事の結末
暗闇の中、適当にそこら辺をうろうろしていたら、不意に場を光が支配した。
いきなりの閃光に目をくらくらさせ、ようやく目を開けたら、そこは見なれた闘技場だった。
「おお!」
どうやらあの暗闇から出れたらしい。
観客席の方では呆然とした様子の2−B生徒たち。そして目の前には何やらつかれた様子の桃ちゃんがいた。
「…………ん」
隣にはまだ目をくらくらさせた雹がいる。
その後ろには、見事に真っ二つになったクリスタルがあった。
「キッ」
ん………?
何やら猿の鳴き声のような音とともに、俺の隣をそそくさと通り過ぎようとする影が見えた。
「こら!」
「キキィ!」
逃げようとしたそいつを、桃ちゃんが頭を押さえるようにして捕らえた。
地面にキスしているそいつをよく見ると………
「悪魔?」
黒ずんだ身体、尖った耳、細長い尻尾、龍のような羽。
見た目はまんま悪魔というかガーゴイルに見えるのだが、語尾に『?』をつけたのは、だ。
小さかった。
小学生体形の桃ちゃん以下。幼稚園児ぐらいの大きさだったからだ。
「かっ、かわいいかも………」
「どこがだ」
いつの間にか近くに来ていた今井麻衣の呟きに、俺は呆れて返した。
「そ、それより魔ー、大丈夫なのか?」
洋太が意外とマジで心配そうな声をかけてきた。
「平気だ。てかキモいからそういうこと言うな」
「ひでー!」
泣きそうな洋太だったが、無視。
そして今井や洋太などを筆頭に生徒たちがぞろぞろと闘技場まで降りてきた。
「雹さまー!」「お身体は大丈夫ですか!?」「魔ーに何かされてませんか!?」「医療班! 医療班ー!」
みたいに雹を心配するA組生徒たちや、
「ちょ、何あれ……」「悪魔?」「むしろアッ●マン?」「ア●マイト光線だー!」「実はバ●キンマンとかだったら笑い!」
という悪魔(仮)を珍しそうに見るB組生徒たちがいた。
てかてめーら。少しでいいから俺の心配もしろよ。洋太だけだとものすごく虚しいんだぞ。
桃ちゃんの手の中でキーキー言いながらジタバタしていた悪魔(仮)だったが、大勢の生徒たちに囲まれたのを見て、抵抗を諦めてぐったりとした。
「なんですか、これ?」
俺はとりあえず桃ちゃんに悪魔(仮)の説明を求めた。
「低級悪魔の内の1匹でして、名前はガーゴイルで問題ありません
力自体は大したことないんですが、たまに人や物にとりついて悪さをするんです。
どうやら雹ちゃんにとりついていたみたいですね」
「………!」
結構ショックを受けて顔を引きつらせる雹。
「人の心の弱い部分を刺激してむりやり契約を結ばせようとするんです。
そうすれば悪魔の力を渡す変わりに契約者を操ることができますから」
へー、こんなちっこいのにねぇ。
「さて………」
桃ちゃんは顔は笑っているのに、夢に出てきそうなほど恐い顔をして悪魔を見据えた。
「ここまで悪さをしておいて、まさか何も罰を受けずに終われるとは思ってませんよねぇ?」
「キィ! キイィ!」
悪魔のくせに情けない顔をして命ごいをしているみたいだ。
翻訳するなら「すみません! 出来心だったんです!」だろうか。
「雹ちゃん?」
「………?」
「ちょっとその子を押さえといてくださいね」
「………はい」
桃ちゃんの変わりに雹が悪魔を押さえる。
「キィイイ!」
「………」
再び暴れ出そうとするが、やはりびくともしない。
「何をしようとしてるんだ?」
「さあ」
聞いてきた洋太に、俺は生返事を返した。
だって俺もよくわからないし。
悪魔の様子を見て桃ちゃんはにっこり笑うと、自分の宝剣である2本の小刀を胸の前でクロスさせた。
「グラスグレイスヴェルレーヌ、スキュアスキュラスハロルディノ………(氷の女王グレイス、闇の覇王スキュアの名において命じる)」
目を閉じて、呪文を詠唱し始める。
悪魔と沢木を中心にして、魔法円が展開された。
「キィ! キィイイイ!」
必死になって雹から抜け出そうとするが、
「ヴリミエプロジェアエグピアル、サワキヒョウナミエトムメートルサルヴィテジュリエテー(汝の罪深き行いの償いのため、沢木雹を主とする下僕となれ)
メルサヴィア!(主従契約!)」
キイイイイイ! と悪魔のひときわ大きな声が響く。
そして一瞬、周囲を光が包み込んだ。
光が収まると、雹のそばにひらりと一枚のカードが落ちてきた。
「………?」
雹がカードを拾いそれを見る。
よくわからないという風に首をかしげた。
俺もそのカードを見てみると、茶色く古そうなカードに『Gargoyle』と書かれてあり、その文字の下には先ほどの悪魔が何やらかっこよさげに映っていた。
………何このモン●ターカード?
