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「貴様ら、何者だ」


細身の男が剣を向けて、じりじりと近づいてくる。私たちも後ずさりするしかなく、それもすぐに壁にぶつかって終わってしまった。


「ちょっと道に迷っただけですよ」


先生が得意のきらきらスマイルを見せたが、これを使った効果あるのは、女性だけ。だけど、正直まぶしいです。


「こんな森に、ましてやこんな悪天候の中?」


「ははは、しがない旅芸人ですから、迷うことなんてざらですよ」


二人の話の最中にも、剣の切っ先が先生の首元に添えられる。先生もわかっていながらも笑顔を向けている。


「では、なぜこんなところに隠れていたんだ」


「落とし物を届けに来たんです」


先生が背中で私をかばってくれていましたが、このまま黙って先生がいじめられるのを見ているわけにはいきません。持っていた、あの真っ黒な布を広げて見せると、男たちの表情が変わった。


「貴様ら、魔導師の手のものか!!」

  グラグラ……


その怒声で洞窟内が大きく揺れたかと思ったら違った。


ゴォっと音をたてて、炎が襲ってきた。


「うわぁ!!」


「何だこの火は」


その炎は鳥のような形をしていて、確実にその場にいる全員に襲いかかってきました。


「先生!!」


鳥の形をした火が襲ってくるのに、先生は呆然と眺めていた。炎が先生に触れる前に、先生を突き飛ばして、どうにか難を逃れましたが、先生はまだぽけーとしています。


その表情は、何か別のものを見ているようでした・


「世界最高の術の一つ、炎帝」


うわごとのように先生はつぶやく。それを聞きつけた親父さんがいう。


「ってことは、宮廷魔術師の術だ!貴様ら、見捨てられたのか」


見捨てられ他も何も、このクリストラとは何の関係もない。いう時間すら惜しかった。周りに火がついてきた。先生は、いまだに上の空だ。


「国一つを滅ぼした術だ」


呆けている先生の腕を無理やり引いて、親父さんたちに向かって叫ぶ。


「逃げ道はないんですか!!」


「っ。あ、あぁ、その奥から奥に行けるが、そこも行き止まりだ」


う、どうすればいいんでしょう。考えながらも、このままここにいても仕方がないので、先生と一緒に案内された場所に行く。


連れて行かれた先は物置で、どこを探しても逃げ道などなかった。


さぁ、どうすればいい。


「と、とりあえず、火を消せばいいんだ!!」


思いついたように叫んだひげ面の男は周りをあさりだした。それに見習って、細身の男も周りを探している。親父さんは二人を眺めており、先生は…何かを考えているようだった。


「お」


きゅうにひげ面の男が声を上げた。何やら見つけたようだ。


「酒がある!!これも水の仲間だろ!!火を消せる!!」


「バカか、火が余計に強くなるだろうが!!」


親父さんに怒鳴られて、しゅんと小さくなる男。この人たちに頼っても仕方がないようです。


「そもそも、最高位の魔術を消すのには魔術でしか無理だよ」


先生は冷たい目で男たちを見ている。


でも、諦めてもいけない。


焼けてしまったら、まっくろです。先生の綺麗さが分からなくなってしまう。


世界の財産が一つなくなります。


そうしている間にも部屋は暑くなり、炎が迫ってきた。


逃げ場もない。このままでは焼け死ぬ、それに息も苦しい。


私にはどうにもできない。でも、


「風です!!」


私は大きな声を出す。


「水がないなら、風で火を吹き飛ばしましょう」


「そんなこといっても、どうやって風起こすんだよ。俺たちじゃそんな魔術使えねぇよ」


私のアイディアは、男たちにいったところで意味がありません。


だけど、先生なら。


先生なら、なんだって、できるでしょう?






