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ケガレナキ クモツ  作者: 仙崎サルファ
第二章 ウシナワレシ ヒカリ
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第1話 真聖(ましょう)のルーツ (2)


 今現在、ももかの身柄が拘束されてから2日後の10時30分。

彼女が逮捕されてからすでに約38時間が経過している。

警察が彼女の身柄を拘束できるのは48時間までだ。

それ以降は、一旦検察に彼女の身柄を引き渡さなければならない。


「東雲ももかさん。いい加減本当のこと話してくれないかな?

お姉さんたちもねぇ?忙しいのよ。

貴女だってこれ以上私達に問い詰められ続けるの、うんざりでしょう?

あっ、カツ丼頼む?自腹になるけど」


「だから何度も言ってるじゃないですかぁ……。

私は嘘なんかついてませんよぉ……。

この事件の犯人は幼馴染の蘇芳村深紅ちゃんで、彼女は蜘蛛の怪物に変身して綺麗な女の人ばかりを攫ったんです。私のブレザーに付いた血も彼女のもので……あっ、カツ丼お願いします。自腹でも結構なので」


「あのう……戸津野さん、そろそろ僕の報告を聞いてもらってもいいですか……?」


話は戻るが、

朱道刑事が持ち込んできた情報とは病院に搬送された失踪者に関することだ。


これより2時間前、市内の救急病院のベッドの上で吉田景子が目を覚ました。

警察などの外部の者と面会できるほど回復していたわけではないが、

彼女の傍に居た医療関係者と身内―――景子の交際相手だけは彼女の肉声を聞くことが出来た。

交際相手が言うには、景子は妙なことを口走っていたという。


「吉田景子さんは『蜘蛛のバケモノに襲われて

あのホテルに連れて行かれた』と証言しているそうです。

そして自分の他に"3"人居た被害者たち……。

巳隠学園(がっこう)の生徒達は無事なの?』と、

担当医に質問してきたらしく……」


朱道の言葉を聞くなり、戸津野は見開いた瞳でももかを見つめ、

当のももかはほっと胸を撫で下ろしていた。


あの日―――美桜に学校で襲われた直後に優しい言葉をかけてくれた吉田の身を、

ももかは拘留中ずっと案じていたのだ。


「良かった……。

無事だったんですね。吉田先生……」


安心しきった表情のももかを残し、朱道と戸津野は一旦取調室の外に出た。


「ねえ朱道君、つまりは吉田景子って人の証言とあの子の証言が一致している……ってことよね?吉田さんが『自分のほかに失踪者が"3人"居た』と認識しているということは、『元々の失踪者は"4人"居る』という東雲容疑者の証言と一致するわ……」


「東雲容疑者と吉田さんの間で口裏を合わせている可能性もないことはありませんが、低いと思われます。……そこまで計画的ならば、こんな漫画染みた言い訳で押し通そうだなんて思わないはずですから」


