4話:幕開け
――これまでやった狩りは、全部戦士としての狩り。大剣でぶった斬るか、槍でぶっ刺すか。それ以外の手段は狩りでやったことがないし、ましてやスイとの共闘はこれが初。訓練すらしてない。
でも、今のままじゃ勝てない。冒険者初日にして、早速壁にぶつかった。
「――なら、試すしかないよな。征くぞ。俺とスイの、初めての共同作業だ!」
「キュキュ!」
先程からのしのしと距離を詰めてくるオークに、俺は今一度大剣を向ける。そしてその場にスイを置いたまま、俺は大きく左から後ろに回り込む。
「グォ……?」
「うっせぇ! 別に逃げるつもりじゃねェ……よ!」
後ろに回り込んだ俺に、振り向きながら首を傾げるオーク。そんなオークに目を向けたまま、完全に振り向いたオークに斬りかかる。
先ずは右からの薙ぎ――盾で防がれる。
次は左下からの払い――斧で対抗……重っ!?
「――チッ、筋力強化無しじゃ力で圧倒的に負けるか」
圧倒的な力の差。あんな太い手足を持つオークに、十代の駆け出し冒険者が力比べで勝てるわけねぇ。筋力強化無しのこの体じゃ、直ぐに押し切られて終わる。
でも、今回は俺だけで倒さなくていい。俺は一人じゃない。信頼出来る仲間――スイがいる!
「――ハァァァァァアアアアッ!!」
叫び、俺はオークの正面に思いっきり大剣を振り下ろす。が、オークはそれを軽くあしらうように左手の盾で防御。それどころか、その後軽々と押し返される。
押し返された俺は仰け反りながら後退し、再びオークとの距離が開く。
――だが、これでいい。
『――アル! 準備いーよ!』
――よし。
お互いの距離が離れ、その距離を詰めない俺にオークの方からゆっくりと距離を詰める。
しかし、オークの動きはかなり鈍い。それでいて本気で追ってこようとしない余裕。俺が逃げないと思ってるのか、逃げても大丈夫だと思っているのか。どちらにしろ、その詰めの甘さが命取りになる。
それを俺がお前に教えてやるよ。
「――冥土の土産になァ! 獄炎――ブレイズ!」
叫びながら勢いよく右腕を前に出し、目の前のオークに大きく開いた手のひらを向ける。そんな俺の詠唱に、オークは咄嗟に左腕の盾で防御。しかし、オークの警戒した魔法は一向に放たれない。
「――グ、オォ? グッ、ガッハッハッハッハッ!」
顔の前に置いていた盾をゆっくりとどけると、オークは今の現状を詠唱失敗と理解し醜い顔で俺を嘲笑った。
「笑って死ねるなら、それもいいのかもな……」
「ガァ?」
俺の言葉に、ニヤけた顔で首を傾げるオーク。まるで、「何言ってんだ? 負け犬の遠吠えか?」とでも言いたげに。
「――ゴッ!?」
――瞬間。正に、オークの笑みが崩れる間もないくらいのコンマ数秒。そんな一瞬間の後に、オークは背中から燃え広がった炎に身を包まれた。
「中途半端な知識は、単なる命取りに過ぎない。その点、俺のスイは格段に頭が良かったな。お前じゃ足元にも及ばないくらいに」
目と鼻の先で火達磨になるオーク――基、丸焼きにされる豚を見下ろしながら、俺は大剣を地面に突き刺す。
「知識と詰めの甘さ、そして俺とスイを侮ったことが、お前の敗因だ――っと、討伐証明部位まで炭になったらギルドに申請できなくなる。スイ、消火できるか?」
「キュキュー!」
俺の呼び掛けに、スイは小さい体を平たく伸ばし火に包まれたオークに覆い被さる。そしてスイがうにゃうにゃと動き元の大きさに戻った頃には、オークの焼死体が綺麗に消火されていた。
――今回のこのオークの討伐は、半分以上スイのお陰だ。
スイが俺に提案した作戦は、テイマーの長所を活かした戦法。スイがオークの後ろにいられるように俺が誘導し、少しの間オークと戦うことでスイの存在を失念させる。そして次にオークと距離を取り、多少の誇張を入れた詠唱をする。
その詠唱が失敗したとなれば、知能の低い魔物のような相手は完全に油断する。そしてその油断を突き、時間差で後ろからスイを介して魔法を放つ。
スイと行う初めての共闘で完全にぶっつけ本番だったが、その作戦は見事にハマった。
「後はオークの死体をスイに収納してもらって、今日のところは一件落ちゃ……く――?」
合計四体のオークを倒したところで漸く落ち着き、ゆっくりと前に歩き始めた瞬間。目の前の光景が突如九十度回転し、俺の視界は黒一色で覆われた。
▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲
「――? 見たことない天井だな……」
暗かった視界がゆっくりと開け、俺は全く知らない天井を見上げていた。
今まで住んでいた家も、今泊まっている宿も、天井は木造だったはずだ。でも、あの天井は何だ……? 明らかに人工的な見たことない模様に、そもそも色自体が真っ白だ。それに、天井から吊るされているのはシャンデリアか?