だって、先生は出会ったときから、なんだってできたじゃないですか。






「先生!!」


喉が潰れそうなほど声を出すと、先生はこっちを向いてくれた。あぁ、場違いですが炎に照らされて、なんて神々しいんでしょう。


「炎なんて吹き飛ばしちゃえばいいんです」


「何無茶言っているんだ。俺魔法苦手だし」


先生が呆れたように、私を見る。


「先生が魔法使えないのは知っています。でも、先生は旅芸人じゃないですか」




「奇跡みたいな芸を使える先生ならできます」


「奇跡?」


「先生の芸は奇跡を起こすことでしょ!!」




「はぁ」




「…奇跡ぐらいしか起こせねぇよ」


そういって、先生は立ち上がると、炎に近づく。それからしばらく炎を見つめていたが、急に振り返り、男たちに声をかけた。


「奇跡の準備だ」


「は?」


意味もわからず立ちすくむ男たちのおでこを先生は指先でつついた。


つんつんつん


「な、なにすんだよ!!」


急なことに驚いた男が声を荒げるが、先生はどこ吹く風で、炎の方に向きを変えた。


「先生、私はどうすれば」


久々の先生の芸を見れるとあって、私の気持ちも舞い上がります。何か手伝えることはないかと、先生にかけよると、


つん


先ほどの男たちと同じように指先でおでこをつつかれました。


「弟子にはまだ早いな」


そういって、きらきら笑顔を向けられました。






「高潔なる聖霊よ。混沌たる世界の調整者として命ずる」


先生の詠唱とともに、なぜか男たちも炎に向かって手を掲げ始めた。


「蹴散らせ」




ゴォォォ!!




体がのみこまれそうなほどの風が周囲を吹き荒んでいく。風が落ち着いて、ようやく目をあけられるようになると、炎どころか扉も家財道具も全部なくなっていました。


「わぁ…」


先生の奇跡に感嘆の声を上げていると、


「うう。頭が痛い」


「体が…」


男たちが苦しみだしました。それを見た先生がにやりと笑う。


「いや、実にタフですね。こんな大規模なもの使ったら普通なら昏倒していますよ」


さわやかな笑顔に思わずうっとりとしてしまうが、それどころじゃありません。風で魔法は消えましたが、まだ火は残っていました。それになんとなく、息苦しくて、目がかすんできました。


「ふらふらするな、でるぞ」


あぁ、先生。先生と手をつないでいるような気がするんですけど、気のせいですか。






私は、昔、


光を知りませんでした。


きっと一生、太陽も月も星も…


綺麗といわれるすべてのものを


知らないまま死んでいくと思っていました。




それでもいいかと思っていた、


そんなとき、先生が私の町にやってきました。


すごくきれいな人だって、孤児院のみんながいっていたけど、


歌も歌わないし、何かすごいことをするわけでもなく、


ただみんなと雑談をしている先生は、


みんなを笑わせていた。


私に見えない何かで、きっと、みんなは笑っているんだろう、


そう思ったら、いたたまれなくて、


そっと裏庭に逃げたんです。




「ちょっと、トイレどこだっけ」


何をするでもなく、呆然としていたところを、先生が声をかけてくださいました。


今思えば、なんて奇跡なんだろうと、不思議に感じます。


「旅芸人さんですか?」


私が方向を探るように振り返ると、先生は気づいたようで、


「お前、目見えないんだな」


「はい、でも、生まれたときからなんで慣れていますし、気配でなんとなく生きていけます」


「…ふーん。で、なんでこんなところいるんだ?」


「それは…わかりません」


衣擦れの音がふわりとした。


「俺が指差しているものが何か分かるか?」


「いえ。指差しているかもわかりません」




「みたいか?」




まるで運命の選択のように、頭から降り注ぐ声は、甘かった。この人が、天使でもあくまでも、私にはこの甘言を退けることなんてできない。


「はい」


「俺は、天下の魔術師様じゃないぞ、ただの旅芸人だ。俺が見せれるものは、ちょっとした幻想と奇跡ぐらいだ、そんなもんでいいなら見せてやるよ」


「幻想と奇跡ほど美しいものはないと聞きます」




ツンッ




おでこに何かが触れた、その瞬間、世界が変わった。


綺麗できらきらしている、髪


同じ色をした、瞳


この色の名前はなんていうのだろうか、そんなことも知らない。


でも、その人の口元が笑っているのは私にもわかりました。


「ほら、今なら見えるだろ?」


先生の目線が動く、それにつられるようにして見えたのは。




世界を照らす太陽でも、月でも、星でもなく、


可憐な花でも、生命力あふれる緑でもなく、




目の見えない私を育ててくれた、院長だった。


その手には子供を連れている。あれは誰?


きっと年ごろからすれば、ジョン。あぁ、もっと小さいかと思っていた。


涙の味は知っていたけど、こんなにこぼれるものとは知らなかった。




これを奇跡以外に何と呼べばいいのだろうか。




ねぇ、先生




いつか、私も貴方のような奇跡を使いたい。

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