第1話-1
入学式の後、シャルロットは上機嫌で渡り廊下を歩いていた。
考えるのをやめると色々と吹っ切れた。シナリオの事も忘れたわけではないがヒロインに会わなければ大丈夫だろうと思えるくらいには心に余裕がある。
そして今は2回目の学校生活をどのように過ごそうか考えていた。
真面目に勉強をして過ごそうか、運動部に入って青春の汗を流そうか、はたまたアルバイトでお金を稼いで楽しいことをしようか。考えれば考えるほど楽しくなる。
浮かれていると後ろを歩いていたアランが言った。
「浮かれるのも良いが、身嗜みは整えておいてくれよ?」
「分かってるって。アランは父さんみたいなこと言うなぁ」
心配するアランに軽く返事を返してシャルロットは、ふと中庭に目を向けた。
中庭は花壇に1色の花だけでなく、魔法で品種改良されて2色や3色の花弁をつけた色とりどりの花が植えられており、珍しい花の見本市のようになっている。中心にある噴水の周りにはベンチが置かれており、そこに1人の女の子が居た。
柔らかな長い黒髪に幼い顔、儚さを感じさせる小柄で細身の体つき。赤い着物に袴姿で、ちょこんとベンチに腰かけて困った顔をしている。
名前は覚えていないが見覚えがある。確かゲームのパッケージに描かれていたヒロインだ。
こんなに早く目撃するとは思っていなかったとシャルロットは唖然とした。
もし関われば強制的にシナリオが始まるかもしれない。シャルロットはヒロインを見て見ぬ振りをして、アランに「学校を見て回ろう」と言い、その場を去ろうとする。まるで猛獣と遭遇したかのような対応である。
しかし、アランはその場を動こうとしない。
「おい、アラン?」
「……彼女、困っているみたいだ」
中庭の方を見ながらアランは言う。視線の先は当然ながらヒロイン。放って置けないと言った顔で彼女を見つめている。
「ま、まぁ、いいじゃん。自分でなんとか出来るって」
「そうか? そうは見えないが……」
シャルロットは首を横に降るが、アランは納得してはいないらしく、ヒロインから視線を動かさない。まさか助けようと言うつもりだろうか。
アランは自他共に厳しく困っている人を助けるような性格ではない。ましてや初対面の人に手を差し伸べるようなことは一度だってなかった。
そして、その場を去ろうとしていた時、アランは歩みを止めた。
「やはり放っては置けない。すまないが少し待っていてくれ。すぐに戻る」
「は? おい、婚約者は放ったらかしていいのかよ……」
アランは吸い寄せられるようにヒロインに歩み寄り声をかける。それから少しやりとりした後、ヒロインを連れて戻ってきた。
話を聞けばヒロインは寮に行く途中で道に迷っていたらしく案内することにしたらしい。
シャルロットがアランの行動に驚きつつも、ヒロインの方を見ればヒロインは緊張しながら両手を前で合わせて深々と頭を下げていた。
「今日からメルヒエン学園でお世話になります! カグヤと申します!」
「これはご丁寧に。私はシャルロット・ルシャボテと申します。よろしくお願いします」
釣られてシャルロットも前世の癖でカグヤと同じように挨拶を返す。その光景を見てアランは「2人とも何をしているんだ」と首をかしげていた。
この国の女性の挨拶はスカートをつまみ上げて一礼すると言ったもので、シャルロットとカグヤが交わしているような挨拶はなく、アランが首をかしげたのも頷けた。
それからシャルロットが顔を上げると、同時にカグヤも顔を上げる。そして、次に聞こえたのは……
「きゃああああああああああああああああああ!」
絹を裂くようなカグヤの悲鳴だった。
彼女はシャルロットの顔を見ながら驚いて口に手を当てて唖然としている。
一体どうしたのかとシャルロットとアランが慌てて尋ねると小刻みに震えながらカグヤは言った。
「シャルロットさん! 髪が大変な事に!」
「え? ……あぁ、大丈夫。気にしないで」
「酷い!女性の髪を切るだけじゃなくて、美しい金髪に墨をかけるなんて! 誰がこんなことを!?」
何故そう考えたのかわからないが、カグヤは何か勘違いしていることはわかる。「誰かに虐められてるんですか!?」と執拗に心配してくる。あと、シャルロットが使った染料は決して墨ではない。ゲーム特有の何故かある現代の製品だ。
「大丈夫。これは自分でやったことだから」
「自分で? ま、まさか思い詰めて……」
「ないから! いじめも思い詰めることも悩みも何一つないから!」
きいきいとシャルロットは声を上げる。すると、ようやくカグヤを宥めることが出来た。悩みがない宣言はどうかと思うが。
優しい子なのはわかったものの、優しさもここまでくると少し鬱陶しい。しかし、この優しさで攻略対象を虜にしたと思うと納得がいく。
シャルロットは荒くなった呼吸を整えると、思い出したようにアランの方を向く。
アランは顎に手を当てて涼しい顔をしているが、よく見ると顔を引っ張って笑いを堪えている。
「おい、見てないで止めろよ」
「良かったのか? あんなに楽しそうだったのに」
アランはわざとらしく微笑んで見せる。
シャルロットは「元はと言えばお前のせいだろ」と言いたかったが、大声を出す気力もなく口を噤んだ。
それにしてもシャルロットの抱いていた印象と目の前のカグヤは全く別人だった。
前世の記憶を思い出した時は怖い女という印象を抱いていたが、いざ会って見ると心優しい少女で人を国外追放するような人物には思えない。ただ、男装のシャルロットを一瞬で女性だと見抜くほど鋭い観察眼を持っているようだ。
そこまで考えてシャルロットの頭に疑問が浮かんだ。
カグヤは一瞬でシャルロットを女性だと見抜いただけでなく、黒く染めているにも関わらず金髪であることまで言い当てた。
どうして自分が金髪だと分かったんだろう。気になったシャルロットはカグヤに尋ねてみた。
「ところでカグヤさん。どうして俺が金髪だってわかったの?」
「ああ、だって左側が微妙に染まってないからな」
カグヤの代わりにアランが申し訳なさそうに答える。表情から察するに今朝からずっと気づいていたようだ。
その答えを聞いてシャルロットは顔を赤くしながら頭の左側を抑える。
「おい、嘘だろ! 気づいてたなら言えよ!」
「いや、さっきも遠まわしに伝えようとしたんだが……」
「わかるか! ……うわぁ、最悪」
ショックのあまりシャルロットは頭を抱えて小さくなる。朝から染まり切ってない髪を見られていたと思うと恥ずかしくて死にたくなった。
そんなシャルロットに手を差し伸べたのはカグヤだった。
彼女はシャルロットに優しく微笑みかけると、「私が何とかします」と言って袖から筆と巻物を取り出した。そして地面に白紙の巻物を広げると、そこに筆で長方形を描き目の前で印を結ぶとはっと一喝した。
すると、どうだろうか。巻物に書かれていた長方形が浮き上がり、白くて長い布になった。
彼女はそれを塗り残しがある部分が隠れるようにシャルロットの頭に巻いた。傍から見ればバンダナを撒いているようにしか見えない。
「これで大丈夫ですね」
「ありがとうカグヤちゃん。好き」
「いや、何を言ってるんだ君は」
アランに冷めた目で見られながらもシャルロットはカグヤに抱き付いて感謝の言葉を伝えると、これからカグヤには優しくしようと心に誓った。
お疲れ様でした。今回も読んでいただきありがとうございます。




