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ケガレナキ クモツ  作者: 仙崎サルファ
第二章 ウシナワレシ ヒカリ
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エピローグ 全ては闇の中に (1)

 鍋の中のシチューがグツグツと煮えるのを、私はジッと見つめていた。

クリームソースが煮えるときの、まろやかな香り。

先月までの私は、その香りが大好きだった。


今となっては、苦手なものの一つだ。

シチューの匂いを嗅ぐと、あの日宍色さんに襲われた時の記憶が蘇ってきてしまう。


私を襲った宍色さんは、美桜ちゃんに食べられてしまって、もうこの世のどこにも居ない。

彼の同僚や上司、果ては恋人の記憶の中ですら、

彼は生きることを許されなくなってしまった。


『鬼』に食べられた人のことを覚えていられるのは、

『霊力』を持った人間か『鬼』だけだ。


普通の人は皆、魂を食べられて存在を失った人のことをすっかり忘れてしまう。


娘を捧げるほど彼を愛していた母ですら、

いまや彼のことを思い出せずに居るくらいだ。


父親代わりだった彼に傷つけられたこと。

父親代わりだった彼の存在を、私が間接的に殺害してしまったこと。


それらの苦い思い出はきっと、

これから先シチューの匂いとともに何度も蘇っては、私を戒めるに違いない。


完成したシチューを二枚のお皿に盛って、テーブルの上に置く。

サクサクになるまで焼き上げたフランスパンと、

木製のボウルに入ったサラダとを合わせて、今夜の晩餐が出来上がった。


テーブルには、仕事を終えて帰宅したばかりの母が座っている。

私が晩御飯を持ってきても母はどこか上の空で、

その瞳には疲れのような、無気力感のようなものが滲み出ている。

ここ数日、ずっとそうだ。

母は宍色さんが居なくなったあの日から、抜け殻のようになってしまっていた。


ママは私と違って『霊力』を持たない。

ママの中ではきっと、宍色さんなんて初めから居なかったことになっているに違いない。

上の空なのはきっと、お仕事で疲れているだけだ。そうに違いない。

そう思い込むことで、私は罪悪感から逃げようとした。


「ま、ママ……。晩ご飯出来た……よ?」

「え? ああ、ありがとね、ももか」


虚ろな瞳でサラダを頬張る母の表情が、遠い昔に見た母の表情とシンクロした。

こんな顔の母を、私は昔見たことがある……。

父が―――一桃(かずと)さんが失踪した直後も、母はこんな顔をしていた。


『鬼』に食べられたからと言って、宍色さんのすべてが消えるわけじゃない。

彼を愛した記憶は、かすかな残滓(ざんし)となって母の胸に残る。

―――一桃さんのように。


フォークを持つ母の手が、震えている。

母の頬を、雫が伝った。

親が泣く姿を見るのは、これが初めてではない。

私がママを悲しませて泣かせてしまったのは、これで何度目だろう。


最初に母を泣かせたときは、ただ純粋に母を想って言葉をかけたときだった。

今は違う。私は憎しみの感情によって母から大切な人を奪い、彼女を泣かせている。


他人の心を覗けるような、漫画みたいなチカラなんて私にはないけど、

大事な人が今何を考えているのかくらい、ちょっと考えれば分かる。


―――大切な何かを失った。失ったはずなのに、

何を失ったのかすら分からなくて辛さを抱えている。


一桃さんと別れたショックで彼のことを思い出せなくなったときと、

同じことを思っているはずだ。


一番味わわせたくなかったその気持ちを、

私は母に味わわせてしまっている。


痛い。胸が痛い。息苦しい。

水中で溺れているのような苦しさが、私にまとわりついて離れない。


違う。これは、仕方ないことなんだ。

私は、何も悪くない。宍色さんの欲望に逆らわなかった母が悪いんだ。

私を彼に捧げようとした、母が悪いんだ。当然の報いなんだ。


そう考えて―――そんな考えが浮かんでしまった自分に、私は失望した。


自分の罪から目を背けるために、なにもかも母のせいにして、宍色さんのせいにして。

なのに自分が傷ついたみたいに胸を痛めている、浅ましい私。欲深い私。


こんな私を見たら、父はなんと思うだろうか。

"誰かに幸せを与えられる人間"になって欲しいと

私に望んだ一桃さんはなんて思うだろうか?


