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ここは魔法の世界。
そして、今、魔導師の時代。
魔導師が生まれるとともに、国が生まれ。
魔導師が死ぬとともに、国が死ぬ。
魔導師の数だけ、国がある。
これはその中の一つの国、一人の魔導師の話。
私は、先生と二人で旅をしています。
旅芸人です。世界各国を二人で回っています。
しかも、ただの旅芸人じゃありません。旅芸人というと、道端で火を吹いたり、華麗に踊ったり、箪笥を片手で持ち上げたりするイメージなんですけど、私の場合は、トランプを使ったり、花札を使ったり、さいころ転がしたり、パチンコしたり、と特別な芸をしています。まだまだ未熟なんですが、先生は、「そろそろ麻雀を教えようかな」と、新しい芸を教えてくれるみたいなので、とても楽しみです。
さて、説明はこれくらいにして、今私たちがいるのは、大陸最大の国、クリストラ。今まで見たことのないような、人だかり。街並みもきれいだし、道行く人もみんなおしゃれで洗練されています。
「おい。なんで女の尻見て、にやけているんだ」
「見てください、先生。パ、パンツが見えてます」
「バカか、それは見て見ぬふりするのが大人なんだよ」
「違いますよ。あれは見せているんです。でも、ご安心ください先生。先生のパンツの方がそそられます」
えぇ、この街は男も女も美人だらけで、いたるところきらきらしていますが、私の先生の方が、数倍、いや、数百倍、いや比較するのがもったいないほど綺麗です。先生は、この世界では珍しい金色の髪に金色の瞳、まさに神様から金メダルを与えられたような人です。今だって、すれ違う人が振り返って先生の美貌を眺めています。その先生が、わっさわさのまつ毛をぱちぱちさせながら私を見下ろします。
「お前に洗濯させるのやめようかな…」
「そんな!!私、ついに破門ですか!!」
「いや、そうじゃ無くてな…」
「先生に見捨てられたのなら、私に生きていく意味などありません。死にます」
護身用に与えられた剣を握る。
「ちょっと、お前が言うと冗談に聞こえない。もういいから、そこで飲み物を買ってこい、お金上げるから」
ポケットをあさる先生の表情はとても困っているようだった。
「…戻ってきたら、誰もいないんでしょう?あぁ、そうやって私をおいだそうとするんですね。それなら、はっきり言ってもらった方がましです」
涙と鼻水を垂れてきたせいか、先生の顔がドン引きしている。
「どこにも行かないから、ほれ、俺の分の飲み物も買ってこい。俺は金は無駄にしないたちだってことぐらい知っているだろう。その飲み物を受け取るまではここを動かんから」
そういって、先生は無理やり私に小銭を握らせて、背中を押して店の方に向かわせた。ちょっと強引なところが気になったが、もともと先生はマイペースだから、考えるだけ無駄なほうが多い。
でも、気になって振り返ると、先生は空を見上げていた。
空には、鷹が一匹。先生を見下ろしていた。
あぁ、動物にも先生が綺麗だってわかるのね…
「久しいな、クリフォード。50年ぶりか」
声をかけると、空を飛んでいた鷹は足元に降りてきた。
「あの戦争からもうそんなに経つのか、…ジーク」
鷹から聞こえてきた声は、予想していたものとは違った。
「…クリフォード、お前、女になったのか」
驚きを交えて言うと、鷹が笑った(気がした)。
「はは、有名な話なんだけどね。ジーク、君は相変わらず美形だね」
記憶にある『クリフォード』は、神経質な顔をした、気持ちが悪いほどまじめで、どうして生きているのか不思議なくらい暗かったイメージがあるが、この声からは、そんな感じはしなかった。
「やめてくれ、その話は嫌いだ」
「これこそ、昔は有名な話だったけど、まぁいいや。さっきの女の子は、奥さん?」
