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ケガレナキ クモツ  作者: 仙崎サルファ
第二章 ウシナワレシ ヒカリ
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第5話 魔性の誘い (2)



 陰泣警察署捜査資料室―――。

陰泣市内で過去に起きた、事件や事故に関する資料を保管している部屋である。


資料を詰め込んだ本棚が立ち並ぶ向かい側には、白い長机が備えられている。

その長机を二つほど陣取って、何冊もの捜査資料たちが、無造作に広げられていた。


それらの資料は全て、3年前の連続誘拐殺人に関するものだ。

―――音楽関係者の女性ばかりが被害者となった、謎多き怪事件。

当時その一連の事件を追っていた捜査員の一人である宍色鴇也(ししいろときや)巡査部長は今、

無数にある資料たちを血走った目で見つめ、目ぼしい情報を探っていた。


やがて宍色の両目が、とある捜査報告書を見て、止まる。


「あ、あった……!」


その報告書には、数枚の写真が載せられていた。

その全ては、例の屋敷―――『赤月邸』を映したものだ。


赤い屋根で覆われた屋敷の外装や、

壁や床など至る所に血痕を残した内装の写真などが何点も載っている。


さらにページをめくった先には、例の『人形』が映されていた。


事件被害者の遺体から切り取った肉塊で作られたその『人形』は、

実物大の人間を象ったモノであり、実寸172.4cmの長身の女性型だった。


遠目に見れば"本物"と見間違うほど精巧に作られていたので、

屋敷の捜査に踏み切った当時の鑑識ですら、

始めは本物の人間と見間違ったほどだ。


しかし、ズームインされた写真を見てみると、"パーツ"と"パーツ"のつなぎ目には縫合の後が存在した。『まるで現代のフランケンシュタインのようだ』と、当時の捜査班の中で話題になったのを、宍色は今でもうっすらと覚えている。


『人形』の頭部は、『長い黒髪』で覆われていた。

DNA鑑定の結果、

その髪は頭皮を剥ぎ取られていた遺体のDNAと一致したという。


―――つまりはこの人形も、『長い黒髪の女』だってわけか。

酷い偶然に気づいた宍色は、背筋をブルっと震わせた。

悪趣味な想像が、彼の頭の中をよぎる。


肉の塊に過ぎないはずの"現代のフランケンシュタイン"が独りでに歩き、

時には人を殺し、時には女をさらって廃墟に置き去りにしていく。

その怨念の塊は数年置きにこの陰泣市に現れて、世間に混乱をもたらしていく……。


「ば、馬鹿馬鹿しい……朱道の好きな漫画でもあるまいし……」


頭をよぎったB級ホラー映画の如き妄想を挫いて、宍色は再び資料へと向き合った。写真に写る人形の姿が、昨日見たももかの友人の姿と重なる。

宍色は再び、背中に薄ら寒いものを感じた。


昨日の夜、『赤月邸』の前にまで来ていながら、

宍色はただ、引き返すことしか出来なかった。


彼女はここ3年間、警察が一切接触出来なかった『赤月邸』の主だ。

そして、つい最近起きた"H県陰泣市連続美女失踪事件"の鍵を握るかもしれない重要な人物―――。


それほど怪しい人物ならば、

普段の宍色なら多少強引にでも署に連行したかもしれない。

しかし昨夜、彼は美桜を捕まえることに対して及び腰になってしまった。

美桜が放つ異次元の殺気を、彼の野獣の勘が捉えてしまったからだ。


だから彼は今、柄にもなく慎重に動いている。

―――赤月美桜(ヤツ)は俺や朱道だけで追うには危険すぎる相手だ。

誰か、味方が必要だろう。


今こうして資料を洗いなおしているのも、

他の刑事を説得し、味方につけるための前準備―――。

理論武装の為に他ならならない。


宍色はこの後、大野課長と話す予定だった。

今日に限って課長は署内に居なかったが、もうじき帰ってくる頃合だ。

まずは上司に話を通す。

赤月美桜を追い詰めるのは、それからだ。


コロンコロン。

突然鳴り始めたスマートフォンの音に、宍色は驚いた。


液晶画面には見知った名前が表示されている。

『アリエ』と示されたその名前を見た宍色は、あぁ、アイツか……。と合点した。


フルネームは確か、植松泡姫(アリエル)

親に与えられたキラキラネームが嫌で、周囲には有江(アリエ)と名乗っていた。

宍色にとっては、

今の陰泣署に配属される前に関わった、ヤンチャなメスガキのうちの一人であり、

夜の街の情報を横流ししてくれる、宍色の情報源でもあり、

セックスフレンド―――いわゆる、愛人でもある。


彼女の犯した窃盗事件を帳消しにしてやった代わりに、

肌を交えたのが関係の始まりだ。


宍色はそうやって、沢山の女たちと多くの肉体関係を結んできた。

小梅と付き合いだしたここ4年の間にも、散々不貞を働いてきている。


「よお。2ヶ月ぶりくらいか?大方また、知り合いがパクられでもしたんだろう?」


なるだけ、軽い口調で。

ガキが親近感を抱きやすいような喋り方を意識して、

宍色は電話の向こうのアリエに話しかけた。


アリエは今年で22歳になる。

だが、宍色は出会った頃の彼女と―――16歳のガキだった頃と何も変わっていないと思っている。


彼女は恐らく、警察のオッサンと一晩寝れば、

ちょっとした犯罪程度いくらでも帳消しに出来るなどと考えているはずだ。


そんなしょうもない考えで生きていけると思っている女など、

いくつになろうが世の中を舐め腐ったバカガキに変わりない。


「うふふ……。お元気かしら?宍色、鴇也さん」


ゾクリ。

電話の向こうから聞こえる、澄み切った声に、宍色は怯んだ。

この声には聞き覚えがある。


何故、なのだ。

何でアリエの携帯から、お前の声が聞こえてくる?―――赤月、美桜。


「き、みは、ももかちゃんのお友達だね?