両親にとっての"いい子"で居たかった。

誰かに幸せを与えられる人間に、なりたかった。

だけどそれはもう叶わない。

今の私は、悪い子だ。誰かの幸せを奪うしか出来ない、"バケモノ"と何一つ変わらない。


こんな女に、貴女の娘で居る資格などない。


「ごめんなさい……っ!

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


罪の意識に耐えられなかった私は、泣き叫んで椅子から転げ落ちた。

激しい音を立てて床に這いつくばった私を見て驚いた母が、涙を止めて私に駆け寄る。


「ももか…?大丈夫?」


母が瞳を赤く腫らしたまま、心配そうな表情で手を差し伸べてくれた。

差し出されたその手を、私は取れずにいる。

やめて欲しい。貴女に優しくされる資格なんて、私にはもうない。


彼女の手を撥ねのけて、飛び跳ねるように身体を起こした私は、

一目散に玄関へと駆け出した。

背後から、「ももか、ももか」と心配そうに私の名を呼ぶ母の声が聞こえてくる。

あの日、宍色さんから逃げ出したときもこんな風だった。


あの時の私は宍色さんの暴力から逃げた。

今の私は、母の優しさから逃げている。

私は何かから逃げることしか出来ない卑怯な女だ。

逃げて逃げて……行き着く先はいつだって、闇の中しかない。


無我夢中で走る私は、気がつけば清衣(きよい)駅の前に居た。

制服姿の私のポケットには、財布とスマホが入っている。

あの日と同じだ。

定期券を取り出した私は、陰泣行きの電車に身を乗り込ませた。


逃げて逃げて、行き着く先はいつだって、闇の中しかない。


―――この世の中で、美桜ちゃんの深い闇だけが私を救ってくれる。




 「ずいぶんと、美味しくなったものね……貴方の血液も」


ベッドの上で、私は美桜ちゃんに身体を委ねていた。

ブラウスを肌蹴て半裸になった私の肩に、美桜ちゃんの牙が食い込んでいる。


私を抱きながら、私の生き血を啜る、私だけの邪神(めがみ)さま。

重ねた肌からは、彼女の体温が伝わってきていた。


私は、自分の事が嫌いだ。

誰にも幸せを与えられない、浅ましくて欲深い、

どうしようもない自分のことが、嫌いで嫌いでしょうがない。


薄汚れた私なんかの血を、極上の果実酒のように啜る美桜ちゃん。

彼女が美味しいと感じるということはつまり、

私の魂は相当穢れてしまっているということだ。

美桜ちゃんのエサになるにふさわしい穢れた命に、私はなってしまったのだろう。


ちょっと前までの、"いい子"ぶろうとしていた私なら、

そのことに嫌悪感を覚えていたかもしれない。


だけど今は違う。私が穢れれば穢れるほど、美桜ちゃんは私を求めてくれる。

『鬼の牙』で噛まれるのは痛い。痛くて苦しい。

でもそれが痛ければ痛いほど、私は満足できた。


「美桜ちゃぁん……もっと吸って?

もっと強く吸って……私のこと壊してよぉ……!」


自分でも驚くくらい淫らな声が、私の喉元からせり上がってくる。

もっと痛みが欲しい。もっともっと私を罰して欲しい。

美桜ちゃんに痛めつけられれば痛めつけられるほど、自分が許されていくような気がする。

彼女に痛めつけてもらえる昏い《くらい》悦びに、私は救われていた。




ひとしきり血を吸い終えて満足した美桜ちゃんが、私の体から離れていく。

もっと、吸って欲しいのに。もっと、私を求めて欲しいのに。

ぬくもりが遠ざかっていくその感触が、寂しくてたまらない。


一瞬、頭がくらっとする。視界の上半分が暗転した。

貧血だろう。これ以上血液を失うとどうなるか分からない。

それでもまだ私は、美桜ちゃんに求め続けてもらいたかった。


「やだぁ……!なんで離れるのぉ……?寂しいよぉ……美桜ちゃぁん……!」


「……なんでかって?

