学生寮
辺りはすでに暗くなっており、荒田学園の裏門前の道を、誘蛾灯に照らされた3人の影がてくてく歩いていた。
1人は俺、2−B所属、三河正志。
そして2人目は元気なソフト部部長、同じく2−B,今井麻衣。
そして3人目は、ソフト部でキャッチャーをしている副部長、2−Bの八巻枝理だった。
八巻はパッと見、ぼさぼさの髪やずり落ちた丸渕目がねから、自分の服装や容姿を磨くことには無頓着で、大雑把な性格に見える。
が、本当はその逆で中々几帳面な性格をしており、いつもは今井の暴走を止めるストッパーの役目をしていたりする。
……まあ、今日は筋肉疲労でほとんどその役目を果たしていなかったが。
俺たちは3人で適当に話しながら歩き、そして学園から徒歩5分の距離にある、木造建築のぼろい寮の前に立った。
「「ただいま〜!」」
今井と八巻が大声を張り上げた。
俺と今井、そしては八巻、同じ学生寮の寮生だったりする。
***
「おかえりなさい!」
寮1階のキッチンから、優しげな大人の女性の声が聞こえた。
野原聡美。
ストレートロングの黒髪を持つとても綺麗な人で、プロポーションも抜群だ。そして家庭的。しかも桃ちゃんより年上の22歳なのに未だに未婚。
まさしく男をかどわかす最終兵器と言えよう。
まあそんな恐ろしい人だが、この寮の管理人をしてくれている人であり、毎朝毎晩料理や洗濯をしてくれるありがたい人なのである。
「いいにおーい! 聡美さーん今日の夕ご飯何!? 揚げ物!?」
「ふふふ、メインは牡蠣フライよ」
「げ!」
牡蠣嫌いの今井が固まった。
「麻衣ちゃん牡蠣嫌いだからねー」
八巻が苦笑した。
「あの緑色の物体を食べれる方がおかしいって! グロいじゃん!」
「いや、グロいってほどでも無いっしょ。おいしいし」
グロい! グロくない! グロい! と子どもみたいな言い合いを続ける二人をしり目に、野原さんは俺に声をかけた。
「それより遅かったじゃない。どうしたの?」
「ああ、いろいろありまして」
俺はそう言って話しをごまかした。
だって説明するの面倒だし。
……あの後。
教室で気絶していたゾンビ生徒たちをたたき起こ……そうとしたところで真面目な飯田に止められ、彼女が気絶した他の生徒に回復呪文をかけ続けた。
とはいってもほとんど何の訓練もしてない飯田では4,5人程度で魔法力がカラになり、しょうがないので保健の先生に頼んで来てもらい、リフレの広範囲呪文、リフレラをかけてもらった。
最初っからそうしろよと洋太につっこまれはしたが。
「そうそう、ひどいんだよ魔ーったら!」
「だからそのあだ名で呼ぶな」
「ひどいって?」
野原さんが首をかしげる。
「アタシを転ばせてゾンビたちの下敷きに!」
「はい?」
笑ったまま、さらに野原さんの首が傾いた。
「あれはお前の自業自得だろうが」
足元に転がってた杖につまづいただけのくせに。
「……まぁ、麻衣ちゃんは確かに」
「なんですってー!」
「私は本当に魔ーに転ばされたけど」
「転ばされた方が悪いだろ、八巻」
「ぐ………」
「ところで、桃ちゃんは?」
この寮には俺、今井、八巻の2年生が3人に、管理人の野原さん、あと3年が2人いる。
だが、荒田学園の3年生は長すぎる修学旅行のため(眉唾だが)1学期間はずっといない。
1年生は今年1人も入寮してこなかった。
つまり今寮に住んでいるのはこの場にいる者で全員なのだが、あと1人。
真向かいに住んでいるのに自分のことに無頓着で、下手したら飢えで倒れてる人が居るため、野原さんが衣食住の世話をすることになった人がいた。
それが俺たちのクラス担任、外見小学生の桃ちゃんである。
「先輩なら、ラボにいるわよ。そろそろ食べる準備もできるから、よかったら呼んできてもらえる?」
ちなみに先輩=桃ちゃんである。
野原さんと桃ちゃんは同じ大学出身で、桃ちゃんの方が年下なのだが、桃ちゃんは飛び級してるため野原さんの先輩であった時期があったらしい。
「了解」
俺はスカスカの鞄を玄関に置くと、桃ちゃんを呼びに外に出た。
***
ラボとは、道路を挟んでこの寮の真向かいにある大きな研究所のことである。
寮より大きく設備の整っているこの研究所は、桃ちゃんが自費で建てた、桃ちゃん専用の研究所らしい。
………20歳の身空でよくもまあこんなの建てれたもんだ。
やや珍妙で悪趣味な形をしているこの建物の中からはわずかに明かりが漏れており、目の前のドアを押してみると、
「………鍵開いてるし」
無用心極まりないと思いつつ、俺はラボに入った。
床が見えなくなるぐらいに書類や本が散乱し、足の踏み場が無かった。
相変わらず汚っ!