どうやって俺の知り合いの番号から掛けてきたんだ?」

「……どうやったと思う?」

「質問に質問で返すな。

刑事をからかおうってか?てめえ公務執行妨害でパクっちまうぞコラ!!」

「……いいわよ?私を捕まえにいらっしゃい?

陰泣駅で待ってる。一人で来てね」



ぷつり、と美桜が通話を切る音が、聞こえた。

―――赤月美桜が、アリエの電話番号で俺のスマホに電話を掛けてきた?

つまり、アリエのスマホは今、美桜が持っているということになる。

アリエは、美桜と知り合いだったのか? そうでないのなら一体……。


宍色の頭の中に、最悪の想像がよぎった。

相手は、連続失踪事件におけるキーパーソンだ。

……そして、二つの事件の真犯人である可能性もなくはない。

もしかするとアリエは今、赤月に捕まっているのではないのか?


宍色は、資料室に壁かけられた時計で、時刻を確認する。

午後19時23分。陰泣署から車を飛ばせば、20分ほどで駅には着くだろう。

きっと今、駅には仕事帰りの社会人達がうようよしているはずだ。


赤月は一人で来いと言ったが、もしもヤツが真犯人なら、

何かしらの凶器で武装している可能性もなくはない。


宍色は机から、特殊警棒を取り出した。

本当なら拳銃も持って行きたかったところだが、

あいにく、所持許可を取っているヒマなどない。

"愛人"が、危険に晒されているかもしれないのだ。


宍色にとっては自身の腕前―――剣道三段の実力だけが、

赤月と対峙するための大きな武器だった。


警棒をスーツの下に入れた宍色は車のキーを片手に、駐車場へと向かった。



 駐車場に車を止めた宍色は、駅の中を歩き回っていた。

すれ違う人垣の中に目を凝らし、『長い黒髪の女』を捜す。


黒髪の女は駅の中にもそれなりには居たが、

あそこまで身長の高い女となるとかなり珍しい。

あのレストランで見る限り、目算だが赤月の身長は170cmは超えていた。

"172.4cm”。

宍色の頭の中に、資料で見た『人形』の実寸が浮かぶ。


しばらく駅内に目を凝らしていたが、

赤月らしき人物の姿はどこにもなかった。


―――からかわれたのか?

赤月美桜の姿がどこにも見えないことに呆れた宍色は、喫煙所の中に立ち寄った。

胸ポケットからタバコを取り出し、ライターで火を灯す。ニコチンが肺の中に回っていく感触に、宍色は安心を覚えていた。


ふと、喫煙所から見える外の光景の中に、強烈な既視感を覚えた。

宍色の視線の先には、若いカップルが待ち合わせに使うハトのオブジェが見える。

オブジェの前には、長身の女の影が見えた。

夜の闇に紛れていてはっきりと姿が見えないが、

どうも、長い髪を携えた女らしいことは確かなように見える。

宍色は灰皿にタバコを投げ入れ、急いで喫煙所を出た。


一歩。また一歩。

ハトのオブジェに近づくたび、宍色の心臓が跳ねる。

距離が詰まるたび、疑問が確信に変わっていく。

やはり、だ。昨日の夜見たあの女と、同一人物に違いない。


見たところ、その女に武装しているような気配は感じなかった。

闇夜の色と同じ、黒いドレスを身に纏って、長い黒髪を指で弄んでいる。

人待ち顔で、行き交う人々を眺めている。

だがしかし、油断は禁物だ。

女はどこに武器を隠し持っているか分かったものではない。


「赤月、美桜か?」


スーツの下の特殊警棒に右手をかけながら、宍色は黒いシルエットに声を掛けた。

シルエットが顔を上げ、宍色を見る。その顔には、妖艶な笑みが浮かんでいた。

まるで、恋人と待ち合わせていた女のように、色っぽい笑みだ。


宍色はその笑みに思わず見とれてしまう。

ほんの一瞬だけ、女の目が赤く光ったように見えた。


「……遅かったのね。宍色さん」


その声を聞くたび、その笑みを見るたび。

宍色は不思議と、美桜に対する警戒心を失っていった。


先ほどまで抱いていた緊張が。

敵愾心(てきがいしん)が、スゥーっと霧散していく。

警棒を握っていた右手を、宍色はスーツの中から離してしまっていた。


「罪な人。……女をこんなに待たせるなんて」

「あ、ああ……済まない」

「デートに連れて行ってくれるのでしょう?

……今夜は、エスコートをお願いしますね」


―――そうだ。俺は今夜、この女とデートをするために駅まで来たんだったな。

……なぜ、俺は警棒なんか持ってきているんだ?

職場に置いてくるのを、忘れてしまっていたのか?


宍色の頭の中にはふと、アリエの姿が浮かんだ。

しかし遅れてやってきた恍惚感が、全てをかき消していく。

宍色はもう、美桜のことしか考えられなくなっていた。


「さあ、行きましょうか」


美桜は宍色の肩に頭を預け、抱きつくような形で腕を取った。

美桜に促されて、宍色はゆっくりと歩き出す。


二人の男女は寄り添ったまま、夜の街並みへと消えていくのだった。

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