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ケガレナキ クモツ  作者: 仙崎サルファ
第二章 ウシナワレシ ヒカリ
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第4話 長い黒髪の女 (1)



 無理やりに連れ込まれた車の中で、私は一切抵抗しなかった。

抵抗したって無駄だから。


昨日は無我夢中でこの人から逃げたけれど、

私がこの人に弱みを握られていることになんら変わりはない。……宍色さんがその気になれば、私を凶悪犯に仕立て上げることだって容易に出来る。


「一晩経ってちったぁ頭冷えたろ?

お前は俺からは逃げられない。きちんと話し合おうじゃないか」


消沈し、すっかり大人しくなった私の姿をバックミラーで見ていた宍色さんは、

満足げな笑みを浮かべて言う。

昨日の暴力的な態度がウソのように、その声色は優しかった。


「とりあえず飯でも食おうか」

「そんな食欲……ないです」

「そう言うなよ。小梅も一緒だ」

「母……が?」


昨日の夜、私はママに何も言わないまま家を飛び出してきた。

ママからすれば私の行動はよく分からないはずだ。

まさか、自分の彼氏が娘に手を出そうとしただなんて微塵も思っていないだろう。

刑事であり、正義の味方である自分の恋人が、そんな卑劣な男だなんて微塵も思っていないはずなのだから。


「ももかちゃんが急に家を飛び出したもんだから、小梅も酷く心配してたさ。

小梅には俺とお前が些細なことで口論になった、って伝えてある。

……話を合わせてくれないか? そうすりゃあ俺も、悪いようにはしない」


悪いように。

その言葉を聞いた瞬間、私の頭におぞましい想像が駆け巡る。

手錠をかけられ、投獄される私。少年院で残りの青春を過ごし、

10代の全てを……20代の大半を刑務所での労働に費やす。


解放される年頃になった私は、その後の人生をどう過ごすだろうか?

まともな仕事に就けるだろうか?

終わりだ。宍色さんがその気になれば、私の人生なんて容易に破壊できる。


後部座席で震える私に、宍色さんは追い討ちをかける。


「昨日は……本当にすまなかった。」

「え……?」


追い討ちの言葉は、意外にも優しかった。


「昨日はその、……酷く疲れていてな。魔が差してしまったんだ。

台所に立って料理を作っているももかちゃんが、とても大人びて見えた……。

自分でも分からないうちに、あんなことをしてしまっていた。

……謝っても許されることじゃないが、

怖い思いをさせてしまって本当に済まなかった」

「……」


消沈したような声で、宍色さんは朴訥(ぼくとつ)と語る。

その表情は、演技かもしれないけど、本当に申し訳なさそうに見えた。


昨日あれから彼がいかに良心に苛まれたか、

その反省のほどが伝わってくるほどに。


―――だから、だろうか?


「昨日のことは、俺達二人だけの秘密にしていよう」


宍色さんがそう言った瞬間、私は頷いてしまっていた。

あれほど怖い思いをさせられたのに、彼を許したくなってしまった。

いや。

怖い思いをさせられたからこそ、

平和にコトが済むような甘い言葉に(すが)りたくなってしまったのかもしれない。

それに―――昨日宍色さんに襲われただなんて、ママに言えるはずがない。


「昨日のことを知ったら、小梅はきっと悲しむだろう。

愛する恋人が自分より娘を選んだなんて……ショックだろうなぁ?