俺はその場に立ちつくしたまま辺りを見まわしたが……
桃ちゃんがいなかった。
「………あれ?」
部屋の明かりはついているし、机の上にはレトロな豆電球がついている。
わずかに感じる人の気配に首をかしげ、とりあえず桃ちゃんがいつも座っている机の方へゆっくり移動すると……
ぷにっ
「え………おわっ!」
いた。
ぶかぶかの白衣を羽織った桃ちゃんが。
俺の足元に。
本に埋もれた状態で
「桃ちゃんいったい何をして……」
「くー………すー………」
「ありゃ」
寝てた。
手もとの本を枕にして、桃ちゃんは気持ちよさそうに寝ていた。
「おーい、こんなとこで寝てたら風邪ひきますよー……」
「くー………う、んん……」
俺の声に気づいた様子も見せず、寝返りをうつ桃ちゃん。
「………熟睡してるな、こりゃ」
現在8時前。こんな時間に熟睡するってことは……
「また徹夜したな」
桃ちゃんは寝るのも忘れて研究に没頭することがある。
「こいつのせいか……」
俺は桃ちゃんの机の上でまばゆく輝いている小さな水晶玉を見た。
魔法の中に『ヴェリク』というのがある。
希少な光系呪文の一つで、効能は極めて単純。
使うと同時に閃光が起こり、使用者、及び周囲の人間の意識をはっきりさせることができるのだ。
たまに先生が寝ている生徒を起こすために使ったりする。
簡単だし、下手な怒鳴り声より効果的だからだ。
しかし桃ちゃんが使えば、効率的に徹夜ができるという不健康極まりない魔法に変身する。
そしてそのために桃ちゃんが開発した、ヴェリクを持続させることができる最悪の不健康魔法道具。
それがこの小さな水晶玉、『ヴェリくん(命名、桃ちゃん)』である。
この光を浴びつづけている限り、常に意識がはっきりしている……らしい。
が、今ここでくーかー寝ていると言うことは、ヴェリクでも覚醒できないほど、身体が睡眠を欲していたのだろう。
……まったく、何日徹夜してたんだか。
「……起こすのもかわいそうだな」
だがこのままでは風邪をひいてしまうので、俺は桃ちゃんを抱き上げると、近くに設置されたベッドにそっと連れていった。
「軽っ!」
ちょっと信じられないぐらいだった。
「むにゅ……」
「………………………………………」
俺は頬を少しだけ緩ませると、桃ちゃんをベッドにそっと寝かせて、
「おやすみ、桃ちゃん」
頭をなでたのだった。
***
「だーかーらー! 天ぷらに塩とかありえないって! パンチが足りないのよパンチが!」
「だからって真っ黒になるぐらいソースべたべたつけるのも変でしょ! それじゃ味がまるっきりソースだらけじゃない!」
「しょうがないじゃん! 牡蠣苦手なんだから!」
「じゃあ牡蠣食べずにお茶漬けでも食べてなさいよ!」
「あのー……もっと楽しく食べましょ?」
俺がラボから帰ると、今井と八巻のアホな喧嘩が始まっていた。
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