氷の快楽
――― とあるアナウンス記録 ―――
「謎に包まれたA組の隠しボス、沢木雹! ミステリアスな彼女は、無口無表情なため外見だけでは人物像がさっぱり分かりません! そこで! ここは雹選手の実弟である、沢木龍二に、ズバリ! 雹選手とはどんな人物なのか! 聞いてみましょう! 解説改め突撃レポーターの黒部さーん!」
「………なんだ」
「龍二はきっちり捕まえましたか!?」
「………一応逃げられないように柱にくくりつけてあるが」
「よっしゃ黒部よくやりましたぁ!」
「は、離せ―――! 俺は逃げるんだ――!」
「さあ! 龍二くん! ズバリ! 雹さんとはどんな人物なのでしょう!?」
「嫌だ―――! オシオキ怖いよ―――!」
「なるほど、してオシオキとはどういうオシオキなのでしょう!?」
「思い出したくねーよ――! 痛いよ怖いよなんでお姉ちゃんやめてお願いそのムチやだぁぁあああ!」
「ム、ムチですか?」
「いぃぃいやぁぁあああ!」
「……いいのか? かなり錯乱しているみたいだが」
「あー、これはもうインタビューは無理っぽいから以上でインタビューは終了します!」
「………龍二を錯乱させた責任は丸投げか」
「ありがとうございました――!」
***
辺り一帯にはつららのような氷のオブジェが乱立していた。
「よっと」
ガッ! ガガッ!
俺はそのオブジェを足がかりにして雹に迫る。
「おおっとお! 魔―がすごい勢いで雹選手に近づく!」
さきほどまでの氷の攻撃から考えて、あの氷柱は空気中からは出すことができない、そして魔法に特化しているため、雹自身に特別な身体能力はないと見た。
だからなるべく地面から離れた状態から雹に近づく。
「魔―が剣を抜いたあ!」
宝剣を片手に持ち、俺はそのまま雹の脳天に向けて一撃を………
「危ない!!」
桃ちゃんの叫びと同時に、瞬時に感じた悪寒。
それは目の前にいる雹から感じたものではなく、俺の背後。
「気持ちいいわね」
無理やり振り返り背後の存在をぎりぎりで視認する。
「ネズミが罠にかかる瞬間は」
そこはルミナスの剣(普通の西洋刀のような宝剣)を持った、沢木雹がいた。
***
「ぐあっ!」
狙いは腹。
魔法因子で守られているはずのわき腹に、ルミナスの宝剣が深々と突き刺さった。
「ちょ、なんだ!? 雹選手が2人!?」
洋太の困惑した声が響く。
杖を持った雹と剣を持った雹。この場には2人の雹がいた。
「………氷で作った分身ですねー」
苦々しい表情をしながら桃ちゃんが言った。
その通りだ。
杖を持っていた方が偽者で、さきほど宝剣を持っていた雹が本物だ。いつから入れ替わったのか知らんが、本物はどうやら随分前から氷の柱に隠れて機会をうかがっていたらしい
………………くそったれ。
俺はわき腹を押さえて血の流出をなるべく止めながら、即座にその場から離れた。
そして雹は突き刺さっていたグレイスの杖を抜くと、ぶん! と一振りした。
するとさっきまでオブジェとなって固まっていた氷の柱がガタガタと動き出し、凶悪な茨のムチとなって四方八方から俺を襲う。
キャアアアアアアア!
まるで女の悲鳴のような音を出しながら、当たったら確実に死にそうな攻撃がきた。
「ちょ、あれ! マズくないですか!?」
洋太の焦った声が聞こえる。
手、足、腹、顔。
ひたすら迫るアイアンメイデンのような氷の刺を、動きの鈍くなった俺はぎりぎりで避けつづける。
「すげー! あの怪我でよく避けてる!」
「………いえ、あれは魔ーくんが避けているのではなく」
わざとだ。
雹は目を細め冷徹な表情で、わざと俺が致命傷にならない程度に痛めつけている。
「わざとって………性格ゆがんでる―――! 真性のサディストだ―――! にしては表情がまるっきり変わってませんが!」
「スリルや恐怖を楽しんでいる人は、大抵表情は変わりませんよ。ホラー映画を見ている人たちと同じですね。そういう人たちの顔を想像してみてください。楽しんでいるのに表情は変わらないか、悲しそうかどちらかですから」
相変わらずの無表情。
だが分かる。こちらの苦痛を感じて、遊んでいる、楽しんでいる。
「………方向性は若干違いますが、少し似てますねー」
「へ?」
……………なめるなよ。
そいつは俺の専売特許だ。
「魔ーくんも、人が苦しんでいるのを見て楽しんでいるところがありますから」
「どっちも最低だ―――!」
所々被弾しつつ迫り来る氷の刃を避けながら。
俺はゆっくりと思考を無意識の領域にまで降ろしていった。
魔ー大ピンチ! 終わるか!? 今度こそ終わるか!? 魔ーがやられて『こうして魔ーはやられたのだった。完!』みたいな終わり方もちょっといいなと思ってしまってます。




