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1話:死、そして転生(中編)〜神との接触〜

 ――もしも、来世というものがあるのなら……


 汗で濡らし、土で汚し、血反吐で染めた顔から流れる、唯一綺麗だと思える涙。神秘的とも呼べるそれは、成分こそ同じでも、全く別物のように思えた。


 ――もしも、生まれ変わることが出来るのなら……


 しかし、そんなぐちゃぐちゃになった顔よりも、気にすべき点が他にある。

 それは、己の腹部に走る激痛。右の肋骨の真下辺りに異常なほど喧しい存在感を放つ、たった一筋の刺創だ。


 ――もしも、来世があって、生まれ変わることが出来たとして……


 ナイフで刺された、冗談でもかすり傷とは言えない(それ)は、焦ってしまったが故の行動で致命傷と呼べるほどになっていた。ただの刺創を致命傷にまで大きくしてしまった理由は、己の行動が大半の原因だろう。恥ずかしながら、すこし取り乱してしまった。


 ――たった一つだけ、望みを叶えてくれるとしたら……


 そんな羞恥と後悔を胸に、意識が薄れていくのを感じる。ボヤけて目前の物の形すらハッキリと映し出されない現状には、思ったよりも恐怖を感じない。今までにも何度かあった、寝落ちと感覚が似ている。

 そして電流が流れるような激痛と炎で焼かれるような高熱を感じながら、体内の血液と意識がどんどんと消え去っていくことをぼんやりと理解する。


 ――せめて、自分の行った努力がその努力した分だけでも報われる人生を歩みたい……


 人生最後の願いと共に、己の存在が暗黒よりも暗く黒い闇に包まれる。


 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「――し」


 体が、闇に、飲まれた……?

 ここはどこだ? 死んだのか?


 真っ暗な闇の中で、動かない自分の手足に違和感を感じる。しかし、心做しかその意識もぼんやりとしていて、何がしたいということは特に考えられなかった。


「――しもーし?」


 それにしても、あそこで俺が死んでいたとして、何か情けない最後だったな……

 もう少しカッコイイ死に方もあっただろうに、まさかナイフで来るなんて思ってなかったし。カッコよさそうなセリフだけ吐いてグサってさ、我ながらダサすぎるでしょ。


「――もしもーし!」


「んがぁぁぁぁっ!! うるせぇ!」


 自分で言うのもなんだが、人生はそこそこに波瀾万丈で充実していた。いや、充実というより、忙しかっただけだろうか。

 まぁそんなこともあって、最後くらいは静かでいたかった。


 確証はないが、多分、俺は死んだんだ。だから、死んだ後くらい静かな一時を堪能したかった。と言っても明るくてうるさいくらいがちょうど良かったから、そんな長いこと静かでなくてもいい。

 でも――、


「死んだ後のせめて数分! 静かになんかそれらしいなんかになんか浸りたかったな!」


「おー!? 死んでもヌシはゲンキなのなー」


 気が付けば、自分を囲んでいた暗闇が晴れていた。

 暖かな日差し――いや、太陽らしきものは無い。しかし、俺を包む空間は何故か明るく、何よりも暖かい。死んだ後の体は冷たくなると言うが――ん?

 そう言えば、さり気なく俺の死が確定したな。


 まぁとりあえず、今はそんなことなどどうでもいい。確証はなかったが、凡その予想はしていたのだから。

 そして何より、俺が最も気にしているのは、死の確定じゃない。死の確定を俺に教えた、目の前に立つ子どもだ。中性的過ぎて性別が分からないが、容姿を見る限りでは子どもと言える。

 そしてそんな子どもを二度見三度見四度見ほどした後、俺はほんの一瞬だけ体が硬直したのを感じた。


「可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! 誰!? え、君、誰!? 何歳!? てゆか男子!?」


「おおぉ……やっぱヌシはゲンキなー。たまに覗いてたから知ってたケドー」


「あ、ああ……ん? 覗いてた?」


 体の硬直を感じた直後、その硬直が解かれるまで、ほんの何秒も時間を必要としなかった。硬直を感じたコンマ数秒後には既に、俺は目の前の子どもに飛びついていたのだ。

 咄嗟のことに抑止力が働かず、俺は子どもの肩に回していた腕を慌てて引く。生前、昔から可愛い子どもを見ると過度なスキンシップを取ってしまうことがあり、普段から意識的にそれを抑止するように心掛けていた。そんな集大成として、最近では意識しなくとも良いほどに習慣化されていたのだ。

 しかし、習慣化されていたが故に、その意識が働かなくなったのか。それとも、命を落とすと何か変わるのだろうか。

 そんな疑問が俺の頭の中を一瞬過ったが、そんなことより子どもの存在と、さらにその子どもが放った言葉の方が気になる。


「覗いた……ってーと?」


「そのマンマなー! ほら、あれあれ!」


 首を傾げる俺に、子どもは無邪気に飛び跳ねながら指をさす。子どもが指さしたのは、少し離れたところにある池のようなものだ。言葉と物の関連性が分からず、俺は「ん?」と眉を顰めながら池に近付く。


