アイスのつくも神
一人の女の人が、アイスを買いました。
冬季限定のそのアイスはとっても美味しかったので、女の人はいっぱい買って来て冷凍室にしまいました。
嬉しかったとき、悲しかったとき、辛かったとき‥‥ そんなときに、一つ一つ、大事に大事に食べました。
奥にしまわれたアイスがいました。
人に食べられる為に生まれたアイスは、美味しく食べてくれる日を心待ちにしていました。
でも、いつまでも食べてくれる気配がありません。
大事に大事にとって置かれたアイスは、いつの間にか、つくも神になっていました。
もどかしい日々が過ぎる中、アイスは気付きました。女の人が冷凍庫を開けるとき、辛そうな顔をしていることが多くなっていることに。
自分が最後の一つになるとき、女の人は泣いていました。
とうとう心配でたまらなくなって、アイスは男の子の姿になって、女の人の前に現れました。
女の人は大層驚きましたが、次第に落ち着きを取り戻し、それから、どうして泣いていたのか話してくれました。
女の人はとっても仕事が出来ました。だからとっても出世しました。
でも、やっかんだ同僚の人や、追い抜かれた先輩、並ばれた上司の人たちに、陰口を叩かれたり、イジワルをされたりしていました。
アイスは心に決めました。この人が食べてくれる日まで、何か僕の出来ることをしようと‥‥
次の日、女の人が帰って来ると、つくも神はお掃除をしていました。
朝から頑張っていたのでしょう、もう殆どピカピカです。
女の人はいつも忙しくて、あまりお家のことが出来なかったから、ちょっぴり恥ずかしいけれど、とっても嬉しくなりました。
また、ある日は、お布団を干してくれていました。
お日様の香りとフカフカの寝心地、久しぶりにグッスリ眠りました。
そしてとある日は、晩御飯を作ってくれました。
天ぷらが好きと言ったのを覚えてくれていて、頑張って揚げてくれました。
揚げたての天ぷらなんて久しぶりで、胸がいっぱいになりました。
お片づけもしてくれる姿を見て、ふと、つくも神が少し縮んでいる様な気がしました。
アイスの姿に戻ってもらい、そっと触ってみると‥‥少し溶けていました。
天ぷら油の熱のせいでした。
溶けきっちゃう前に僕を食べてねと、つくも神は言いました。
女の人は、首を横に振りました。
しばらくして、女の人は、別の会社に引き抜かれました。
その会社には、イジワルな人もいなくって、ついでにお給料も増えました。
女の人とつくも神は一緒に喜び、クーラーの効いた部屋で、一緒にかき氷を食べました。
今は夏でした。
初仕事は海外でした。
一カ月ほど留守にするので、女の人はつくも神に、アイスの姿になってずっと冷凍室に入っているようにお願いしました。
つくも神もそのつもりでした。女の人に食べてもらうまで、溶けちゃうわけにはいきません。
海外にいる女の人に、一本の連絡がありました。
何でも台風がやってきて、住んでる街が停電しているとのことでした。
女の人は願いました。早く電気が復旧することを。
復旧は六日後でした。
空港から一目散に帰って来た女の人の目に飛び込んできたものは‥‥瓦と割れたガラスでした。
ですが、踏んでケガをしたりしないように、キレイに隅に寄せられていました。
そしてテーブルの上に、一枚の手紙がありました。
そこには、
[ごめんね、冷蔵庫が止まっちゃって、僕はもう溶けきっちゃいそうなんだ。短い間だったけど、一緒に暮らせて楽しかったよ。でも最後は、僕を食べて欲しかったな。色々書きたいけど、もう左手も溶けちゃいそ]
と、そこまで書かれていました。
椅子の上には、すっかり溶けたアイスの袋がありました。
女の人は、丁寧に拭いて‥‥冷凍庫にしまいました。
あの子が戻って来ることを信じて‥‥
季節は巡り、また冬がやって来ました。
けれどもつくも神のあの子は、まだ現れてはくれません‥‥
誤字報告、ありがとうございました。