よく知ってるでしょう?私は、貴女に意地悪するのがだぁい好きなのよ」


「ひどい……ひどいよぉ……ぐすっ……」


もう求めて貰えないことが悲しくて、瞳から涙がこぼれ落ちてしまう。

子供のように泣き出してしまった私の頬を、美桜ちゃんが子犬のようにペロリと舐めた。


「可愛い。貴女は本当に、泣いてる姿がよく似合う」


私の体が、美桜ちゃんに押し倒される。

質のよい羽毛布団が、二人分の体重を受けて形を変える。

シルクのシーツの中で、美桜ちゃんが私の額にキスをした。


「貴女の血液から、寂しさがとてもよく伝わってくる。

そんなに悲しい?

お義母様に裏切られたことが。自分がお義母様を裏切ってしまったことが」


ドキリ、と心臓が跳ねた。

いつもそうだ。彼女は、私の心の中だけにある真実を、

いとも簡単に言い当ててしまう。彼女には一言も、

そんなことを語ったことはないはずなのに。


まるで、私の心が読めるみたいに。


「私はね、ある程度までなら人の心が読めるのよ。

相手が何を欲しがっているか、どんな景色を思い描いているのか、

断片的な映像と、その欲望のニオイとを、垣間見ることが出来る。


『霊力』を持つ貴女の心は読みづらいけど、

直接生き血をすすりさえすれば、貴女の中にある愛憎と後悔が、

甘美なニオイとなって私の中に雪崩れ込んでくる」


合点がいった。

それじゃあ美桜ちゃんは、全部お見通しなんだ。

彼女は人の内面すら見渡すことが出来る。嘘なんか通用しない。

彼女の前では、私は敬虔(けいけん)なシスターのように、

すべての罪を懺悔するしかない。


慈愛に満ちた表情で、私を見下ろす美桜ちゃん。

生き血を吸われれば心を暴かれると知って、

私の中に浮かんだのは、恐怖よりも崇拝(すうはい)に近い感情だった。

私はもはや美桜ちゃんのことを、信仰すべき女神のように思っている。



女神様が、馬乗りの体勢を崩して私の隣に寝転がる。

両腕を枕にして、じっと私の顔を覗きこんでくる。

黒曜石のように綺麗な瞳で、私の顔をじっと見つめる。

瞳に吸い込まれてしまいそうだ、と私は思った。


「昔ね?あるお屋敷に、母と娘が住んでいたの」


美桜ちゃんは幼子に絵本を読み聞かせるような優しい声で、唐突に昔話を始めた。

私もまた、読み聞かせをしてもらう幼子のような気持ちで、美桜ちゃんの話にじっと耳を傾ける。

いつも思うけど、彼女のウィスパーボイスは耳元で聞くのにとても適していて、

あんまり心地良いものだから、聞いていて微睡(まどろ)みに落ちそうになる。


「その娘は生まれつき、人の気持ちが分かりすぎる子だった。

他人の悪意を感じ取り過ぎるせいで、人を信じることが出来ずに生き辛さを抱えていた。


彼女が心を開けたのは、自分に無私の愛を捧げてくれた母親だけ。

その娘はお母さんのことが大好きだったの。貴女と一緒ね」


ふふふ、と笑いながら美桜ちゃんは続ける。

"貴女と一緒"と言われた私は、どんな顔をすればいいか分からなくて、曖昧に笑った。

"人の気持ちが分かりすぎる子"と聞いて、私が真っ先に思い浮かべたのは美桜ちゃんのことだ。


「やがてその娘は成長して、大好きだった母と同じ、音楽の道を志すことに決めた。

その子のお母さんは若い頃、"歌姫"と呼ばれるほど伝説的な歌手だったの。

だけどそのお母さんは、病気によって若くして歌えなくなってしまった。

だから娘は、お母さんの代わりに自分が歌手となって歌い続けることを決意した。


娘の夢を聞くたび、母はとても喜んだわ。

