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ケガレナキ クモツ  作者: 仙崎サルファ
第一章 ウツクシキ キョウキ
20/57

第5話 迫り来る捕食者 (5)


 ―――失敗だったわ。


帰宅ラッシュを過ぎ、人の行き交いが落ち着いてきた駅の中。

プラットホーム脇のベンチに座って、一人手洗いに行ったももかを待ちながら、美桜は星空へ目を向けてそんなことを考えた。


―――こんなはずじゃなかった。


深紅に泣かされていたももかを助けてしまったのは、

美桜にとってはハッキリ言ってマイナスだった。

美桜はこだわりの強い美食家だ。ダイエット食品と言えど、毎日口にする以上はある程度の品質(クオリティ)を求めていたい。

あのままいつ『鬼』に食われる分からない恐怖と不安の中に放っておけば、あの不味い血の味も多少は改善されたことだろうに。


―――それなのに。

私と喧嘩した後のももかを放っておけず、手を差し伸べてしまった。

あろうことかいじめっ子から助け出してしまい、

その上『本心からお友達だと思っている』などと口に出して、

終いには『鬼』から守ってやるなどとという約束までしてしまった。


大体、『大事なお友達が誰かに傷つけられている姿を見たら、嫌な気持ちになるでしょう?』とは何よ?私の言えた台詞かしら?

『あの子に随分と好かれているようだけど、二人の間で何かあったの?』

だなんて白々しい。わざわざ聞かなくても知っているじゃない。


あぁ。私らしくない。バケモノらしくない。


あの少女に初めて会ったときから、美桜は『らしくない』行動ばかりを取っている。

東雲ももかにはきっと、美桜を狂わせる何かがあるに違いなかった。


「はぁ……。魔性の女も良いところよね。あの子は」


人気の無い駅のホームで、美桜は一人、ため息をつく。

しかもこの後はももかの家に泊まることまで約束してしまった。

確かに、本気で『もう一人の鬼』から守ってやるのだとしたら、四六時中彼女の傍に居たほうが何かと都合は良いだろう。


しかし、美桜の狙いはそうではない。

美桜が一番に優先させるべきなのは蘇芳村深紅(ターゲット)であってももかではないのだ。

ターゲットの『調理』は済んだ。

美桜がやらねばならないのは、最も鮮度の良い状態で、深紅を喰らうことだ。


恐らく、昼間の深紅の様子を見るに機は充分熟している。ももかを言葉で責めていたあの瞬間、深紅は間違いなくももかに対して食欲を抱いていた。

攫った女を喰らって、ももかの『霊力』以上の『妖力』を身に着けたのだ。


後は食すにふさわしいシチュエーション(スパイス)を用意するだけ。

そこに至るまでのシナリオは、すでに考えてある。


「そのためにまず、ももかを撒かなくては、ね」


靴音が聞こえてきて振り返ると、そこには脂ぎった中年の男が歩いていた。

4月の夜。今夜の気温はまだまだ高くなく、

半そでを着ようものなら肌寒く感じるほどだ。

だというのに中年男の手にはハンカチが握られており、

額に浮かんだ汗を拭っている。

普通の女子高生なら『キモイ』、『汚い』などと言って会話のネタにしそうなその男を、バケモノである美桜は『美味しそう』だと感じていた。

美桜は容姿よりも魂で人を見る。程よく滾った中年男の穢れた命は、

美桜の食欲をそそるのだった。


再び、ホーム内に靴音が聞こえる。

若干テンポの早い、女性モノの靴音。若い女のものだろうと言うことが、音楽趣味によって肥えた美桜の耳が聞き分ける。

美桜の『嗅覚』は、音よりも先にその人物の気配(ニオイ)を捉えきっていた。


―――ふふ。……さぁおいで?