「じゃあ本当に居たっていうの?蜘蛛のバケモノが……。

そんなバカな……ありえないわ」


「もしくは……集団幻覚によって二人がそういう認識を共有しているのか……ですかね?」

「ありえないありえない!非科学的よ!」


逮捕後、警察は48時間以内に被疑者(容疑者)を釈放するか検察に引き渡すかを判断しなければならない。

48時間を待たずとも、刑事事件による送検となると逮捕の翌日か遅くても翌々日の午前中には容疑者の身柄を検察に引き渡すのが常識だ。

逮捕の翌々日の午前中―――ちょうど、今がその時間である。



5月に入ったばかりの穏やかな日差しが、取調室の格子の隙間から流れ込んでくる。

日差しに包まれた取調室の中で、

ももかは暢気(のんき)にカツ丼を頬張っていた。

戸津野もカツ丼を頬張っていた。朱道もカツ丼を頬張っていたのである。


「良かったわね東雲さん。皆のカツ丼代、このオジサンが奢ってくれるらしいわよ」

「いやなんで僕の奢りなんですか!?ここは先輩の戸津野さんが奢ってくださいよ!」

「あら?レディーに奢らせる気?酷い人ね。だからモテないのよ朱道君は」

「ちょっと!都合のいいときだけ女を持ち出さないでくださいよ!普段は男女平等だとか言ってるくせに!」

「ふふ……ふふふ。お二人とも、本当に仲が良いんですね。付き合ってはいないけど結婚はしてるとかそういう関係なんですか?」

「結婚してない!」「結婚してません!」


このカツ丼を食べ終わればももかを検察に引き渡す為、

朱道が護送車を出す予定だった。

検察がどう判断するかは知らないが、朱道は"証拠不十分で釈放後、在宅捜査に切り替え"というのがベストなのではないかと考えている。

東雲容疑者と被害者の吉田景子。

両名が語る事の真相を探るには、まだまだ時間が必要だろう。


しかし捜査一課の刑事―――戸津野柚子(とつのゆず)はそう甘く考えてはいない。

彼女は漫画のような"蜘蛛のバケモノ"なる人物が存在することを信じられなかった。

東雲ももかが血の付いたブレザーと、血まみれの"繊維のような物体"をホテルの一室に隠していたのも怪しすぎる。

このままももかを誘拐の実行犯として拘留し続け、

真実を暴かねばならないと考えていた。


戸津野の思惑通りになれば、ももかは最大で10日間拘留されることだろう。

それで捜査が進展しなければ更に拘留期間が10日延長される。

その期間中、東雲容疑者に罪を認めさせれば彼女は少年院行きとなり、

表向きには事件解決となる。


カツ丼は結局戸津野が奢ることになったが、

戸津野にとってそれは言わば、ももかに対する地獄への橋渡し賃のようなものだ。


美味しそうに丼を平らげるももかを見守っていた二人の刑事。

その可愛らしい顔からは、事件を起こすような残酷さを感じさせない。

こんないたいけな少女を刑務所に送ることに対し、

戸津野は多少なりとも罪悪感を覚えていたが、

刑事という立場上、"不審者"ではある彼女をこのまま放っておくわけにはいかない。

―――担当検事には、私から口添えをしておこう。

彼女を誘拐犯として起訴するために……。


戸津野がそう思い立った、そのときだった。


取調室の入り口から、バターン!という激しい衝突音がする。

二人の刑事が振り返ると、

そこには陰泣署刑事課捜査一係の中でも一際アウトローな雰囲気を漂わせる危険な男―――宍色 鴇也(ししいろ ときや)刑事が立っていた。


「おいお前ら。そろそろいい時間だろ?

その子は俺が検事の元まで送っていこう。……さっさと俺に渡せ」

「なっ……!?宍色さん!?」

「……貴方が懇意(こんい)にしている検事の元に、ですか?」


突然現れた宍色刑事に若干気圧されながらも、戸津野刑事は彼に問いかけた。

この陰泣署で彼の悪評を知らぬ者は居ない。

元々H県警の暴力団対策部に居た宍色は、事件解決のためなら手段を選ばない上に、

必要とあらば犯罪をもみ消すことすらあるという。

その分きっちりと功績を残す彼に、周囲の人間は何も言えずに居る。


「そうだ。そしてこの子は、検察の"取り調べ"を受けた後、釈放になる」

「この子を庇おうって言うんですか?

……あのですねぇ!宍色巡査部長!この子は失踪事件のカギを握る重要な……」

「やかましい!!!」


宍色が放った怒声によって、戸津野は口をつぐみ、朱道は表情をこわばらせる。

ももかは涙目になって宍色を見つめており、取調室全体がその一声で静まり返った。


「なあ戸津野さんよぉ。この子をよく見てみろ。

こんな気の弱そうなガキが、女とはいえ二人もの人間を誘拐できると思うか?

第一、この子が誘拐魔ならなんだって自分で通報しようって思ったんだよ?ええ?

なんだって二人を病院に運ぶ段取りまでしたんだよ?

……居るんだよ、真犯人がよぉ。

この子や吉田って被害者が言ってる、『蜘蛛のバケモノ』とやらがよぉ。


いくら捜査が難航してるからって被害者の居場所を教えてくれた子に容疑吹っかけて何日も捕まえておこうってのは気の毒だぜ。

このまま流れに任せちまえばこの子は何十日も……下手すりゃ何ヶ月も何年も捕まって人生棒に振るかもしれねえんだぞ?

未成年のガキが、だぞ!?分かってんのかお前!!!?」


まくし立ててくる宍色に気圧され、戸津野は言葉を失った。

そうしてしばらく沈黙が続いた後……口を開いたのは朱道だった。


「宍色さん。僕も、居ると思います。……蜘蛛のバケモノ。

東雲容疑者の処遇は、貴方に委ねてもいいですか?」


「ちょっと!?朱道君!?」


「戸津野さんお願いします!宍色さんの言うとおりにしてあげてください!

僕にはこの子の言ってることがどうしてもウソのようには思えないんです!」


「いや、どう聞いてもまるっきりウソにしか聞こえないんだけど!?

っていうかそれなら血のついたブレザーはどう説明するのよ!?」


「だから言ってるじゃないですかぁ……!

