4話:冒険者を目指して(前編)〜初めての模擬戦〜
王都から帰った次の日から、俺は早速武器を使用した訓練に入った。能力を授かる前から体だけは鍛えていたため、子ども用の軽い木剣ならしっかりと振れる。
因みに、王都で買ったものはまだ早いという理由から、母さんに没収されてしまった。
そして訓練の日々は続き、能力を授かったあの日から一年ほど経っていた。
「はっ! はっ! はぁっ!」
家の庭で、俺は手に持った木剣を縦横無尽に振りまくる。俺が木剣で叩いているのは、村の農家の人から分けてもらった藁で作った人形だ。俺と同じほどのサイズに合わせて作った人形に向かって、長剣操作(上級)を持つ父さんに習った型で振る。
訓練のメニューは父さんが年齢などを考慮して考えてくれ、母さんは体が丈夫になる食事のメニューを考えてくれる。
「ようアル! 今日はまだ木剣をやってるのか?」
木剣で人形に打ち込んでいた俺に声を掛けたのは、朝の見回りから帰ってきた父さんだ。この一年間、俺は父さんが朝の見回りをしている間は自主訓練を行い、帰って来たら父さんのメニューに合わせて訓練を行っていた。
「うーん……なんか前みたいに上手くなってるなーってなんなくて。ずっと同じ感じなの」
父さんには六歳児風な言葉で伝えたが、要は上達しているという実感が湧かないのだ。下手になっているなどという感覚はないし、怠けていたつもりもない。寧ろ日に日に訓練の量は上げていたはずだ。
それなのにも関わらず、やはり実感がわかない。これが壁というやつなのだろうか?
「おお! そうか、お前ももうその段階まで来たのか!」
表情を曇らせる俺に対し、父さんは嬉しそうに笑って俺の頭をわしゃわしゃと掻き回した。
「それはな、所謂壁ってやつだな。どんなに訓練を頑張ってても、人はある一定のレベルまで達すると一種の壁にぶつかるんだ」
なるほど、やはりこれが壁か。ということは、今までと同じ訓練ではこれ以上の進化はできない。木剣で出来る最上地まで、辿り着いたんだろうな。
「よし。アル、これからは練習メニューを変えるぞ。これからは本物の剣を持っての訓練だ」
「え、いいの!?」
おおお来た来た! 約一年間、俺が使っていた剣や槍は全て木製。そのためあまり武器を握っているという実感がなかったが、これからは本物を握れる!
「――但し。その前に俺と模擬戦をやる。俺は勿論長剣を使うが、お前は何を使っても構わない。俺の体に一撃でも当てられたらアルの勝ち。明日から実物を使おう」
「もし勝てなかったら……?」
「勝つまでやるんだ。勝てるまで本物の剣は勿論、飯にすらありつけないと思え」
なんと……!
六歳の子どもにご飯を用意しないなんて、前の世界でやったら逮捕の後に炎上だぞ……
それに勝てるまでなんて、普通の子どもなら父さんが老いるまで勝てないかもしれない。まぁ、俺の場合普通じゃないから良いのだが。
「お前の能力は努力が必ず実を結ぶというものだ。つまりお前がそれ相応の努力をしていれば俺には勝てる。お前の努力は、自分自身が一番よくわかってるよな?」
ああとも。俺は出来る限りの努力をした。もしも勝てなかったとしても、これからの模擬戦で努力をすればいいんだ。
とはいえ、模擬戦を何回も繰り返すつもりは無い。この一回に全力を注ぎ、明日からと言わず今日から本物を握って魅せよう!