私の可愛い、穢れた供物よ。


振り返った美桜の視界一杯に、白い糸が広がっていた。



 深紅が飛ばした糸は美桜の身体に巻きつき、

物陰に居た深紅の目の前まで、その細い身体を手繰り寄せた。


突然、自身を襲った未知の衝撃に驚愕した美桜は、

手繰り寄せられた先で深紅の異様な姿を見て、恐怖の表情を浮かべた。


「あ、貴女は……蘇芳村さん……なの……?」


美桜が驚くのも無理はない。深紅の身体は今、

人間とは思えない醜い形相に成り果てているからだ。


下半身には人間の両足がなくなっており、

代わりに蜘蛛の腹部と8本の黒い脚が生えている。

上半身は人間の形を保っているものの、その両目は赤く発光しており、髪には所々、鮮血のような赤いメッシュが走っていた。


上半身が人間、下半身が蜘蛛。半人半虫のその容姿は、

さながら空想上の怪物―――アラクネを思わせる姿だ。


「そうだよ。

―――綺麗な女が好き過ぎて、こんなバケモノになっちゃったの」


糸に包まれ身動きの出来ない美桜は恐怖に怯えながらも、

深紅(アラクネ)の瞳から決して視線を逸らそうとしなかった。

昼間の毅然とした態度を思い出し、深紅の心に惨めさが蘇る。

―――気に食わない。アンタのその目つき、気に食わない!

美桜に負けじと睨みつける深紅だったが、

美桜の黒い瞳が突然赤く発光し、深紅の目を怯ませた。


「うっ……なんだお前!何をした!?」


深紅が視力を取り戻して目を開ける。

美桜はその身から糸を剥がし、全速力で走り去ろうとしていた。

切り裂かれた糸は、刃物で切られたかのように、鋭利な切り口をしている。

―――赤月のヤツ、何か護身用のナイフでも持ち歩いていたに違いない。


「逃げられると思ってるのかぁぁぁぁぁ!」


8本の脚を高速で動かし、アラクネは猛スピードで駅の構内を這いずり回っていく。

バケモノの速さに"ただの人間"が敵うはずも無く、美桜はあっけなくアラクネの腕の中に捕まってしまった。


「い、いや!離して!」

「離さない。アンタはもう、アタシのモンだ」


美桜の白い首に、深紅はそっと口を付けた。

深紅の口から麻痺毒が流れ込むたび、

美桜の身体はドクドクと跳ね、抵抗力を失っていく。

ここ連日、美女を誘拐するたびに深紅の毒捌きは上達していった。

今となっては殺さない程度の毒を獲物に流し込み、気絶させる程度にとどめるような器用な真似さえ可能になっている。


「あ……がっ……逃げて……東雲さん……」

「ははっ。自分が死ぬかもしれないって時にまでももちーのシンパイしてんの?

……誰に断ってあの子の友達面してるワケ?ウケるんだけど」


麻痺毒によって眠り落ちた美桜のか細い肢体を抱きしめながら、

深紅は暗い笑みを浮かべた。


―――これで赤月美桜も私のものになった。

この後は『巣』の中に持ち帰ってイッパイ可愛がってあげる。

アタシ好みの女に『調理』して、

肉の一片も残さないよう喰らい尽くして骨までしゃぶりつくしてあげる。

そうだ。せっかくなら散々『調理』した後、

攫ってきたももちーの目の前で食べてあげよう。

アタシの毒に喘がされて無様に泣き叫びながら死んでいく綺麗な姿を、

ももちーにイッパイ見てもらおうね。


「楽しみだねぇ。アンタの綺麗な顔が、絶望で歪んでいくのを見るのが」


美桜の身体を糸で包み、繭状にすると、深紅は繭と共に夜の闇の中に姿を消した。

夜空に月の光はほぼ無く、浮かんだ暁月(ぎょうげつ)が、

物陰から顔を出すように謙虚な光を発している。

明日には新月となって、その身をすっかり隠してしまうことだろう。


美桜とももか。満月の夜に出会った二人。

二人を引き合わせた赤い月は、今は夜空のどこにもその姿を見せてはくれなかった。

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