4話:冒険者を目指して(中編)〜初めての狩り〜
あの模擬戦から数年――俺はあの後もサボることなく努力を続け、俺は今日初めての狩りに出る。まぁ狩りと言っても冒険者になった訳では無いのだが、自警団の人たちと一緒に実戦を経験するのだ。
「アル、準備はいいか?」
「おう! バッチリだぜ!」
しかし、実戦と言ってもただの実戦ではない。今回のこの狩りで、俺が冒険者として外に出られるかが決まる。本来から十歳から冒険者になれたのだが、努力結実の能力しか持っていない俺はその道の能力を持っている人よりも成長が遅かった。
どうやら、俺の能力はどこまでも極められる代わりに努力のための時間がかかるというデメリットがあるらしい。
その為、十歳の段階では魔法が一つも使えなかった。そしてそれから魔法を中心とした訓練を始め、十五歳になった今、漸く卒業試験の段階まで来た。
「今日の狩りは、基本お前が一人でやるんだ。もしも想定外の魔物が出た時やピンチの時には俺らが手を貸すが、基本はお前一人で狩るんだぞ」
「分かってるさ! これで念願の冒険者が決まるんだ。下手なヘマはしない!」
年齢も前の世界の年齢に追いつき、俺は漸く元の喋り方で話せるようになった。これで変な注意はしなくて済むし、目の前の狩りに集中できる。
「よし、じゃあ行くぞ」
「おう!」
▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶
背中に大剣、腰には緊急用の短剣とポーション。右手の人差し指には、魔法行使補助のための水晶をはめ込んだリング。鎧は近場の森ということで防御力よりも動きやすさを重視した軽装。
後ろに剣や槍、弓を持った村の自警団の人々を構え、俺は初めての狩りを遂行すべく森の中へ歩を進める。
「頑張れよ、アルー!」
「後ろは俺たちが見ててやっから!」
「気にせず戦えー!」
「ありがとうございます!」
後ろにいる自警団のメンバーは、どれも上級の戦闘能力を持っている精鋭。そして横には、村一番の馬に乗った村一番の戦士、カルストルがいる。
父さんと村の人々が見守ってくれているなら、俺は目の前以外を気にする必要は無い。皆俺よりも強く、経験豊富なベテランばかりだ。
「今日の目標は覚えてるか?」
「うん。食用の動物二種類と、Fランクの魔物二体、若しくはEランクの魔物一体。これを一人で狩れたら、冒険者として王都に行かせてくれるんだよね」
「ああ。動物の方は生け捕りでも良し、魔物の方は討伐かアルの場合テイムだ。正直お前みたいな将来有望な人材を外に出すのは惜しいが、自由を奪っちゃ悪いからな」
周りを気にせずどんどんと歩く俺に、父さんが馬の上から声を掛ける。その内容は、出発前に言われた卒業試験のノルマ。このノルマをクリアすれば、俺は晴れて憧れの冒険者になることが出来る。
「――そう言えばだが、今ここまでにお前は少なくとも三匹の動物を逃してるぞ。気づいてたか?」
「えっ?」
暫く黙って歩いたところで、警戒しながら歩いていた俺に父さんは前を見たまま俺に話し掛けた。
今までにないくらいかなり警戒して辺りを見ていたはずなのだが、俺は動物の姿など一回も見れていない。なのに、父さんはもう既に三匹を見つけている?
「兎が二匹に、少し遠かったが鹿が一匹だ。どっちも捕らえるのが難しいからスルーしている可能性もあるかもとは思っていたが、やはり気づいていないだけだったか」
――まさか。俺が動物らしき姿すら見ていないのに、父さんはその姿形を捉えて特定していたのか?
