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ケガレナキ クモツ  作者: 仙崎サルファ
第一章 ウツクシキ キョウキ
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第4話 蝶の叫び (3)


 ―――アタシは、女の子が好きなんだ。

深紅が初めてそう自覚したのは10歳の頃。

お泊り会の翌日の朝、隣で寝ていた幼馴染の顔を見て抑えきれない愛おしさを感じてしまったときだった。

我慢できなかった深紅は、寝ている幼馴染の唇に己の唇をそっと重ねた。

深紅のほかにその光景を目にしたものは居なかった。窓から差し込む朝日以外は。


このまま、ももちーとずっと一緒に居られたらいいのに。

そう考えていた深紅だったが、成長するにつれ意識せざるを得ない社会の常識がそれを許さなかった。


一つ、また一つ。

歳を重ねるごとに深紅は思い知らされる。

女が女を恋愛対象として見ることは、異常なことなのだと。


深紅が中学に上がった頃、道徳の授業でLGBTについて取り沙汰された。

レズ。ホモ。バイセクシャル。トランスセクシャル。

黒板に書かれた単語たちを、深紅は珍しく真剣な眼差しでノートに取っていた。

しかしそれほど熱心に授業を受けていたのは一部のマジメな生徒たちと深紅くらいなもので、他の大多数の生徒達は皆、同性愛について語る教師の言葉の数々を好奇の眼差しでしか見ていなかった。


正常に発達してきた子供達にとって、同性愛という概念は幼児向けコミックに出てくる下品な言葉となんら変わらない。

彼らにとって"L""G""B""T"は全て一律に"オカマ""オナベ"であり、そしてそれは"うんこ""ちんこ"と同義であった。

バカにして囃し立てるための言葉に過ぎない。


性について高い関心を向けている早熟な男女たちは授業を卑猥な話として見ており、

授業が終わるなり、同好の士で寄り集まって猥談に耽った。

「男同士ってどうやってセックスするのかな?」「あーなんかネットで読んだことあるわ。お尻の穴にアレを突っ込むらしいよ」

「ウソでしょ!?汚ーい!」「じゃあ女同士ってどうヤるんだろう?」「えっ!?女同士でとかセックス出来なくない!?ちんちんないじゃん!」

大声でそんな話をするグループを、深紅は白い目で見ていた。


"女同士"について真剣に考えている者など当事者である深紅以外誰も居なかった。

誰もが"男と女"を正常だと思っており、同性愛者に対しては嘲笑い貶めることで遠ざけようとしている。

―――さっきの授業で真剣に話を聞いていた優等生グループだって、マジメに授業を聞いているフリをしながら心の中では下衆いエロ妄想ばっかりしてたか、気持ち悪がってたに決まってる。

……ももちーも、そうなのかな。ももちーも今の話聞いて、気持ち悪いとか思ってたのかな。


その頃の深紅は孤独に包まれながら毎日を生きていた。

深紅は決して友達の少ないタイプではない。

むしろ大勢に好かれ慕われる性質を持っていた。

しかし自分はみんなとは違う存在だということを意識するたび、

どれほど多くの人間に囲まれていようと孤独を感じずには居られなかった。


友達は皆、"好きな男子"の話をしている。雑誌やネットニュースを見れば『気になる"メンズ"を狙い撃ち!激カワモテコーデ!』などと広告が打ってある。

親は『深紅も年頃なんだから彼氏の一人や二人、作らなきゃね』と口癖のように言い、中学の教師陣までもが、

『みなさんはこれから思春期に入り、異性のことを意識するようになっていきます。しかしそれは皆さんが大人になる上で"正常"な発達であり……』などと高らかに宣言する。

"男と女"が結ばれることを"正常"なこととしてこの世は回っている。そこから外れることは『異常』なこととして処理されてしまう。


アタシがももちーを好きなのは、正常じゃないんだ。

異常なんだ。治さなきゃいけないんだ。

そう考えるようになった深紅は、強烈な自己否定に走り、自らの『異常』を矯正せねばならないと思うようになった。

男と付き合おう。そうすればきっと、ももちーのことも忘れられる。


そんな少女の焦りと孤独を、悪い大人はいとも簡単に嗅ぎ分けてしまう。

幼児性愛(ロリコン)の気があった教師―――前原卓也は深紅を見て"簡単に食える女"だと悟り、近づいた。

異常を矯正するために男と付き合いたいと考えていた深紅は、前原を自分よりも大分年上の、れっきとした大人の男だと感じ、彼を受け入れてしまった。


破瓜の痛みを下腹部から感じ、先ほどまで行われていた初めての性行為を回想しながら、―――全然気持ちよくなかったなぁ、と深紅は思っていた。

好きな相手と結ばれた幸福感など全くない。当然だ。

本心から愛している相手ではないのだから、それは当たり前のことだった。


その時の深紅の胸を占めていたのは、

―――これでようやくアタシが正常だということが証明出来たんだ……という安堵と、初めて訪れたラブホテルに対する好奇心だけだ。


一線を越え、緊張の解けた深紅は、隣に居る前原の男らしい広い背中を見た。

前原は上半身だけを起き上がらせ、ベッドのヘッドボードに背中を預けてタバコを吸っている。その行儀の悪い姿が、"正常"で居るためにもっともっと穢れたいと思っていた深紅に、ある種の憧憬(どうけい)を抱かせた。


深紅は前原のタバコを一本くすねて口にくわえ、前原と同じように煙を吸い込み、慣れない苦味に咳き込んだ。

タバコ。セックス。その他諸々の夜遊び、違法行為。悪いことは全部、前原に教わった。





―――前原がももかを襲ったのは、深紅と前原が付き合い始めてわずか半年後のことだった。

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