剣神は小悪魔の誘惑に打ち勝つ
今までは隣で寝ることを意識したことは無かったけど、今は常に理性との戦いだ。
ユートは早々に布団に潜り込みスヤスヤと寝息を立てている。
細身でやや小柄ではあるが、女の子に間違われる程じゃない。立派な成人男性だし、ユートは強い剣士だ。
それなのに、ユートは可愛い。存在がかわいい。
あの日、初めて手を繋いだあの日から、明らかにユートは俺に甘えるようになった。重いものを持つのは俺だし、欲しいものが有れば俺にねだってくるし、嫌いな野菜は押しつけられる。嬉しいかと問われれば、やっぱりどうして嬉しいのだ。
今まで無視されていたことを思えば、時々でも会話をしてくれるだけでも嬉しいのに、それどころか、時々笑顔まで見せてくれる。
好きにならないわけがない!
好きになれば欲も出る。触りたいとか抱きしめたいとかキスをしたいとか…。けれどもちろんそんなことは出来ない。
俺とユートは勇者パーティーのメンバーだというだけで、恋人なんかじゃないからだ。告白する勇気もない。きっと、断られる。断られたらきっともう二度と話してくれないだろう。気持ち悪いと言われるかもしれない。勇者パーティーだって解散だろう。
しかし、部屋を分けるのはユートに猛反対されたから無理だった。甘えてくるユートが可愛くて思わず世話を焼きすぎたのが原因だ。俺がいた方が快適に過ごせるとユートが認識してしまったのだ。いや、それに関しては俺も嬉しいけれど。
「なんでそんな無防備なの」
何も出来ないけれど、欲望だけは一丁前に湧き上がってくる。発散しようにも女の子を抱く気にはならない。あまりにも贅沢なおかずを前に一人寂しく己を慰めるのみだ。
早朝、眠りから覚めるとすぐ目の前にユートがいた。
「?!」
思わず布団をめくって己とユートの衣服の有無を確認する。着てはいる。俺にひっついて寝息を立てるユートは寒そうにさらに俺にひっついて来た。
鼻血が、出るかと思った。
めくっていた布団をかけなおし。俺はどうしてこうなったのかと考える。俺とユートが寝ているのは、俺が昨晩床についた方のベッドだ。つまり、ユートが潜り込んできた?昨晩は酷く冷えていたし、冷え症のユートのことだ、暖をとりに俺の布団の中に入って来たのかもしれない。
もしくは俺が無理矢理ユートを俺の布団の中に引き込んだか…。まさか…。
サーっと血の気がひいていく。そんな理性のかけらもないようなこと、していないと信じたい。それ以上に、布団に引き込んだだけでは飽き足らず、何かしでかしていないかが不安すぎる。
俺の胸にひっついていたユートが頭を俺の首元に埋めてすりすりと擦り付けるような動きをした。
あまりの可愛さに理性が吹っ飛ぶかと思った。
俺は自らの太腿をつねりあげ、必死に平静を保つ。手を出したら終わりだ。せっかく少しだけ仲良くなれたのに。2年前から憧れ続けたユートとパーティーを組むことが出来て俺は本当に嬉しかったんだ。こんな一時の情欲でこの関係を失いたくはない。
俺は目を閉じて深く深呼吸をする。
あ、しまった!
自分とは違うユートの香りを強く吸い込んでしまい頭がクラクラする。
なんでユートってこんないい匂いするの?って、俺が昨日ユートのお風呂に薔薇の精油を垂らしてあげたからだった…。
もう、限界だ。布団から抜け出そう。このままじゃ俺の安息は一生訪れない。まだ外は薄暗い。起きる時間じゃなさそうだ。ユートを起こすのは忍びないから起こさないように。ユートが寝ていた方のベッドに移動を…。
ユートの手が俺の服を掴んでいたので、その手をゆっくり開かせる。冷たいその手に申し訳なさを感じながらも、このままでは何が起こるか予測がつかない。俺の理性が吹き飛んでしまう何かが起こってからでは遅いのだ。
なんとかユートを起こさぬままベッドを移動することに成功した。ほっと安堵して。俺は目を瞑る。鼻呼吸するとユートの香りが移った寝具に意識を持って行かれるので、口呼吸しながら必死に眠気を呼び覚ます。
勇者は体が資本だ。寝不足だったから戦闘でミスをしたとかそれこそ笑えない。
なんとか訪れてくれた眠気を手繰り寄せ俺は浅い眠りについた。
翌朝、俺は目を開けると、ユートがいた。殺気を飛ばされたらしい。俺は冷や汗を拭いながら起き上がる。以前まではよくこうやって起こされていた。声をかけるでもなく殺気だけ飛ばされて飛び起きて臨戦態勢を取る、というのを繰り返していたらユートの殺気だけはわかるようになってしまった。起きはするが、臨戦態勢を取ることはもうない。
それにしても、ユートが不機嫌だ。
「お、おはよう。ごめん。寝坊したかな」
案の定無視だ。悲しいが、慣れたことでもある。俺は手早く着替え身支度をした。
「おい」
後ろから声がかかった。もちろん今この部屋には俺とユートしかいないので、声をかけて来たのはユートだ。
「どうしたの?」
「服、着替えるから手伝え」
「えっ…?」
「なんだよ」
「いや、なんで」
「手が悴んでうまく動かない」
それが嘘だということはわかった。今までだって寒い日はあったけど普通に服着てたし。
「早くしろよ」
上目遣いで命令されて思わず喉がなる。
「わ、わかった」
ベッドのフチに触るユートの前にしゃがんで、寝巻きのボタンを外していく。細い肩も薄い胸板も綺麗に割れた腹筋も、俺には目の毒だ。テキパキと服を着替えさせながら、俺の頭は沸騰しそうだった。滑らかな肌に時折触れてしまうと、指先に電流が走るようだった。爆音を奏でる心臓がうるさくて何も考えられない。
「なんで昨日一緒に寝てくれなかったんだよ」
「え、ご、ごめ」
「寒かったのに…。俺と寝るのそんなに嫌だったかよ」
……何このかわいい生き物。
「嫌なわけないよ。でも、流石に男同士で一緒に寝るのは…」
着せた服をもう一度脱がせてそのままその肌に触れたいという誘惑をなんとか跳ね除けて、俺は思ってもないことを口にする。
「寒い冬だけ、ダメか?」
俺にはもう拒否する言葉なんて言えるはずもなかった。こんなかわいいおねだりをきいて、否と言えるわけがない。俺はこの冬の睡眠を全て諦めることにした。
そして、この冬、俺は強靭なる理性を手に入れた。