「今は俺らがいて動物だから良かったが、冒険者になれば一人で魔物と遭遇することもある。基本的に今のお前では、Eランクの魔物に奇襲を掛けられたら危ない。その意味が分かるな?」
「つまり、今の俺じゃ一人での狩りは命取りになる……?」
「そういう事だ。お前がこの後冒険者になるなら、索敵を上手くなるか索敵の上手いやつとパーティを組め」
確かに、今俺が一人でいて、見逃していたのがFランクの魔物だった場合、三回は死んでいたかもしれない。
俺の今までの努力は戦闘だけで、索敵の努力はしていなかった。だから索敵は素人並かそれ以下になっているのだ。
「――と。考え事もそこまでだぞ、アル。今は狩りだ」
下を向いて考え込んでいた俺の横で、父さんは馬を止めた。そんな父さんを何事かと思い見上げると、鋭い眼光を自分の前方に向けていた。
「グルルルルルル……」
「――ッ!」
父さんの視線の先――俺の進行方向だった前方を見ると、一匹の猪と目が合った。
大きく鋭い二本の牙に、短くも強靭そうな四本の足。赤い体毛に鋭く尖った鬣。これは、俺の知っているイノシシとは少し違うな。如何にもファンタジーっぽい動物だ。
ということは――、
「レッドボア。一応Eランクだが、その中でも下の方の魔物だ。普通の猪よりかは強いが、今のお前なら充分倒せる。これは魔法を使わずに倒してみろ」
魔法なし?
それは魔法が遠距離攻撃も出来て強いからということだろうか? だが、それだけは父さんが間違ってる。俺は遠くからチクチクする魔法より――、
「――この大剣でぶった斬る方が得意だ!」
ゴクリと唾を飲み、俺は背中の大剣に手をかける。そして前に出ると同時に大剣を抜き、猪に正面から突っ込む。
「俺の大剣のサビとなれッ!」
一直線に突き進む俺に、レッドボアもまた一直線に突進してくる。普通に考えて、この装備では猪の突進を跳ね返すことは出来ない。なんなら返り討ちに遭う可能性の方が高い。
「ふっ――」
レッドボアの突進に合わせ、俺は軌道を左にズラす。
案の定レッドボアはすぐさま軌道修正など出来ず、俺の横を素通りするだろう。突進を躱すだけなら、確かにここで終わりだ。だが、今回の目的は討伐。俺はそのまま体を捻り、そのまま右に一回転。
「おォ……らァッ! 大薙ィッ!」
「ギギィ――ッ!」
俺の右を通過しようとするレッドボアの腹に目掛けて、大剣を下から振り上げるようにして薙ぎ払う。大剣から伝わる確かな重量感と手応え、それから耳の奥に響いた苦鳴と、音を立てて地面に転がり落ちる影。
俺の表情筋は自然と緩み、気が付いた時には既に口角が上がっていた。
「――ギ、ギャ、ギ、ィ……」
「やった、か? やれたのか……?」
レッドボアの苦鳴が段々と小さくなり、ピクピクと痙攣していた筋肉がパタリと動かなくなった。そうしてレッドボアが息絶えると、森の中は一気に静まり返った。
「――おぉぉぉぉぉっ!!」
「やった! やったぞ!」
「アルのやつが一人でレッドボアを!」
「しかも横っ腹に一撃だぜ!」
そんな静寂の直後、森に響いたのは自警団ら村の人々の歓喜の声だ。この歓喜の声は、魔物が倒された安心や安堵ではない。俺が魔物を倒したことに対する、喜びと祝福の声だ。
父さんや母さんだけでなく、村の人々も俺の成長を心から喜んでくれている。
「よくやったな、アル。見事な一薙ぎだった」
そして最後、村の人々の祝福の後、俺に掛けられたのは俺の一番尊敬する人物――父、カルストルからの賛嘆の言葉だった。
父さんはいつものように俺の頭に手を置き、暖かい笑みを俺に向ける。
「父さん……」
「Eランクの底辺とは言え、初めての狩りでレッドボアを一撃。思っていた以上に腕を上げていたんだな、アル」
誰よりも俺の努力を知り、誰よりも俺の成長を喜んでくれる。俺の頭を無造作に撫で回し、飾らない言葉で思ったままを投げ掛けてくれる。そんな父さんが褒めてくれるから、俺は強くなったという実感が湧く。
俺は強くなりたいという思いと同時に、父さんや母さんに褒めてもらいたかった。俺の成長を一緒に喜び分かち合ってくれる家族がいるから、俺は今までにない努力を続けられた。
そしてその努力のお陰で、俺は強くなることが出来る。
――これこそが、俺の求めていた、努力が報われる人生だ。