……ドンマイ
「………なんでついてくるんですか」
「目的地が同じだからだ」
図書館から出た俺と飯田は、悲しいことに目的地が飯田と同じ職員室であるため、道中同じになってしまった。
ちらりと外を見ると、廊下から見た空は薄暗くなってきており、下校する生徒たちもまばらになって来ていた。
職員室の前に到着する。
「失礼します」
挨拶しながら職員室に入る飯田に紛れて、俺も職員室に入った。
飯田は鍵を返しに事務室の中に入って行く。
俺は桃ちゃんを捜そうと周囲を見渡すと、桃ちゃんは身長に対して明らかに大きすぎる自分の椅子に座って、お茶をずずず……とすすっていた。
「桃ちゃん」
「ああ、なんですか魔ーくん」
ほやーんとした顔で聞き返してくる桃ちゃん。
(おおっ! こ、これは!)
桃ちゃんの周囲半径1mほどに、癒しフィールドが展開されていた。
そのフィールドの恐ろしさといったら、ヤーさんまで懐柔しそうなほどだった。
「………………俺もお茶もらっていいですか?」
「ど〜ぞ〜」
俺はさわやかな笑顔で給湯室から紙コップを持ってくると、桃ちゃんの机の上にある急須を手に取って、コップにお茶をそそいだ。
あああ〜…………
このままずっと桃ちゃん癒しオーラに浸されていたかったが。
「………何なごんでるんですか」
飯田に邪魔された。
「西村先生はともかく。魔ーさんは何か用事があって職員室に来たんじゃないんですか?」
「………………」
ちっ。
俺はコップを置くと、渋々桃ちゃんに用件を切り出した。
「大したことではないんですけど……」
「はい〜」
「図書館に立ち入り禁止の部屋、あったでしょう? あそこに人が出入りしているのを見まして………」
「ああ〜、なるほど〜………」
桃ちゃんは笑顔のまま固まると、そのまま目と口をあんぐりと開けた。
「「大ごとじゃないですか!?」」
桃ちゃんと飯田の声がユニゾンした。
「………おお。大事件ですね」
「本当ですよ!」
桃ちゃんは慌てて、俺のちゃかしにもまったく反応してくれなかった。
「立ち入り禁止部屋ってことは、私がこの前セキュリティを強化したばかりのあそこですよね!? あそこは下手に使ったらとんでもないことになる資料とか魔法書とかが山のようにあるんですよ!?」
「そうですね」
「……もしかして」
まったく動じてない俺を、飯田がじと目で見つめてきた。
「嘘じゃありませんよね?」
「本当だ」
「……それじゃおかしいです」
飯田は急いで事務室に行くと、そこから鍵を持ってきた。
「ほら。地下書庫の鍵なら、こうしてここにありますよ」
確かに飯田は電子キーを持っていた。
「………おー」
だとすると、俺の見間違いかな?
「………ですが、鍵は複製できますからねー」
「俺の見間違いの可能性も大いにありますよ?」
「……とりあえず、万が一があったら大変です。実際に書庫に行って、盗られてる物がないか確認してきます」
「………書庫にある物、全部記憶してるんですか?」
「前回確認しましたから」
すげぇ。
俺の問いにこともなげに答えるとそう、桃ちゃんは飯田から鍵を受け取った。
………そして、再び図書館の、地下3階。
俺、桃ちゃん、飯田の3人は資料庫の扉の前に立っていた。
「もし何も無くなっているものがなかったら万歳、あればドンマイ、ってことにしましょう」
「………そうですね」
ドンマイはスルー推奨。
「………いきます」
「どうぞ」
桃ちゃんは仰々しくポケットから鍵を取り出すと、それを鍵穴にはめ込んだ。
そして、それを回そうとする………
回そうと………
回………
「………すみません、西村先生」
泣きそうな顔でまだ挑戦し続ける桃ちゃんに、飯田が静かに告げた。
「もしかして、鍵、壊れてるんじゃありません?」
恐らくそれが正解だろう。
「えと…………ドンマイ」
ぷるぷる震えている桃ちゃんに、俺はそう言った。
「……いえ、まだです」
桃ちゃんは懐から自分の宝剣『いっちゃん』を取り出すと、それを大きく振りかぶった。
「こんなドア、壊しちゃえば………!」
ちょ、それはさすがにマズイって!
「待って桃ちゃん――!」
その後しばらく、桃ちゃんと俺たちの葛藤が続いた。
さあ、籠城戦の前のミステリー編スタートです!