「――お目覚めになりましたか」
「――ッ!?」
起きて最初に視界に入った天井に気を取られていると、横から老いた――しかし決して弱々しくない声が聞こえた。
そんな声に、俺はその聞こえた方向と反対の方向へ逃げた。何かの上を素早く転がり、咄嗟に大剣だと思ったものを構える。
「布団……?」
しかし、俺の手の中にあったのは大剣ではない。暖かく、そして柔らかい、今まで味わったことの無いような肌触りの布団だ。
「そう身構えなくても大丈夫です。私の名前はオーダン・クレイユ。このグレイス家に勤める執事でございます」
――執事、オーダン・クレイユ。
短く切られ清潔感のある白髪に、眉毛や髭など隅々まで綺麗に整えられている顔。皺一つない執事服に、一ミリの傾きもないネクタイ。ズボンの丈も長過ぎず短過ぎず、白い手袋もピッタリのサイズ。頭から靴の先まで全てが綺麗に整えられた、完璧な老紳士だ。
しかし、こんな完璧な執事のいる家……少なくとも上級貴族以上か? と言うか、グレイス家……グレイス……どこかで聞いた気がしなくもないけど、知り合いにこんな豪邸に住む人なんていなかったよな。
「あの……ここは、えっと……何処ですか? 俺は何で……後、俺と一緒にスイ……スライムもいたはずで、俺の大剣……あれ? あとオーク?」
「落ち着いて下さい。私が責任を持って全ての質問に答えさせて頂きます」
ここの場所からここにいる原因、一緒にいたはずのスイに、俺の大剣。オークを倒したのは森で、後はあの少年の安否も気掛かりだ。
そんな疑問と不安尽くしの俺に、目の前で綺麗に直立する執事――オーダン・クレイユは、優しく微笑む。
「それでは、最初の質問から順にお答えさせて頂きます。先ず、ここはグレイス家――つまり王宮の客室にございます」
ふむふむ、なるほど……ここが王宮か。そりゃこんな綺麗な部屋と完璧な執事が――、
「――王宮!?」
執事の丁寧な説明に、俺は思わず納得したように首を縦に振った。しかし、折角納得しかけた俺は、早くも新たな疑問が出てきてしまった。
「お、王宮ですか!? え、王宮!? グレイス家って……あ! グレイス王国! え、王家の宮廷!?」
そうだ。どこかで聞いたことがあると思えば、グレイスと言えばこの国の国名だ。いくらまだこの世界の知識に疎い俺でも、王国の名前くらいは覚えている。
しかしまさか、何で王宮……? 当たり前だが俺の知り合いに王家などいないし、そもそもこの国の末端にある名もない集落の出身だぞ?
それがなんで王宮なんかに……
「その点は後でゆっくりお話させて頂きます。先ずはアルフェイル様の質問に、全てお答えしてからに致しましょう。私にはその義務があり、貴殿にはその権利がございます」
まさか、冒険者登録をした初日に受けた採取クエストの最中でオークを倒し、次に気が付いたら王宮にいるなんて……
これはなかなか、ハードな冒険者生活になりそうだ。
そんな波乱万丈な初日を迎え、俺の冒険者生活はめでたく(?)幕を開けた。