その血液は『鬼』に食べられちゃった深紅ちゃんのもので、

私が瀕死の深紅ちゃんを抱きしめたときに血がついちゃったんですよぉ……!」


「貴女はもう黙ってて!!!!」


「……ちっ!話が進まねえなぁ……!」


一行に議論が前に進まないその状況で、宍色は時計を見た。

11時34分―――。

知り合いの検事を、これ以上長く待たせるワケにはいかない。


「もう十分取り調べは済んだだろ?戸津野。これ以上は検察でやらせてもらう。

……取調べを続けたきゃ、在宅捜査って手もあるじゃねえか。

昼間の学業のことも考えてやれ」


在宅捜査―――容疑者の身柄を拘束しない捜査方法で、

対象となった人物は会社や学校に通いながら取調べを受けることになる捜査形式だ。


「凶悪殺人犯の可能性がある少女を野放しになんかして……。

どうなっても知りませんよ?私は……」


「はぁ……」と深いため息をつきながら根負けした戸津野に、

ももかは満面の笑みを向け「ありがとうございます!」と礼を言う。

ももかのまっすぐな笑みに向き合えなかった戸津野は、ぷいっ、と顔を逸らした。

―――凶悪犯かもしれない少女に笑顔を向けられる義理はない。


「俺が検察まで送るよ。駐車場に行こう、ももかちゃん」

「はいっ!宍色さん!」


「一応護送車扱いだからよぉ、朱道!お前も後から来い!」


朱道にそう言い残し、宍色は取調室を後にした。

通常、送検時の護送は刑事二人と制服警官一人で被疑者を囲う形になる。

宍色は、朱道ともう一人、"そこら辺に居そうな口の堅いヤツ"を連れて検察庁に向かうつもりだ。


取調室を抜けた宍色とももか。

少女を連れて廊下を歩く宍色の後姿は、

見ようによっては子煩悩な父親のようにも見える。


「何だかこうして見ると、あの二人、親子みたいですね」

「親子?……援助交際してるカップルとかじゃないの?」

「口の悪い人だなぁ……戸津野さんは」


「それにしても……」と戸津野が呟く。

その瞳は宍色とももかの後ろ姿をじっと捉えていた。


「宍色さん、さっきあの子のこと、"ももかちゃん"って呼んでたわよね?

あの人が何もなしにあの子を庇おうとするのもちょっと不自然さを感じるし……。

ねえ、やっぱり怪しくない?あの二人」


やはり援助交際なのではなかろうか?

戸津野は訝しんだ。



そしてその4時間後……。

ももかは宍色の知り合いの検事により証拠不十分と判断され、

さっさと釈放されることになるのだった。



 疾走する車の窓から外を覗くと、走馬灯のように過ぎ去っていく夜景が見えた。

ここ2日間ずっと留置場に居て外の空気を吸うことが出来なかった私は、

久々に味わう"娑婆の空気"にある種の開放感を覚えていた。


逮捕とか取調べとか拘留とか……自分とは無縁の"異世界"だと思っていたのに、

まさかこんな形で経験するハメになるだなんて思ってなかった……。

息をするたびに"異世界"が私の身体から抜け出ていって、

"日常"が帰ってくる気がする。



「辛かったろう?留置場生活は」

運転席に居る宍色さんが、疲れきった私を気遣ってくれたのか話しかけてくる。

昼間、検察庁に送ってくれたときと同様、

私は今、彼の運転する車に乗せてもらっている。


「とても疲れました。

……だけど、宍色さんと同じ空気を初めて吸えて、何だかほっとした気分です。

中々経験できないことですし、勉強になりました」


助けてくれてありがとうございました、と言葉を続けながら、

私は宍色さんに頭を下げた。


今まで宍色さんの運転する車には

両手で数え切れないほど乗せてもらったことがあるけど、

ばっちりとスーツを決めたお仕事モードの彼と接する機会は早々ない。

心なしか、バックミラーに移る宍色さんの眼差しも、普段私に見せてくれる表情よりキリっとして見える。


……汗臭いとか、思われてないかな?

留置場に居た2日間、お風呂に入れてもらえなかったからニオイとかが心配だ。

普段学校では散々変な目で見られてるからある程度は慣れてるけど、

男の人に汚いとか思われるのは、慣れててもやっぱり傷つく。

だから私は汗臭さを悟られないよう、

あえて助手席に乗らず後部座席へと座っていた。


この人とは……もう4年ほどの付き合いになるだろうか?

母子家庭で父親の居ない私にとって、

学校の先生を除けば唯一接点のある大人の男性。

私に惜しみない父性を向けてくれる、唯一の人だ。


「お母さんもももかちゃんのこと、随分心配していたよ」

「母が?……ふふっ、そうですか。……んふふ。ふふ」

「嬉しいかい?」

「ええ。母も随分と変わりました。宍色さんのおかげですよ」


頭の中に、娘が逮捕されたと聞いて慌てふためいている母の姿が浮かぶ。

私の母―――東雲小梅(しののめこうめ)は宍色さんと出会ったお陰で大分変わった。

ちゃらんぽらんなのは昔と変わらないけど、

娘の私に素直な愛情を向けてくれる程度には……なんというか、心にゆとりを持てるようになったのだと思う。


……恋愛依存症で私のことなんてそっちのけだった昔とは、えらい違いだ。

全部、宍色さんに愛してもらえたお陰なんだ。


つまりこの人―――宍色鴇也(ししいろときや)さんは母の彼氏だ。

二人が付き合い始めてかれこれ4年になる。

この人のことは、私が小学校の上級生だった頃から知っている。

このままいけば宍色さんはきっと……私の父親になる人、なんだと思う。

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