「違う。あれは弟子だ」
「弟子…」
その言葉に、クリフォードは詰まる。弟子という言葉に思い当たることがあるのだろう。もし、自分が彼の立場なら同じことを思うはずだ。
「今は旅芸人だ。その弟子ってこと」
「なるほど」
俺の答えに納得したのか、鷹が両翼でポンッ(実際にはパサッ)と手をたたくようなまねをした。器用なやつだ。
「…ところで、急に呼び出してきた理由を聞こうか」
じゃないと、あいつが戻ってくる。
「先生!!遅れました、ごめんなさい」
「お前、飲み物取ってくるのにどれだけかかるんだ。待て、走るな、こぼれているだろうが!!」
先生に怒られてしまい、ここはへこむところですが、今日はいつもの私じゃありません。気遣いのできる、弟子!!ですから。
「じゃじゃーん」
ポケットから紙袋を取り出して先生に見せる。
「先生が、鳥と話しておられたので、パン耳買ってきました。どうぞ、お納めくだ…
ばこっ
「俺は無駄遣いが嫌いだとあれだけ言っているだろうが。なんで俺がかせいだ金(実際には弟子)で、鳥なんぞ養ってやらねばならんのだ、考えろ馬鹿。大体いまどき、パンの耳で金をとるなんて、…」
「だって」
「いいわけはいらん。お前は昼飯抜きだ。パン耳かじっていろ」
えぇ!!都会のレストランに入ってみたかったのに…でも、今回は私が悪いので、文句言えません。今度からは、パンの耳はただでもらえるところを探します。
私が考え事しているうちに、先生はさっさと歩いていっていました。
「先生、どこ行くんですか!?」
走って追いかけると、先生は振り向いてくれた。
「建国記念パレード」
「すっごい人ですねぇ!!まだパレードまで、一時間もあるのに」
道沿いに並んで待っている人は、今か今かとそわそわしています。その興奮が伝わって、私もつい大声を出してしまいました。怒られるかと思ったのですが、先生もこの雰囲気にのまれたのでしょうか、何も言いませんでした。
「まぁ、年に一度しかない王と魔導師を眺められるイベントだからな」
「じゃあ、先生は王様と魔導師様が見たくて、急にクリストラに行くって言い出したんですか?」
私の問いに先生は少し考えるように、首をかしげた。
「どうなんだろうな」
「先生は、都会が嫌いなのかと思っていました」
「は」
何かを考えていたはずの先生が急に私の方に向いた。
「今まで、私は何度もクリストラに行きたいと言ったのに、先生は聞こえていないかのように無視してたじゃないですか」
「いや、悪いが全く記憶にない」
「これはきっと、都会に劣等感を抱いているに違いないと踏んでいたんですが、まさに今日、心のハードルを一つ乗り越えたんですね!!さすが、私の先生」
私が心から、賛辞と尊敬のまなざしを先生に送った。だが、帰ってきたのは目潰しだった。
「うぎゃ」
「お前につきあうと、俺までおかしくなる。そんなことより、ちゃんと場所とっとけ。飯食ってくる」
「はい」
先生の言いつけどおり、私は他の人に場所を奪われないように、威嚇しながら、ポケットから耳パンを出した。
マーチが流れる。
ラッパと太鼓の音が往来に響く。それをさらに盛り上げるように歓声が広がっていく。
世界最高の国といわれるだけのことはあります。
式典用なのだろうか、飾りのついた軍服を着た軍人さんを筆頭に行進が続く。
足並みのきちっとそろった行進はそれだけで見ものです。
そのあとに続いたのは魔法剣士。白い馬に乗ってあらわれたときには、思わず私も、素敵だと思ってしまいました。でも、後で先生の方が素敵だとちゃんと謝っておきました。
そのあとも、僧侶、魔術師、ピエロに、象と、続いていくと、
急にあたりからこれまでとは比にならないくらいの声が上がった。
「マリエル陛下!!」
「ジュリア様!!」
「クリストラ、万歳!!」
道を歩く二人が目に入る。