飯田千恵の決意
―――― 飯田知恵SIDE ――――
いじめられていた時期があった。
中学校2年生の頃の話しだ。
私は人に自慢できるようなことは何一つ持っていない、地味な子だった。
今もそうだ。運動はできないし頭だって良くない。本を読むのは好きだけど、それを生かして何かができるというわけではない。
人が、特に男の子が怖かった。私がほとんど抵抗しないからだろうか。小さい頃から男の子を中心に意地悪を受けていた。
それが発展して、中学生時代にガラの悪い女の子グループにからまれて、いやがらせを受ける日々を送っていた。
直接暴力を受けていたわけではないが、教科書をずたずたにされたり机の中をゴミだらけにされたり。
あの時私は知った。
世の中には他人が苦しんでいるのを見てせせら笑う人間がいるのだと。
苦しかった。学校に行くのが嫌で、でもお父さんやお母さんに迷惑かけたくなくて、ストレスで胃が痛くなるのを感じながら学校に行っていた日々があった。
だけど、その日々は中学3年生になって変わった。
今井麻衣という女の子と同じクラスになったのだ。
その子は私とは全然違って、物怖じしなくてスポーツができて、元気で明るい皆の人気者だった。
自分とは別世界の人間みたいに感じていた。ああいう子はいいなぁと、遠くからそっと眺めているだけかと思っていた。
「やめなよ」
簡単な、ただそれだけの言葉。でも誰も言ってくれなかった、そして言えなかったその言葉を、彼女は私をいじめていた子たちに向かって言ってくれた。
嬉しかった。
信じられないくらいに嬉しかった。
そしてあの時から、私の世界は変わった。
勇気を出して「やめて」と言うことができた。
睨みつけられてすごく怖かったときは、助けに来てくれた。
「友達になって」
その言葉を彼女に言うことができた。
「うん。もちろん!」
彼女は笑ってそう言ってくれた。
その時から、私は彼女を麻衣ちゃんと呼ぶようになった。
だからこそ、と私は思う。
彼女を……麻衣ちゃんを傷つける人がいたら。
絶対に許さない。
三河正志。
魔―と呼ばれていて、麻衣ちゃんと同じ寮に住む人。
不良っぽくてあまり話しかけづらい人だった。
だけど………
「ほっとけって」
彼はそう言った。
傷ついている人に対して、平気でそんなことが言える人。
………敵だ。
彼は、私をいじめていた人たちと同じ。
人の不幸をなんとも思わない人。
彼はいつか必ず麻衣ちゃんを傷つける。
だから彼は私にとっての敵だ。
少しでも麻衣ちゃんに変なことをしたら、必ず………………
***
「へっくし!」
なんか突然くしゃみが出た。
「風邪ですか?」
「………かもしれませんね」
なんか背筋に悪寒がしたし。
「にしても、あんな威力でるんだねー」
俺は先ほど今井が出した大火球を思い出しながら言った。
「ええ。まぁ、あの威力の原因は麻衣ちゃんの力が大部分を占めていますが。むぐ」
桃ちゃんが弁当を頬張りながら答える。
俺は背中に鞘ごとついてて、もはや制服と一体化している宝剣を取り出した。
「ぶっちゃけただのボロい剣とそんなに変わらねーと思ってましたが……」
キラリと光る西洋刀の形をした宝剣を見る。
これ、実は入学すると同時に学園側からタダで支給されたものだったりする。
洋太みたいにへそ曲がりで自分用の宝剣を持ってるヤツ以外は、みなこの西洋刀の形をした宝剣を持っていた。
柄の部分に金色に光る宝玉がはめられている以外は、普通の小ぶりな中世の刀に見えた。
「ま、宝剣の中でも一番安物なのはたしかですねー。………それでも新車1台分ぐらいの値段はしますが」
「すごいですね。入学料、そんなに出した覚えないんですけど」
「先行投資、というヤツですよー。皆さんが学び、後1年ほどすれば未開の異世界へ行くことになります。今3年生が行ってますが………むこうで宝剣についてる宝石の1つでも見つければ、それでその宝剣の代金をほぼ徴収できますからねー。もし向こうで住めるような村でも作れば、それだけで大黒字ですよ」
「なる………って、ん?」
さっき、聞き捨てならない言葉を聞いた気が………
「未開の異世界?」
「ああ。授業では言ってませんでしたね」
桃ちゃんは水筒からこぽこぽと熱いお茶をくむと、それをずずずとすすり始めた。
「宝剣の発見や、魔法が発見された大元の場所です。この地球上とは別次元の空間に存在していて、紫色の月とか、モンスターだらけで地獄みたいな所ですから、私たち研究者の中では『ハデス』と呼ばれています。世間には公表されていませんが、いずれ住めるような場所を確保したら、公表もするつもりでいますよ」
「………マジっすか」
「大マジです。ま、3年生になったら分かります。その時はハデスに研修に行く機会があるでしょうから。………表向きは長い修学旅行ってことにしてますから、皆さんには内緒ですよ」
「………うっわ。詐欺だ」
「聞こえません〜」
桃ちゃんは耳をふさいで聞こえないふりをした。
おいおい。
「……………さて。そろそろ時間ですね。先生は先に移動しますよ」
「………ま、いっか。俺はもう少しここにいますよ」
「時間になったら来てくださいね」
「分かりました」
………えらい学園に来てるのかもしれねーな。
ぐぎゅるるるるる………
「ん?」
今なんか誰かの腹の音が……
「は、腹減った………」
「隊長〜………」
廊下の隅のほうで、洋太と龍二の2人がぴくぴくしながら這いつくばっていた。
どうやら弁当を忘れたらしい。
「………アホなヤツら」
ちーん。
***
「では! お昼も食べましたし! A組の皆さんも準備万全らしいので! これから大将戦を始めます!」
観客席にB組生徒全員を集めてはりきる桃ちゃん。
「………誰が出るか決めてるんですか?」
八巻が口を出す。
「うーん、どうあがいてもウチのチームの勝ちは決定してますから、正直誰が出てもいいのですが………」
「はい! 先生!」
今井が元気良く手をあげた。
「なんですか? 麻衣ちゃん」
「魔ーがいいと思います!」
「なんでだ」
「もう勝ちは決まっているとはいえ、それでも勝ちに行く姿勢は持つべきだと思います」
俺の抗議は無視して話しを進め始めた。
「ま、確かにそうですね。敗者は完膚なきまでに叩きのめしてこそですし……」
うわーい。桃ちゃん笑顔が黒ーい。
「しかし、相手の雹さんは強敵です! 私たちではどうにもならないかもしれません。ですが、いつも余裕綽々の魔―ならなんとかなるのではないかと!」
「そうですね! 魔ーくんなら大丈夫でしょう」
待て。当人を無視するな。
「いや、俺はでな……」
「はいはい! けってーい!」
「頑張ってくださいね! 魔ーくん!
「………………」
ま、いいや。
負けていいんだし、即効でギブアップしよう。
………ヒロインがヤンデレになりそうで少し心配になってきた。ヤンデレは私も恐いので、なるべくそうならないように気をつけますが。




