2話:約束(前編)〜名付け〜
俺は窓から差し込む日差しの眩しさに目を開けた。
「ん、んんーっ!」
布団をどけながらベッドの上で体を起こし、両手を広げて大きく伸びる。暖かな日差しに小鳥の囀り、何とも心地よい目覚めだ。
床、壁、天井、俺を囲む四方八方全てが木製。木の匂いは、俺に安らぎを与える。
窓から外の様子を覗くと、同じような木造の家が何軒か見えた。これと言って望んでいたわけではないが、神はこれすらも読み取ったのだろう。
ここは、グレイス王国の端しも端。特に名前も定まっていない小さな集落。最初は世界の辺境地、田舎からのスタートだ。
「おはよー?」
ベッドの上から降りて、そのまま部屋を退室。そして何やら物音のする部屋へ、俺は足を運んだ。
「あら。おはよう、アル」
優しく微笑む女性は、ラフィール・フロンティア。かなりの博識で、家事全般を一人で熟す俺の母親だ。
「おう、起きたかアル! 今日は飯食ったら直ぐ王都に向かうぞ!」
そんな母、ラフィールに続き、少し大きめの声で話しかけてきたのは、父、カルストル・フロンティアだ。
「うん、分かってる! それが終わったら少し王都を見て回ってもいい?」
「おう、いいとも! ただ、きっと終わるのは夕方か夜になるから、散策は明日な」
「あ、そっか。分かった!」
父、カルストルは、この村にある自警団の団長だ。勿論こんな田舎の自警団はかなりの小規模隊となるが、それでも自給自足をしているこの村の自警団はかなり強い。
――と、自己紹介が遅れてしまった。
俺の名前はアルフェイル・フロンティア。通称アルだ。そしてつい先日、俺はとうとう五歳になった!
この世界では、五歳になると教会で加護やスキルを授かる。そして俺にとって今日は、五年ぶりに神様たちに会う日だ。
そんな期待を胸に秘め、俺は初めてグレイス王国の王都に向かう。
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途中休憩も挟みつつ、約八時間馬車で移動。かなりの長時間移動で、時刻は昼を優に超していた。
「んーっ!」
「ははは、何時間も座りっぱなしは流石に疲れるな。どうする? 教会は後回しにして少し休むか?」
馬車から降りて大きく伸びた俺に、父、カルストルは腰に手を当てて笑う。
確かにかなり疲れたが、早めに能力を確認したいし、何より二人に会う約束がある。
「ううん! 先に教会行ってくるよ!」
「そうか! それじゃ俺らはここで待ってるからな。中に入ったら案内してくれる人に付いて行けば問題ない」
「ん、分かった! じゃあ行ってくるね!」
そう言って、俺は父と母に手を振り、教会の中に入る。
うーん。教会に入ったのは初めてだけど、結構イメージ通りの内装だなぁ……
――と、俺は牧師さん……か? 黒い服に茶色の分厚い本、首に掛けているものは十字架ではなくX印だが、こっちもそこそこイメージ通りだ。
「――こんにちは。能力の授与ですか?」
「あ、はい!」
「そうですか、丁度良かった。今は他に人もいないので、直ぐに案内できますよ」
おお、ナイスタイミング! 確かに他の人がいれば待たせられたのか……良かった。このまま数時間単位で待たされたら精神的にキツかったからな。
「――着きましたよ。ここが祭壇の間です」
しばらく教会の中を歩き、協会の奥にあった大きな扉を開ける。するとそこに広がっていたのは、部屋の奥に石像を置いている何とも神々しい空間だ。強調した装飾はないものの、質素などとは到底言えない。実に言葉には言い表しにくい空間だ。
「さあ、この後は一人でお進み下さい。あの石像の正面に片膝を突き、両手を合わせて目を閉じるだけで大丈夫ですので」
おお、テンプレと同じくらいの簡易さだな。ま、無駄に儀式があって長引くよりはずっとマシなんだけど。
そんなことを考えながら、俺は石像の前に片膝を突く。
「うーん……やっぱり神って言ったらこんな感じだよな」
俺の目の前にある石像は、背が高くそれなりに風格のあるオジサンの像だ。長い髪に長い髭、それから少し太めの眉毛に、顔一面の皺。やはり補佐役のオジサンに似ている。
ま、そんなことはどうでもいいか。早く二人に会いに行こう――!
