緒に来なさい」

「うん!」

 風馬が頷くと華輪はある物を取り出した。

「それと、、これを渡しておくわ」

「これは、、」

 風馬に手渡された物。それは刀だった。長刀と短刀だ。

「父さんの刀よ、魔討器の力を分けておいたから邪妖にも通用するはずよ。いざという時はこれで琴葉ちゃんを護ってあげなさい」

「ありがとう!でもいいの?」

「ええ。剣は命を奪う凶器だけど人の心の痛みが分かる今のあなたなら力に溺れる事なく剣で人を護る事が出来るでしょう」

 華輪は微笑みながら言った。母親の様な顔だった。少年は刀を誇らしげに帯に挟むと口の端を引いてにっこりと微笑んで空を見上げた。空の色は何処までも澄んだ美しい青だった。これから起こる恐ろしい出来事とは裏腹に。


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