俺にも、娘にも、信頼していた二人の人間、両方に裏切られることになるんだから。

……そうなれば、君たち親子は親子で居られなくなる」


宍色さんの言葉に、私は酷く共感した。

その言葉は私にとって殺し文句に等しい。


私は知っている。私と恋人、両方に裏切られた人が最終的にどうなったかを。

―――ママに、深紅ちゃんみたいな悲しみを背負わせるわけにはいかない。

ママはきっと、その事実に耐えることが出来ない。


私はずっと、母の前では"いい子"として振舞ってきた。

掃除や洗濯、料理をして、精神的に不安定な母を支える。

母に頼ってもらえることが、自信のない私にとっての唯一のアイデンティティ。

"手の掛からないしっかり者"だって母に思ってもらえることが嬉しくて、

私は彼女に何度も"嘘"をついてきた。


深紅ちゃんから虐められていることや、学校で浮いてしまっていること。

人間関係について、悩んでることがたくさんあったはずなのに、

私はいつも、母にそれを打ち明けられなかった。


周りの大人に頼れなくて、苦しくて、全然大丈夫じゃないのに。

いざ心配されると『大丈夫だから』なんて嘘をつく。

そうして、"しっかり者"の仮面を被る。

依存症だった母への不信感も、根底にはあったかもしれない。


本当はきっと、母だって知ってるはずだ。

学校で私がどう扱われているか、担任の先生に聞いたりして知ってるはずだ。

だから彼女は、私を遠くの巳隠学園(みかくしがくえん)に通わせてくれたんだ。


それなのに、―――いや、だからこそ。

母の優しさに報いるために、私はまた、嘘をつく。

母を傷つけるような事実を、隠すために、『大丈夫だから』を続ける。


弱い母に"いい子"だと思ってもらえることが、

ゴミみたいな私にとっての、唯一の存在価値(アンデンティティ)だから。



「分かり、ました。

昨日のことは、誰にも言いません。

だから、だから、だから……!」


私の心はもうグチャグチャだった。

泳ぐことをやめて、ただ流れに身を任すように。

宍色さんの甘い言葉に従って 、自分で判断するのをやめた。



―――ももかは俺の見込んだ通りの女だ。

こいつはあのまま俺に犯されていたとしても泣き寝入るしかできなかっただろう。

コントロールしやすい、"いい子の優等生"。その上交友関係も狭い、孤独な女。

悪い大人の、格好の餌食だ……!


今夜だ。

今夜もう一度、こいつをレイプしてやる。



 そこは、シャンデリアのついた高級そうなレストランだった。

ウェイターさんに導かれるままレストランの中へと入っていくと、

白いクロスに包まれた丸テーブルと、椅子に座るママの姿が見える。

ママは私の姿を見るなり立ち上がり、「ももか!」と大声で私の名前を呼んだ。


「昨日は何があったの?……電話も繋がらないし、心配していたのよ!」

「ごめん……なさい」


本当のことを言いたくなる気持ちを押さえ、私はママに頭を下げた。

宍色さんはそんな従順な姿の私を見て、安心したのかニヤリと笑った。


「さっき俺が話した通りだ。

些細なことで言い合いになってしまったんだよ。

そうだよな?ももかちゃん」

「そう……です」


さっき車内で私と接していた時と同じような、優しげな声でそう語る宍色さん。

この優しげな姿が、宍色さんの本性なんだ。

私はそう思い込もうとする。じゃなきゃ怖すぎて、まともに話せなかった。

昨日の暴力的な姿を、本当の彼だとは思いたくない。


「この子が妙な事件に巻き込まれてしまった直後だからさ、

ちょっと言い過ぎてしまったんだよ。

"家に早く帰れ"とか"危ない場所に近寄るな"とか"悪い友達とは縁を切れ"とかさ。

それが嫌だったんだよな?ももかちゃんは」


「……はい、そうなんです。昨日は私も熱くなってしまって……ごめんなさい」


私は宍色さんに合わせて機械的な声を発し、形だけの謝罪をした。

全てはママに納得してもらうための演技だ。

宍色さんの口から放たれているのは全てそれらしい方便で、甘い嘘だ。


もしも本当に、

宍色さんが私を思う余りキツく言ってくれただけなら、どれほどよかっただろう。

それに気を悪くした私が家出をした、

なんて筋書き通りならどれほどよかっただろう。


私はそんなホームドラマの1エピソードのような光景を想像して、

実際の事情と比較した後、苦笑いを浮かべた。


「昨夜はどこで過ごしたの?」

「……友達の家」

「……ふーん」


そう言ってママは私のことを上から下までじーっと眺めた。

ママの仕草に、私は何だかいたたまれない気分になって縮こまる。


だって……今日の私は、きっといつもより浮ついているように見えると思う。

普段サイド三つ編みに束ねている髪の毛を解いて、

セミロングの髪を肩に垂らしている。

美桜ちゃんがヘアアイロンを当ててくれた毛先は、いつもよりカールがマシマシだ。放課後の鐘が鳴るなり、彼女が女子トイレで施してくれたお化粧も、

致命的に色気づいて見えることだろう。


『今日はデートなのだから、うんと可愛くしてあげなくちゃね』


そう言って微笑んでいた美桜ちゃんの顔を、今になって思い出す。

つい数時間前の出来事なのに、昔の美しい思い出のように遠く感じる。


「彼氏の家、とかじゃないの?」

「ち、違うよ!」


痛くもない腹を突かれたような気がした私は、ママの言葉を即座に否定した。

私の隣に居た美桜ちゃんが、続けざまにフォローをしてくれる。


「うふふふ。嫌ですわお母様。

昨夜ももかが居たのは"彼氏"の家ではなく、"彼女"の家でしてよ」


……あれ、美桜ちゃん?

どうして美桜ちゃんが隣に居るんだろう。

っていうか貴女は、私の親の前で何とんでもないこと言ってるの?


「だ、誰なの……?」「誰だあんた……?」


困惑するママと宍色さんの前で、

美桜ちゃんは胸に手を当てて自信満々に名乗った。


「初めまして。ももかさんと親しくさせていただいている、

赤月美桜という者ですわお義母さま。

……ちょっと、そこのウェイターさん、トマトジュースをいただけるかしら?」

「申し訳ございませんが、当店では取り扱っておりません」


「あら……それは残念」


大好きなトマトジュースがないことを残念がり、

眉を曇らせて寂しそうに微笑んだ美桜ちゃん。

脈絡もなく突如現れた美女に、私を含めたその場の全員が困惑していた

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