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「――それでは、お互いに準備は良いわね? 審判は私がするけれど、あなたは当たったら当たったと正直に言うこと。分かったわね」
さっきの会話の直後、俺は母さんを呼びに家に戻った。そして母さんを連れて家の庭に行き、母さんを審判として俺は父さんと向かい合う。
父さんが持つ長剣と、俺の持つ長剣。長さは俺の物の方が短いが、どちらも木製だ。父さんからの攻撃は来ないし、リーチはあまり関係ない。問題は、俺がどこから切り崩して父さんの胸元に入り込むかだ。
「ああ。今の俺の喜びは息子の成長だ。そんな姑息な手を使うくらいなら、俺は初めからこんな勝負はしない」
胸元を狙う俺の視線に気付いてか、父さんは俺と母さんに向かってばっと両手を広げた。勿論まだ試合は始まっていないが、この余裕綽々といった態度が少し頭に来る。
これは一回で終わらせて、目にものを見せてやらねば。
「それでは――始め!」
空に向けた右手を勢いよく振り下ろし、母さんは開始の合図を出した。そしてそれと同時に、俺は一直線に踏み込む。
父さんの能力は長剣操作(上級)。俺が一年間努力したからと言って、そうも容易く勝てる相手ではない。実戦では言うまでもなく、今回のこのルールでも怪しい。
だが、迷っている時間は俺にはない。今までの訓練と、父さんの動き。そこから分析し、最善のルートで最善の攻撃を――。
「づやぁぁぁぁ!」
一直線に一目散に走り、父さんの目の前でしゃがみ込む。そして足を伸ばし、そのまま回転。これで足払い――
「おおっと。いきなり足払いか」
俺の足払いに、父さんは瞬時に反応。素早く足を後ろに引く。
が、しかし。俺の狙いは足を払うことではない。ここで足を後ろに引いた父さんの姿勢は、まさに避け。
当たらないというルールに父さんが剣を用いたのは、避けるよりも守る方が得意だということの表れだ。つまり、苦手な避けの体勢を取らせ、得意な防御への体勢を少しでも崩す。
これが俺の本当の狙い。
「てやっ! はっ! やぁっ!」
しゃがんだ体勢から立ち上がると同時に、意識が疎かになった父さんの剣を払い上げる。そしてそのまま休むことなく、父さんの持つ長剣へと打ち込む。
最初の狙い通り、父さんは俺の攻撃を防ぎつつも少しずつ後ろへ下がっている。まだ苦の表情を浮かべてはいないが、最初のような余裕の笑みは見られない。少なくとも、少しずつ余裕が消えているのは確かだろう。
「やああああああ!」
次に、父さんの木剣に自分の木剣を押し当てたまま前進する。これで一気に後退した父さんは、これ以上後ろに下がるまいと力を入れる。
そしたら作用点をズラし――、
「んぬ!?」
「――」
守るだけと言った父さんは、俺に剣を当てられない。しかし今の押し付けで俺と父さんはかなり密着し、無理に剣を動かせば俺に当たる。
そしてさらに、作用点をズラし父さんの剣をスカしたことで、父さんと俺はどちらとも自分の右に木剣を構えている。
つまり、父さんは自分の左側からの攻撃に対し対処出来ない。
「やぁっ!」
掛け声と共に、俺は自分の木剣を父さんの足に当てた。
「――そこまで。アルの勝ちよ」
指先まで伸ばした右手を前に突き出し、母さんは俺と父さんの模擬戦を止めた。その母さんの合図に俺と父さんは一歩下がり、お互いに視線を合わせた。
「――はっはっはっ! いやあ負けた負けた! 最初に足払いが来るとすら思っていなかったのに、まさかそれが囮だったなんてな! 俺に似ず策士じゃないか!」
木剣を地面に突き刺し、父さんは大笑いしながら右手で俺の頭を乱雑に撫で回す。丁寧に一定方向に撫でる母さんと違い髪の毛がぐしゃぐしゃになるが、勝利の喜びも兼ねてかそうして褒められるのがとても嬉しい。
「やったわね、アル! まさか六歳でお父さんから一本取るなんて。頑張ったわね」
「うん! ありがと!」
俺の勝利を、父さんと母さんは自分のことのように喜んでくれる。これは前からずっと変わらないことで、何かある度にこうして家族三人で喜べるのだ。
「よし、それじゃ約束通りこれからは実物。それでも本物は本当に危ないから、ちゃんと注意するんだぞ?」
「うん! ちゃんと周りにも気を付けるから大丈夫!」
これで念願の実物。木剣とは質感も重量も全く異なったあれらは、確実に今のよりも扱いにくい。これからはより一層、努力が必要になる。
だから今まで以上の努力を重ねて、一日でも早く強くなろう。そして一日でも早く冒険者になろう!