そうして両手を合わせ目を閉じると、俺の体は光に攫われた。
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「んやああああああああああっ!!!」
「おぅわっ!?」
白い光に攫われた意識を、再び取り戻した瞬間。突然の大声に迫られ、ハッキリとしない感覚で何かを支えた。
ついさっきまで白い光に包まれていたのだが、今の俺が感じるのは影の如き黒だ。
「やっと来たなー! 待ってたんだぞー!」
「お、おお……まさかこんな歓迎されるとは思ってなかっ、た……っと」
感じた黒は、俺の視界を塞いだ子どもの影。再会早々顔面に飛び付いて来た子どもを優しく放し、そのまま下に下ろす。そうして開けた視界に映ったのは、少し離れたところに立っている老人の姿だ。
「――漸く五歳になられたのですね。大きくなって……いえ、最初の頃よりは小さくなられましたよね」
光に攫われた俺を迎えたのは、五年前に今の世界へ転生させてくれた神とその補佐役のオジサンだ。そして今は、そんな二人が前よりも大きく見える。
「そうですね。何せ五歳の体ですから……」
そう。今の体は、平均的な五歳児の体そのもの。それなのに、神は容赦なく飛びつき、それどころか俺はそれを易々と支えられた。
確かに転生してからも人並み以上に鍛えてきたが、それでも五歳の体だ。いくら子どもの神といえど、自分よりも大きい体を支えるのは難しい。
「それなのに、支えた感覚が殆どなかったんだよな……」
「んー?」
「いや、何でもない」
どうせ心は読まれるのだろうが、目の前の子どもは神と呼ばれる存在だ。体重が羽のように軽かったところで、それも当たり前だろう。
「それよりも、久しぶりだな! 約束覚えてくれてて、嬉しいよ」
「ボクがヌシのこと忘れるわけないのなー! それより、ヌシがヤクソク覚えてるかシンパイだったんなー」
確かに、五年は決して短い時間ではない。ここの時間の流れがどうなっているかは分からないが、俺が五年で忘れる可能性は確かにあったかもしれない。まぁ、性癖に刺さった人のことは一生忘れないと思うが。
「それでそれで! ボクの名前! 決めてくれたー!?」
「ああ、決めてきたよ。気に入ってもらえると嬉しいな」
五年の月日が経ち普通に話せるかが少し心配だったが、そんな心配は不要だったようだ。目をキラキラと輝かせて髪をひょこひょこと揺らす神と、相変わらず優しさの滲み出る顔で笑みを作る補佐役のオジサン。この二人と話している間は、素のままの自分でいることが出来る。
「先ずは神様。見た目は中性的で可愛いしほんわかした感じだから、ティフォってのはどーだ? 我ながら可愛いと思うんだけど」
この世界に来てからは、村の人たち以外とは殆ど関わっていない。たまに村に来る冒険者に色々話を聞くだけで、数えられる人としか話していないのだ。だからこの世界での名前で何がいいかは分からないが、文字の発音の組み合わせとして可愛かったからこれに決めた。
これだけで気に入って貰えるのか、本人に言った直後で初めて心配になった。
「ティフォ! いー! カワイーよー! いーよー! 今からボクはティフォ! ティフォだよーっ!!!」
反応は如何に――と思いながら恐る恐る視線を合わせると、神は飛び跳ねて喜んだ。両手を上げてピョンピョンとその場を跳ね回り、最後には万遍の笑みで俺の手を取る。想像以上の喜びように、俺は心底安心した。
「気に入ってくれたか……よかった」
「んー! ティフォ気に入ったー! これからはヌシもティフォって呼んでね!」
「分かったよ。ありがと、ティフォ」
「んー! ふふふー!」
自ら付けた名前を呼ぶのは、何となく気恥しい。しかし、名前を呼んで頭を撫でると、ティフォは今まで以上に良い笑顔を見せてくれる。
「んでもって次は補佐役の――」
「あ、え、私にも付けてくださるのですか?」
「え? あいや、ティフォだけってのはアレかなーと思ったんですけど、まぁ別に嫌なら大丈夫ですよ! ほぼ関わりもない人間に付けられるのも嫌だったりしますもんね!」
確かに、普通に考えればたった数回しか言葉を交わしていない俺に名前を付けられると言っても嬉しくはないだろう。そもそも存在としては向こうの方が上であるわけで、明らかに俺よりも生きている時間が長い。というか比にならない。
そんな人間に名前を付けられると言っても、いや何様だよってことになるよな……
「いえいえ! 滅相もございません! 神様が信じられたお方なのですから、その時点で私も疑念は抱いておりません。名前を付けて頂けるのであれば、それは喜んでお受け致します」
「お、おお……そうですか。ありがとうございます! それで名前なんですけど、やっぱり落ち着いていて頼りになる感じがあるので、セバスと言うのはどうでしょう? 前の世界だと、腕利きの執事とかにその名前を付けることが多いんですよ」
「腕利きの執事……ですか。確かに、立場としては執事に似てるかもしれませんね。セバス……なるほど。お名前、有難く頂戴致します」
「そうですか! 気に入ってもらえたようで良かったです! ありがとうございます!」
セバスさんの話し方は固いけど、多分喜んでくれたのだろう。あまり感情を表面に出さない感じだが、僅かに口角が上がっている気がする。
とまぁ、これで二人との約束は無事に果たせたわけだ。これからは、ティフォとセバスさん――そう呼ぶことで、より一層親近感が湧くな!