不可思議な世界へ
気が狂いそうな威圧感と匂い。うす暗闇の森の中で。
「はぁっ! はっ! くっ! はぁっ!」
右手の付け根の当たりを左手で抑えながら、ただひたすら走った。
右腕は浅黒く腫れ、意思に反して動かなくなっている。
端的に言えば、折れていた。
「はぁっ! くっ………!」
後ろを振り向く。
そこには狼のような体躯をした、巨大な化け物が荒い息をあげて追ってきていた。
痛いとかつらいとか、そういうことを思う暇もなく、ただただ走り続ける。
あいつは捕食者で、自分は捕食される側。生態系の1つ上に立つ存在に対して、対抗手段などない。
底をつかないほどの恐怖。それを無視することはもう慣れていた。
ただ生存欲求にだけ突き動かされ、走りつづける。
いつか振りきれることを信じて。
***
「………夢か」
俺はそう呟きながら、久方ぶりの胸くそが悪くなるような腐臭で目を覚ます。
「……………どこだ、ここは」
少し違和感の残る頭をさすりながら、俺は周囲を見渡した。
辺りは薄暗い……嫌、少し気味の悪いうす紫色の光に包まれていた。
そして何より、魔力が異常なほどそこら中に充満している。
「……やな予感」
ここ、もしかして。
あそこじゃないよな?
「ははっ、まさか………」
ついさっきまで荒田学園の2年生全員で篭城線なるものをやっていたのだ。
それがいきなりあそこへ、あんな物騒なところへ来るはずがない。
………のだが。
目につく暗いのか明るいのかよくわからない、不可思議な光。この充満した魔力、そして何かムカムカするこの空気の悪さ。
そしてここへ来る直前に起こった、世界改変の際に起こる、あの強烈な違和感。
勘違いだと思いたいが………ここがあの、俺たちにとって最低最悪の場所だと。そう結論付けてもおかしくない証拠だらけだった。
「………そういや」
ふと考える。他の奴らはどこに行ったんだろう?
ざっと見まわしても、洋太や八巻と行ったさっきまで一緒にいたヤツらは見当たらない。
ガサッ……
「………!!」
ぞくりと身体が怖気だつのを感じながら、俺は音のした方を見た。
「グルルルル………」
「げ………」
自分の4、5倍はありそうな狼が、こちらを睨みつけていた。
恐竜のように巨大な牙から、血が滴り落ちている。
当然だが、吐きそうなほどの血の匂いがする。
ガルム、だったか。それがこの大狼の名前だった。
「ガアアアッ!!」
「っと!」
大口開けて飛びかかってきたのを、俺はサイドステップでかわす。
性格は獰猛、凶悪。当然肉食で、コイツに食われたという悲しい人の例も、事実、ある。
だが、俺は別の意味でもこの化け物が嫌いだった。
「………おお昔に追いかけ回されたことがあるんだよなぁ」
骨まで折られたんだ。あの時は本気で死ぬかと思った。
「………ま、いいや」
強いモンスターではあるが、今では倒せないわけではない。
構えを取り、茂みにつっこんだガルムに殴りかかろうとして………
「………!!」
キエエエエエ!!
突然の奇怪な鳴き声と同時に、
ズオッ!!
デパートぐらいありそうな巨大な鳥が頭上から飛びかかってきた。
襲われる前にカンで危険を察知した俺は、それを間一髪でかわし、茂みの中に隠れる
よく見てみると、そいつはいつぞや学園で会った、風の鳥。ソル鳥だった。
……ただし、体躯が2回りほど大きくなっていたが。
その鳥モンスターは、俺には目もくれず
「ギャアアアア!!」
「うぇ………」
さきほどまで俺に襲いかかってきていたガルムに、その大きなカギ爪を突き立てた。
「グガアアアア!!」
どうにかしてソル鳥を振り払おうと、ガルムがジタバタと自分の身体を震わせる。
だが、1度食いこんだソル鳥の爪はそう簡単には外れず、やがてガルムは力なく倒れた。
「クキヤアアア!!」
満足そうに一声鳴いたソル鳥は、そのままガルムの巨大な体躯を持ち上げる。
巣に持って帰るのだろう。風をまとい難なくガルムと一緒に飛び立つと、その場を去って行った。
さらなる異世界突入です。