幸光寺
4月31日、午前9時。
お日様がさんさんと照り輝き、何か外に出たら無性に得した気分になるこの時間帯に。
俺たち荒田学園2年生一同は、月末の籠城戦のためということで、学園の裏山にひっそりと立っている古びたお寺、幸光寺に来ていた。
瓦も崩れ茂みで覆われているような廃寺に、A組〜E組、締めて200人強の2年の生徒たちが一同に集まっている。
彼らは一様に緊張した面持ちで、心なしかピリピリとした雰囲気が漂っていた。
………そんな中だが。
「はーい! それでは皆さん、籠城戦が始まりますよー!」
『はーい!』
……B組の連中だけが極度に緊張感がなかった。お山にピクニックって様子だ。完全に遠足のノリである。
さすがは桃ちゃん。クラス全員の精神レベルを落とすことにかけては天下一品だ。
「あひゃひゃひゃ!」
…………D組の湊は腹を抱えて笑っていたが。
「それでは、これからこの幸光寺についての、ちょっとした説明に移ります」
桃ちゃんがこの寺についての説明を始めた。
さて、ちょっとと言いながらこれから10分ほどこの寺について長々と説明されたわけだが………さすがに桃ちゃんの言ったこと全部を言うのは面倒くさいので、要点だけ述べる。
この幸光寺という所は名前の通りもともと幸福を祈るための寺で、病気や戦争で亡くなってしまった人たちがどうか死後も幸せであるように、ということを祈るための寺である。
幸光寺というより冥福寺という感じだ。
しかし明治の廃仏毀釈から、そもそも立地条件が山の中ということで悪く、さほど繁盛していなかったこの寺は見捨てられ、ずっと長い間手入れをされていなかった。
………20年前。ここで人類初の異世界発見が成されなければ。
詳しい理屈はよくわからないが、もともとこの山は現世界と異世界とのリンクがしやすい場所らしい。
昔から『神隠し』なんてのもよく起こっていて、滅多に人が入らない場所だったらしいのだが、20年前。たまたまこの山に入った木こりが、偶然異世界へのワームホールを発見したことから、全てが始まったのだ。
………とまぁ云々。
とにかく、だ。
ここは世界一、異世界に飛びやすい場所だ。だから俺たちがここに来ているのだ、要は。
「では、これから籠城戦用の我らが決戦の地へ行きますよ〜!」
イエ〜! ってな感じでノリノリの桃ちゃん。
『イエ〜!』
………同じくノリノリの2−B生徒一同。
………なんかめっちゃ恥ずかしい。
「てなわけで、ここからの説明は2ーC担任、魔法歴史学でおなじみの古川優美先生にお願いします〜!」
またしてもイエ〜! とノリノリでバトンタッチの仕草をする桃ちゃん。
恰幅の良いおばさん先生の、古川先生は苦笑しながらも桃ちゃんと手を合わせた。
「というわけで、これからは私、古川が説明します」
のんびりとした丁寧な口調で、古川教師は話し出した。
「詳しい説明は異世界に行ってから担任の先生方にしてもらうとして、これからワープをしますのでその説明だけします。
まず今回のワープは、今までのようにあなた方の魔力を借りる必要はありません。
ウチの学園には細長い塔の形をした管理棟がありますが、そこの事務員の方々がこの寺の管理をしていらっしゃいます。合図をしましたら彼らがあなた方をワープをしてくださるので、皆さんは何もしなくて結構です。
ただし」
古川教師は語尾を強めた。
「うろちょろしないこと。トイレとか言ってワープの時に席を外してしまい誤ってワープができなかったりすると、当然、今回の籠城戦には参加できなくなりますから。
それと、ワープをするときですが……………
今までとは別次元の、かなり強力な魔力で、こことはまったく別の空間に移転するため、移転の際に酔ったり、身体が痛くなったりしますから、あらかじめ覚悟しておいてください」
……おっかねーワープだな、おい。
「ワープに関する説明は以上です。何か質問はありますか?」
古川教師がぐるりと周囲を見渡すが、誰も質問する気配はなく、シーンとしていた。
「では、始めましょうか」
古川教師は他の先生方に目線を送ると、他の先生方も頷いた。
彼女はじゃりじゃりと砂地を移動すると、ここから少し離れた所にある石灯籠のところまで歩いた。
そしてその前に止まると………
ぽちっとな。
てな感じで、石灯籠の上に手を置くと、思いっきり下に押し込んだ。
ズズズ………と音を立てて、石灯籠がわずかに地面に埋まる。
キィイイイイィィィ……………
「……………?」
突然、耳鳴りがし出した。
そして数瞬後。
周囲の地面が光り出した。
「おわっ!?」
隣に居た洋太が、驚いた声を出す。
「お、始まった始まった」「すげー! 地面が光ってる!」「実は下に電灯が……」「あるわけねーだろ」
と、意外と余裕の声を出していたB組生徒たちだったが。
「………ん? 何か身体がもぞもぞ……と」「こそばゆー!」「って何だコレ!?」「イアタァ! なんか頭が……」
だんだん騒ぎ出した。
……だが確かに。何か身体が痛くなってきた。しかも怪我をして痛いとかそういう痛みじゃなくて、何ていうか、歯医者で虫歯の治療受けてる時みたいな感じ?
「うぎゃああああ!」
そしていつも通りうるさい洋太。
そうしている間にも、どんどん光が強くなり、視界が真っ白に染まっていく。
「行きますよー!」
『ぎゃあああああ!!』
桃ちゃんの言葉に悲鳴で返事をしながら。
俺たちの意識は真っ白に染まっていった。
次も籠城戦に関する説明パートが続きます!
本格始動は明後日の予定!