"歌姫"とまで呼ばれた自分の名を、娘が受け継いでくれることを彼女自身も強く期待していたから。

だけど……」


楽しそうに喋っていた美桜ちゃんが、急に苦い表情を浮かべた。

まるで、ここじゃないどこか遠くを見つめるような顔をして、語り始める。


「その子には、母の代わりになれるだけの才能がなかった。

中途半端な才能しか持たなかった彼女は、母の期待に応えるだけの成果を果たすことは出来なかった。


母は次第に、娘のことを疎ましく思うようになっていったわ。

その子の母が娘に向けていた愛情は、期待の裏返しでしかなかった。

期待に答えられない娘になんて、用はなかったのよ。


無私のものだと思えた母の愛すらも、実際には条件付きの愛でしかなかったことを、

その頃の娘はようやく、理解できる歳になっていた」


「そんな……ひどい」


美桜ちゃんの話に、私はすっかり飲み込まれてしまっていた。

大好きな母親に疎まれるようになっていった娘のことを、

母に裏切られた自分と重ねてしまう。


人の気持ちが分かりすぎるというその娘は、

母が自分に向けてくれていた愛情がどれほど利己的なものかに気づいた時、

どれほど深い悲しみを背負ったのだろう。



「母にとって、"歌姫"の称号は青春の全てであり、彼女の人生そのものだった。

娘が"歌姫"になってくれないのなら、"歌姫"の存在は永遠に失われてしまう。

それは母にとって、自分の人生をまるごと否定されることに等しい。


その現実を受け入れられなかった母は、次第に精神を病むようになり……事件が起きた。


狂気に飲まれた母親は、音楽の才に溢れ、

将来を期待されていた若い女性音楽家の命を次々と奪っていき、

その体の一部を屋敷に持ち帰った」


「待って。その話って……まさか……」


ああ、そうか。

彼女が最初に語ったある屋敷とは―――つまり『赤月邸』のことだ。


この屋敷が『呪いの屋敷』と言われるに至った理由―――それは、

3年前に起きた連続誘拐殺人が関係している。


あの事件の被害者たちはみんな、将来を期待されていた若い女性音楽家だった。

当時10代の女の子の中で人気だった女子高生シンガー『Marino』も、その犠牲者のうちの一人だ。

クラスの誰かがヒソヒソと言っていたのを聞いたことがあるけど、

『Marino』の顔はどことなく美桜ちゃんに似ている。


被害者たちの遺体は、某音楽スタジオの地下にうち捨てられ、

みんな体の一部を剥ぎ取られていた。

剥ぎ取られた肉体の一部は、フランケンシュタインのように一体の人形として縫い合わされ、

この『赤月邸』に放置されていたらしい。


ウィキペディアにも書いてあるくらい有名な事件。

スマホ一つあれば、その詳細を知ることが出来る。


「殺人犯と化した母のことを、娘はなんとしても止めたかった。

自首するように促した娘に対して、母はどうしたと思う?


刺したのよ。ナイフで。

お腹を痛めて産んだ自分の娘を、あっけなく、ね。


『私があげた命なんだから、私がいつ奪おうと勝手でしょう?』


そう言って、一縷いちるの罪悪感すら抱かずに、

邪魔だからという理由で娘を殺した。


娘が最期まで信じようとしたわずかな愛情すらも、母の魂にはなかった。

娘の存在はただひたすらどこまでも、母の玩具でしかなかった。

その事実に絶望した娘は、悪魔に魂を売り―――そして母の首を撥ねた」


美桜ちゃんは、大事なことを言い聞かせるみたいに、まっすぐ私の瞳を見つめて言った。


「ねえ、ももか。

よく覚えておきなさい?