「雹ちゃんのカードですよー」
桃ちゃんは腰に刀をしまいながらにっこり笑った。
「その子は今からあなたの僕となりました。
使い方は簡単です。さっきの悪魔が必要になったらカードを持ってソルパ、と唱えましょう。
ほとんどなんでも言うことを聞きますから、小間使いでも何でも頼んでОKです。
しまうときはレルタと言ってください。
今まで苦しめられてきた分、思う存分扱き使ってあげましょう!」
「ひどっ!」
今井がつっこむ。
「悪魔にとってはそれが必要なんです。今までしてきた悪行の分、解放されるには主である雹ちゃんに仕えて善行を積まなければなりません。でなければ一生カードのままです。
ただし、積まなければならないのは善行ですから、悪行と思われる行動の協力はできませんが」
「………………」
雹は桃ちゃんの言葉にも、何か納得いかないという顔をしている。
「………なんで、私に」
「その子に一番苦しめられていたのは、雹ちゃんですから。さきほどまでの様子からみて、日常的に行動をある程度干渉されていたのでしょう?」
桃ちゃんの言葉に、雹は少々自信なさげにだが、こくりとうなずく。
日常的な行動に干渉を受けてた?
「さっきと全然変わってないように見えるが」
「魔ーくんは鈍いですね。もっと雹ちゃんをじーっと見てください」
「………?」
言われたのでしょうがなく、雹をじーっと見つめる。
「…………………(ぷいっ)」
なぜか目をそらされた。
「ふてぶてしさがなくなってる?」
「なんでそうなるんですか!」
あれ? なぜか桃ちゃんに怒られた。
「次俺ー!」
なぜか嬉しそうに出てきた洋太。
「1000年早いわ!」
「ぶっ!」
どっかから出てきたA組の生徒の誰かに殴られた。哀れだ。
「………だけど」
ためらいがちに雹はカードを桃ちゃんに差し出した。
「………私も悪かった。この悪魔が私の弱い心を押さえてくれなきゃ、きっと私はつぶれてた
理由はともあれ、この悪魔は私を支えてくれた。
………だから、僕になんてできない」
「………ほんと、アホだなお前は」
俺の呟きに、雹は不思議そうに目を向けてきた。
「理由はどうあれ目の前にとっても便利な道具があるんだから。使わない手はないだろ?」
「黙れ人でなし!」
なぜか怒った今井が殴りかかってきた。
当然避けたが。
「………まぁ、魔ーくんの言い方は少しアレですが」
カードをつき返そうとした雹の肩に、桃ちゃんはぽんと手を置いた。
「ねぇ、雹ちゃん。もっと肩の力を抜いたらどうですか?」
「肩の力を………?」
「そうです」
桃ちゃんは座り込んでいる雹の肩をぐにぐにと揉んだ。
「雹ちゃんは今まで1人で生きてきたのでしょう。
どうでした?
1人で生きていくのはとてもつらかったでしょう」
「………」
雹はためらいがちにこくりと頷いた。
「これからも、そんな日々を続けたいですか?」
「………」
ふるふると首を横に振る。
「でしょう。
でしたら………
他人を利用することを覚えましょう!」
どばーん! と桃ちゃんは胸をはって言った。
「教師にあるまじき発言!」
今度は八巻枝理がつっこんだ。
桃ちゃんはそれを無視してどんどん話し始める。
「甘えて騙して思い通りに操ってこそ他人というものです!
おじいちゃんには甘い顔してお小遣いをせびり!
両親には表で善い顔しながら説教をいなし!
