第1話ー2
優しくされて上機嫌になったシャルロットはアランが話していた通り、カグヤを寮まで案内することにした。
とは言え、シャルロットは自分の屋敷で迷子になるほどの方向音痴なので案内するのはアラン。シャルロットは後ろから着いて行くだけ。カグヤと話そうと思っても、既にアランと楽しそうに話している。
おかげでシャルロットは暇を持て余していた。
これもゲームのシナリオ通りなのだろうか。普段は誰に対しても塩対応なアランがカグヤに対しては疲れていないか、歩くのが早くないかと気遣っていた。
もしゲームのシャルロットなら婚約者が目の前で別の女と話していたら、婚約者を取られたと嫉妬するのだろう。そして愛しい婚約者を奪った泥棒猫に嫌がらせをして何がなんでも自分の婚約者を取り戻そうとするのかもしれない。
しかし、今のシャルロットにそんな気持ちは毛ほどもなく、ただ安心していた。
入学して数時間で主人公に会うなんてRPGで言うと第一村人が魔王だったくらいの驚きだ。しかし、魔王だと思っていた少女は驚くほど優しい良い子で他人を国外追放にするようには見えない。それどころか全力で止めそうだ。
それにアランのことは国外追放を回避するためなら仕方がない。婚約者を取られるのは少し寂しい気もするが国外追放になっては友人として会うことも出来なくなる。運命を変えるための必要な犠牲だ。
国外追放の件も含めて万事解決。これからシャルロットは運命に縛られず生きていける。そう思うとアランとカグヤが話している姿も微笑ましく思えた。
そんなことを考えていると、いつの間にか学生寮の前へ着いていた。
「ここが学生寮だ。まあ、なんだ、君の学園生活が実り多いものになることを願う」
「先生みたいなこと言うなアランは。……明日から頑張ろうねカグヤちゃん」
「御二人とも、ありがとうございます。助かりました」
シャルロットとアランがそう言うと、カグヤは深々と頭を下げる。
その後、何かあるのかと思ったが特に何もなくカグヤと別れた。と言うよりも、アランが何事もなかったかのように通常運転の塩対応に戻り、颯爽と帰路へとついたのだ。
もう少し楽しく話をしていればいいのに。これから通学路となる並木道で植木と道を仕切るレンガの上を歩きながらシャルロットはそう思った。乙女ゲームというのはシャルロットが思っているより淡々としているらしい。
しかし、これでシャルロットが国外追放される可能性は低くなった。このまま何事もなければカグヤがアランもしくは他の攻略対象と添い遂げ、シャルロットは国外追放を回避するwin-winの状態で物語は終わる。
そう考えるとシャルロットは晴れやかな気分になった。まるで肩の荷が下りたようで、世界が素晴らしく見えた。
ついでにシャルロットの口も軽くなった。
「それにしても良い子だったな。カグヤちゃん」
「ああ、そうかもしれないな」
「でも、珍しいよな。アランが女の子を気遣うなんて。もしかして一目惚れした?」
「何を馬鹿なことを……」
冗談っぽく言うと、シャルロットの後ろを歩いていたアランは溜息交じりにそう言う。お前は何を言っているんだといった具合だ。
確かに一目惚れで恋に落ちる人も居るが、アランは一度しか会ったこのない女性に心を奪われるような男ではない。そのことは幼い頃から一緒に居るシャルロットが一番知っているが、上機嫌なシャルロットはアランをからかってみたくなったのだ。
そして、調子に乗ったシャルロットはくるりと後ろを振り返ると、さらにアランを困らせるようなことを言い始めた。
「私のことはいいの。本気なら婚約破棄だって協力するわ」
「待ってくれ。どうしてそう言う話になるんだ? 俺は君さえいればいい」
涙を拭くようなそぶりを見せ、か弱い女性を演じながらシャルロットが言うと、アランは立ち止まって歯の浮くようなセリフを口にする。
その必死な表情は幼い頃から一緒に育ってきて一度も見たことのない表情だった。
立ち止まって宝石のような紫色の瞳でシャルロットのことを真っ直ぐに見つめる。その目力たるや君しか見えていないと訴えているようだ。もし学園の女生徒が同じ顔で同じセリフを言われれば、嬉しさで卒倒してしまうだろう。
とは言え、少々意地悪が過ぎたとシャルロットも反省した。いくらアランの表情が変わったことが嬉しくても、ずっと不快な思いをさせるのは心苦しい。あと、イケメンの険しい顔は意外に怖い。
そろそろネタ晴らしをしよう。そう思ってアランの方へ歩み出した時だった。
シャルロットの目の前を高速で何かが通り過ぎた。それは窓を突き破り、窓枠にはまっていた硝子を粉々に砕いた。そして、その窓から手にボールを持った先生が顔をのぞかせて怒鳴り声をあげると、大声で「ごめんなさい」と言いながら数人の男子生徒たちが寮の方へと駆けだしていく。
どうやら男子生徒たちが遊んでいたボールが誤って飛んできたらしい。今回は当たらなかったからよかったものの、あと1歩前に進んでいたらシャルロットの顔に当たっていた。
シャルロットは驚きのあまり、その場に崩れ落ちた。
「あ、あはは、ビックリしたなぁ……」
「シャルロット大丈夫か!? ケガはないか!?」
「うん、ちょっと転んだけど大丈―――――ぶっ!」
「シャルロット!?」
ボールが飛んできたかと思えば今度は真上から水入りのバケツが降って来た。中に入った水で全身ずぶ濡れになっただけでなくバケツが頭にはまった。プラスチック製ならまだマシだったかもしれないが生憎この世界のバケツは全て木製。その痛みは尋常ではない。
シャルロットは自分の不幸を悲しむ暇もなく気を失った。
お久しぶりでございます。そして大変長らくお待たせいたしました。悪役令嬢に転生したけど好き勝手に生きてやる!(略称考え中)の続きでございます。
リアルの方で色々あったりなかったりしまして、筆が進まない、完成はしているけど内容が納得いかなくて放置というよく分からない状態に陥っておりました。これからもこういったことがあると思いますが、たまに思い出した時に読んでいただけると嬉しいです。