人間はみんな(バケモノ)なのよ。

己の欲望のためなら、血を分けた肉親ですら平気で食い物にすることが出来る。


無私の愛なんて―――"真実の愛"なんて、どこにも存在しない。

この世にあるのは、愛に見せかけた欲望だけよ」


長いまつげをふせて、

悲しげに語る美桜ちゃん。

私の中には悲しみと寂しさとが去来していた。


美桜ちゃんからいま、突き放されたような気がする。

私たちの関係すらも、無私の愛などという綺麗なものなどではなく、

所詮は欲望のやりとりに過ぎないのだと。


でもそれはきっと、正しいのだと思う。

美桜ちゃんは自分の理性を保つために私の血を吸いたい。

私は、美桜ちゃんに私を痛めつけて、罰して欲しい。

私たちのつながりの根っこにあるのは、結局それだけだ。


だけど、それを突きつけられるとどうしようもなく寂しくなる。

そんなこと―――少なくとも、こうしてベッドの上で抱き合っている今だけは―――美桜ちゃんの口からは聞きたくなかった。


「……ねえ。そのお屋敷の娘は、結局どうなったの?

彼女は今、どこに居るの?」


そんなことを聞いたのは、

きっと寂しさを紛らわせたいからだろう。


美桜ちゃんの話を聞いていて、お話の中の娘が一体誰なのかは大体の検討がついていた。

その親子が『赤月邸』に住んでいたのだとするならば、彼女たちの名字は『赤月』に違いない。

母の名は分からないけど、娘の名前はきっと、『美桜』なのだと思う。


私が共感を抱いた、お屋敷の娘。

私と同じ、母の愛に裏切られた可哀想な女の子。


それが美桜ちゃんのことであったならば、私はもっと、彼女を愛せると思う。

美桜ちゃんの心と、もっと深くまでつながれるのだと思う。

寂しさなんて感じなくて済むくらい、もっと奥深くまで。


美桜ちゃんは慈愛の表情で私を見つめる。

歌うように優雅な仕草で己の腹を指さして、


「ここよ」


そう言った。

瞬間、慈愛に満ちた女神の顔が、冷酷なバケモノの顔に変貌する。


「……ここに居るの」と再び言いながら、彼女は自分のお腹を大事そうにさすっていた。


「娘の名前は、『赤月美桜』。

母を殺して生き延びた少女は、今は私に飲み込まれて、この世のどこにも存在しない」


ベッドから起き上がった美桜ちゃんが、私に背を向ける。

後ろ姿は長い黒髪に覆われていて、感情の一つも見せてくれない。

私の中で、動悸が激しくなる。唇がわなわなと震えて、うまく声が出せない。


『赤月美桜』がどこにも存在しないなら、

目の前に居る彼女は、一体何者なのだろう?


私が美桜ちゃんだと思っていた綺麗な人は、

"バケモノ"が生み出した幻に過ぎなかったとでもいうの?


「それじゃあ、それじゃあ……貴女は一体何者なの……?」


嘘つきだけどユーモラスなお嬢様は?

怖いけどたまに優しい、美人の女の人は?。

というか、彼女は本当に女性なんだろうか?

かといって本当は男性であるかどうかも、

性別があるのかどうかすらも定かじゃない。


美桜ちゃんは私が想像するほど生易しい存在ではなかった。

彼女の言葉通りなら、今までに食らった人の能力も容姿も記憶も、

彼女は全て模倣することが出来るはずなのだから。


ガクガクと、私の体が震える。

目の前のバケモノの、あまりの底知れなさに、私は恐怖していた。だけど……。


今彼女の傍から離れたとして、

もう私に居場所なんかない。


怖いけど、底が見えないけど、いま彼女の傍から離れたら、私はもう生きていけない。


母にも"父"にも裏切られてしまった今、

美桜ちゃん無しに生きていけるほど、私はもう、強くはなれない。


―――それでも、いいじゃない。


彼女がどんなに恐ろしいバケモノでも、

私を愛していてくれることだけは確かだ。

望めばいつだってぬくもりをくれて、

好きなだけ私を虐めてくれる存在であることだけは確かだ。


長い黒髪をかき上げて、美桜ちゃんが私を振り返る。

その瞳の黒さは、彼女の中の闇の深さを物語っているようだった。


「私が"ナニモノ"か、ですって?

……そんなの、"バケモノ"に決まってるじゃない」


目の前で妖艶な笑みを浮かべる(バケモノ)に、私はずっと付いていこうと決めた。


私は、彼女の敬虔な信者だ。

彼女がナニモノかなんて関係ない。

私は彼女を敬い、崇め、そして、


私の全てを、|邪神≪めがみ≫に捧げよう。


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