ジョルジオ・デ・キリコ
「……ソレイユ、サネスペルミナ」
桃ちゃんの前に生徒たちが適当に集まっている。
彼らに向かって桃ちゃんが黄金の宝玉を持つ小刀(たぶん『ぬっちゃん』の方)を掲げると、厳かに呪文を唱えた。
「ソレイユ、サネスペルミナ、ノティフォルメヴレフォルミニパ、メブレフォルメレットオヴォル、ドゥノート、ドンクノレピエンセフォル、ブレヘルメスプレス」
………おー、またよくわからない呪文が………
「フォルムチェンジ!」
カァッ!
桃ちゃんがそう叫んだ瞬間、周囲を光が包んだ。
………え?
視界が光で真っ白に染まる中。
頭が妙にすっきりするような、そんな感じがする。
これ……もしかして。
………転移呪文?
唐突だが、ジョルジオ・デ・キリコという画家をご存じだろうか?
ちなみに俺はほとんど知らんが、ただ1つだけだがある作品を知っている。
『街の神秘と憂鬱』
題名だけではピンと来ないだろうが、少女の影がリームリレーしてる絵、といえばわかるだろうか?
………わからなかったらすまん。
とにかく、その絵によく似た空間だったわけだ、ここは。
地面は土。空は青というより緑に近い陰鬱な色をしている。
そして俺の横にはアーチ状の扉を持つ白い家が地平線まで伸びている
頭がおかしくなりそうな、どこか単調で不思議な空間だった。
周囲を見渡すが、さきほどまでいた生徒たちの姿はどこにもない。
それどころか、音や気配がしない。
………そんな空間に戸惑っていた時だった。
「みなさ〜ん! 」
桃ちゃんの姿はない。
が、どこからともなく、桃ちゃんの間の抜けた声が聞こえた。
「無事に『妄想インド世界』につきましたか〜?」
………桃ちゃんの中では、ここはインドらしい。
どこら辺がインドだ?
「周囲に人はいませんね? 今回は皆さん1人1人を別空間に隔離しました。
いいですか? あなた方にやってもらうのは、人当てクイズです!」
桃ちゃんがそう言い終えると同時に、俺の目の前に青色の魔法陣が描かれた。
それを注視していると、そこから人影が現れる。
………おわ。
俺はその人影を見て、げんなりした。
「自分の姿をしたダミー人間は出てきましたか?」
桃ちゃんの声が響く。
そう、俺の目の前にいるのは、俺そっくりの姿をした、いわばもう1人の俺だった。
俺と同じく制服を着、ぼさぼさの髪で、顔もしまりがない。
やる気なさげにだらんと手を垂らしているその姿は、ぶっちゃけ気のない男だった。
………俺って、傍から見たらこんななのか。
できれば一生知りたくなかった。
「その子をよく見てください。その子がこれからその空間内を逃げ回りますから、それを捕まえる、それが今回の訓練です」
……鬼ごっこか?
「できた人は訓練終了して結構ですが、負けた人は………さらなる地獄の訓練がありますので、ご注意してください」
………うわ〜い、鬼。
「その子を捕まえるのは骨がおれるでしょうから、1つヒントをあげましょう。この訓練のポイントは、敵を外見ではなく魔力の質で見ることが大切なのです!」
魔力の質?
………………何それ?
「人にはそれぞれ魔力の総量、回復量などでその内包する魔力は全然違っているものです。それは普段意識することはありませんが、今回はあえてそれを意識してみましょう、とそういうことです」
………相手の魔力を意識する?
首を傾げながら目の前にいる俺もどきを見るが、正直魔力を意識するという感覚がよくわからない。
どーするんだ?
う〜んと唸る俺だったが、天から聞こえる桃ちゃんの声はそんなことはかまわず、無慈悲な合図を告げた。
「では! スタートです!」
シュールレアリズムの画家の絵って、何か不思議な魅力があるんですよね。一度は行ってみたい、ダリとかキリコの世界(ただし、帰れるということ前提ですが)。