弟は遠慮なく扱き使いましょう!」
「いやああああ!」
雹の弟、龍二が叫び声をあげた。
「いや先生! 普通そこは『他人を頼ろう』とかいいましょうよ!」
「………似たようなものですね」
「先生―――!」
八巻の悲痛な叫び声があがった。
「――――――!」
………あ。
雹が桃ちゃんを尊敬のまなざしで見てる。
「なんか衝撃受けてる――――!」
八巻、再び絶叫。
「………ど、どうすればできますか?」
「教えをこうな――――!」
八巻がぜいぜい言いながらしたつっこみだったが、もはや2人には聞こえていなかった。
「実演してみせましょう」
桃ちゃんはにっこり笑うと、隅っこにいた森元教師にむかって、てくてくと歩いて行った。
「森元先生?」
「なんですか、西村先生」
崩れそうな闘技場を魔法で補修していたらしい。森元教師は汗をぬぐいながら言った。
「A組が負けたんですから。約束、忘れてないですよねー?」
「あ…………」
森元教師の顔色が、さっと青くなった。
「ラーメン―――――!」
『イエ―――――!』
とあるナイスなおっちゃんが経営しているラーメン店。
そこは今日は外にテーブルを出すほど大盛況を呈していた。
「本当は焼肉がよかったのですが……」
「………勘弁してください」
財布を空にさせた森元教師が泣きそうな声で言った。
無理もない。
A組とB組の生徒たち、合わせて80人強(さすがにE組の連中は外れた)。
彼ら皆にラーメンをおごっているのだから。
「ハッハッハ! まあ元気だしなって先生!」
機嫌のよい店主にバシバシ背中を叩かれる森元教師。
「………僕は水でいいです」
背中にどよんとしたものを漂わせ、森元教師はちびちび水を飲んだ。
「さて、いいですか。雹ちゃん」
「……はい、先生」
面談のように向かい合わせにテーブルに座り、ラーメン片手に桃ちゃんと雹が真剣に話し合っている。
「人を操るにはまず表情です。いい気持ちをさせたければ笑い顔、悪い気持ちにさせたければ暗い顔。基本ですが、意外と皆さんできてないものです」
「………ですが、私は表情には自信が………」
「大丈夫です! むしろ雹ちゃんのその無表情は武器になるのです!」
「―――!」
「いいですか。むしろ雹ちゃんはにこーっと満面に笑うのではなく、そっとです。にこっ、ぐらいでいいのです! むしろそれがいいのです!」
てな感じで、話しの内容はアレだったが。
生徒たちは席を埋め尽くし、思い思いに談笑していた。見たところA組とB組混合で話しているところもある。今回の模擬戦で、少しは仲良くなったようだ。
ちなみに俺は、1人寂しく、カウンター席で塩ラーメンをすすっていた。
塩はいいな。やはりラーメンは醤油や味噌より塩!
「………隣、いいかしら?」
「あ?」
顔をあげると、ラーメンのどんぶりを持った八巻が、眼がねごしにクールな視線を向けていた。
ちなみに眼がねはラーメンの湯気で曇ってた。
「……どうでもいいが、見にくくないか?」
「………取るわよ、ちゃんと」
八巻はどんぶりを置くと、曇った眼がねを取った。
当然、眼がねをとったら即美人! なんてことはなく、いつもの八巻に見えた。
「てか今井や飯田はどうした?」
八巻はいつもこいつらとつるんでたはずだった。
八巻はポニーテールの長い髪を食べるのに邪魔にならない程度にゴムでとめながら、視線だけを他のテーブルに向けた。
そこには今井と飯田が他の生徒たちと一緒に楽しそうにラーメンを食べていた。
「私の分まで席が取れなくてね。残念だけど、別行動」
「へー」
まあいいや。
俺はまたつるつるラーメンをすすり出した。
「………迷ってるの」
ぱきん、と割り箸を割りながら八巻は言った。
「なにが?」
俺は横を見ずに聞いた。
「麻衣ちゃんのことについて。あなたに感謝すべきか、それとも怒るべきか」
「極端な悩みかただな」
「あなたのせいなんだけど………」
気のせいか、八巻がこちらをじとーっとした目で見ている気がする。
「…………」
コトン
俺は箸を置く。
「………なあ」
「何よ」
俺は八巻の方を向いて、さっきから八巻にどーしても言いたかったことを言った。
「塩はうまい」
「……………あそ」
さらに八巻の視線の呆れ度が増した。
「醤油はイマイチ」
「醤油だっておいしいわよ」
ちなみに八巻は醤油だった。
「塩は世界一」
「なんでそうなるの」
「そして塩派の俺が醤油派のお前に話しかける言葉なんかない!」
そういうと、俺は勢いよくラーメンをすすりだした。
すると横からこれ見よがしな八巻のため息が聞こえた。
「………ラーメン、食べよっか」
そう呟くと、八巻はつるつるとラーメンを食べ出した。
この話。なんか書いてたらいつの間にか長くなってた………。
いや、それより。
ようやく終わった模擬戦編―――!
いやー、こんなに長くするつもりなかったんですが。
なぜか想像以上に長くなりました。
………それはまあ、とにかく。
次は初登場、魔術科C,D組です!
こうご期待!
してくれるととっても嬉しいです!