「これ、は……地球か?」


「そー! チキュー! オモシローでしょー!?」


 池のようなものを覗き込むと、そこに映るのは反射した自分ではなく、多くの人で賑わう街中の風景だ。多くの人が忙しく行き交う道路を所謂神視点というもので眺めると、いつもと変わった風に見える。


「面白い……って言うより、そっか、俺って本当に死んだんだな……」


「――?」


 確かに、生前の俺がこんなことを体験すれば心からはしゃいでいただろう。見る限りズームや場所移動も出来るだろうし、これだけで世界の名所や俺の性癖にあった―――の様子も見えるだろう。悪魔のような下品な笑みを浮かべて四六時中にやけっぱなしだ。

 それでも、今はそんなことに興味が向かなかった。覗き見ることがどれだけ面白そうでも、やはり今まで仲良くしてきた人々と直接触れ合うことが出来ないとなると、それだけで辛い。


「ヌシはイマ死んでることがカナシーのか?」


「そりゃぁな……正直、これを見てると俺が皆と違うところにいて、本当に死んだんだって突き付けられるみたいだ」


 目を伏せてため息を吐いた俺に、子どもはキョトンとした目で首を傾げる。そして首を傾げたかと思えば、池の目の前まで来て映像を変え始めた。


「――これ、は?」


 池の中に映ったのは、一直線に上がり、一定距離まで行くとそのまま横に移動し、よく分からない建物のような物に入ってそのまま下に落ちる――白い塊が巡回している様子だ。ふわふわとした白い塊は、真っ白と言うよりは少し青白い感じで、ものによって多少、色や形が違っている。


「アレが、ヌシたちの世界で言うタマシーとかレーコンってやつな」


 確かに言われてみれば、アニメなどでよく描かれる魂に似てる。となれば、あの建物のような物には閻魔大王でもいるのだろうか。


「エンマもいるけど、ヌシたちがソーゾーするエンマとは違うよー?」


「おぉわ!? え、何!? 心読める系!?」


 心の中の疑問に突然答えられ、俺は咄嗟に跳ね上がってしまった。そんな俺を見て子どもは可愛く笑っているが……今、やっぱり心は読まれたよな?


「――ヌシは、死んだヒトの中ならジューブン幸せなほーだよー?」


 あれ? 無視られた?

 いや、俺が勝手に話を変えた……いやいや、やっぱり俺は思っただけだし、でも元の話はそっち……

 というか、これも読まれてるのか?


「フツーのヒトは、死んだ後のカンジョーとか残らない。アレはね、ヌシたちの世界で言う輪廻転生ってゆーやつ。死んだアトの天国とか地獄って、ホントはないのな。死んだヒトがあーやって上まで登ってきたら、アノ建物で記憶と感情を全部消される。それでまた、チジョーに戻って行くのね」


 なるほど、まさに思い描いていた通りの輪廻転生だ。

 つまりこの世の魂は全て循環していて――ん?


「それなら、何で俺はここにいるんだ?」


「フツーのヒトはね、死んだ後はカナシーとかのカンジョーとかなくって、そのまま同じ世界に違うヒト、イキモノとして生まれ変わるの。でも、時々オモシロそーなヒトをこーやってこっちに呼んでおハナシするの」


「こっちに呼んでお話って……そう言えば、君って誰? 天使とか、そういう系?」


 そう言えば、色々ありすぎて当初の疑問が消えていた。普通に俺の目の前に立つこの子どもの存在は、一体誰なんだ? 何の目的で呼んだ……?


「よくきーてくれました! ボクはカミ! カミサマなのなー! んでもってヌシを呼んだ理由は、ヌシをテンセーさせてあげよーってことな!」


 まだ思っただけで聞いてはいないのだが、やはり心が読まれているのだろう。そっか神……そして転生……


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 今までどんなリアクションが正解か分からず大きなリアクションを取らなかったが、今回ばかりは無理だ。意識的にではなく、自然と大声が出てしまった。


「か、神……? き、君が!?」


「そだよー!」


「か、神って、もうちょっとこう……白髪に白い髭を生やして杖かなんか持ってるオジサンなイメージが……」


 まぁ、他にも緑色の触覚生えた神とかも見たことあるけど……

 それでも、こんな子どもが神……? つか神様可愛すぎるだろ……


 キョトンとしたクリクリの目、頭のてっぺんは寝癖のようにピョコンと髪が跳ねていて、首を傾げて俺の顔を覗いてくると、その髪が横に倒れてユラユラと揺れる。宝石を嵌め込んだような瞳黒は、ブラックホールかと思わせるほど俺の心を惹き寄せる。


「オジサン、と言うのは、私のような者の事でよろしいですかな?」


 ふと、完全無風のこの空間で、風に吹かれた気がした。

 そしてそんな風に乗せたような声が俺の耳にするすると入った直後、俺の前に、思い描いていたような神が姿を現していた。

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