すれ違い
闘技場から観客席まで、だいたい50mちょい。歩いて行くには少し時間がかかる。
その間、俺は無言の今井をひっぱって歩いているのだが………
「……………………」
「……………………」
……………会話がない。
いや、仲が良いわけじゃないから「アハハ、ウフフ」な会話があっても困るのだが、それでもさっきから普段は活発な今井がずーっと無言のままなのだ。
つないでいる手が汗ばむ。そろそろ離してもいいかと思うのだが、足取りは重いくせに手だけはしっかり握り返してきてるから振り払いにくい。
なんか変な感じがする。
ちらりと今井を見ると、ずーっと下を向いたままだった。顔はセミロングの髪に隠れていてよく見えない。
………………いや、いったい何が起こっているんだ?
いつもの元気はどうした?
………もしかしてまだゴリオを怪我させたことを落ち込んでんのか?
………………ぽいな。てか恐らくそうだろう。
落ち込みやすいというか、意外に根にもつヤツだな。
………しょうがない。
「………お前無意味に気にしすぎなんだよ。防御呪文かけてる人間があんな攻撃で死ぬわけないだろ」
「…………………うん?」
不思議そうに顔をあげる今井を無視して、俺はそのまま言葉を続けた。
「それに今井程度の腕で『やりすぎたー』とか考えてる方がおかしいんだよ。たまたまあんなでっかい火球がゴリオが攻撃してくる前に出たからよかったが、もし不発だったりゴリオの攻撃が先立ったりしたら立場逆転してたんだぞ。だいたいお前は世界一の魔法使いになるなんぞぬかして、自意識過剰っつーかうぬぼれんのもたいがいにしろっつーか……………」
「……………ちょっと」
「アホだし手がかかるし諦めは悪いし才能はからっきしのくせに口だけは達者だし茶髪だしアホ毛だしぺちゃぱいだしで女としての魅力なんかゼロにちか……!」
「なんでそんなこと言うのよ!」
あ、キレた。
ひっぱるためにつないでた手を振り解き、今井は半泣きでこちらを見た。
「なんでいきなりそんなこと言うのよ! てかあんただってやる気無いし根性無いし地味だしダサイしなんか不良っぽいし優しくないしでいいとこなんかほとんどないくせにあんたに女としての魅力がどーとか言われる筋合いこれっぽっちも無いわよ!」
「あーあーそうですか。でもそんなムキになって否定するってことはそれイコール肯定してるってことなんだぜ分かってんのか?」
「なんでそうなんのよ! ていうかアンタ慰めてくれたんじゃないの!? なに急に態度変えすぎじゃない!?」
「知るか! もともとお前を慰めてたつもりはねーよ!」
「なんですって!」
てな感じでいつのまにか罵詈雑言大会に発展していた。
***
――――八巻枝理SIDE――――
「お弁当を食べましょう!」]
桃ちゃんはいきなりその場にいる生徒全員に向かってそう宣言した。
ぐきゅるるるる………とかわいいお腹の音と共に。
「………ようするに」
私はこめかみを押さえながら言った。
「お腹すいたんですね」
「し、失礼ですね! 私はそんな自分のお腹を満たしたいがためだけにご飯にしましょうと言っているのではありません!」
微妙にわたわたしながら早口でそうまくし立てる桃ちゃん。
……なんというかこの人は、変なところで教師として間違ってる。
「ただ、そろそろお昼ですし皆さんお腹すいてるんじゃないかなーって………」
「………食べている途中で次の試合が始まりそうですが」
「あっ、それは大丈夫そうですよー! 焦げちゃった闘技場の修理とか、ゴリオくんの手当てとか結構長引きそうですし」
「あれ? けど桃ちゃん、ゴリオくんは回復呪文ですぐ治るって……」
「ああ。回復呪文はですね。体力の回復や自然治癒力のアップできますけど、病気や怪我を直接治す力は無いんです。ですからどんなに優秀な治癒術者でも、怪我を治すのはどうしても時間がかかります。まあそれに………」
くすくす、と黒っぽく笑う桃ちゃん。
「自分が負け犬だと自覚する時間が必要でしょうし」
『……………』
相変わらず、黒い。
でも、まあ。みんなお腹すいてるのは事実だ。
「いいですよ。みんなー! お昼にするよー!」
私はみんなにお昼の号令をかけた。
『分かったマッキー!』
「みんなしてマッキー言うな!」
マジックペンみたいでそのあだ名嫌なのに。
「………委員長、僕なのに」
隅の方でしくしく泣いている委員長はほっとく。
「聡美ちゃん! いつもお弁当ありがとー!」
ここにはいない私たちの学生寮の管理人、野原聡美さんに感謝の言葉をささげながら桃ちゃんは勢いよく弁当を食べ始めた。
こういうときは本当、子どもそのものみたいだが、だからだろうか。見てると頬がゆるんでくる。
あ、今口に入れたの、私の作った卵焼きだ。
そうやって私は少しだけ桃ちゃんを見てなごんで、その後気持ちを切り替えた。
………さて。
私はそろそろ落ち込みながら帰ってくるだろう麻衣ちゃんを探そうと、橋の方を見て………
固まった。
「貧弱! 不潔! 不良ー!」
「アホ! 男勝り! 勘違い女!」
麻衣ちゃんと魔ーが言い争いしていたからだ。
思っても見なかった光景に固まっていると、フン! と喧嘩別れした麻衣ちゃんがこちらに来た。
「ただいまっ!」
「お、おかえり………」
ドカッとその場に腰を下ろす麻衣ちゃん。
私は怖いというより、困惑した気持ちで麻衣ちゃんを見た。
だって落ち込んでいると思ったのだ。
不慮とはいえ、ゴリオくんに大火傷を負わせてしまったのだから。
「あのバカあのバカあのバカ――――!」
「……………」
涙目でバカバカ言いながら弁当をやけ食いしている麻衣ちゃんを見ると、そんな様子は微塵も感じられなかった。
***
「………………手間のかかるやつ」
俺は弁当を泣きながらやけ食いしている今井を遠めに見て、嘆息した。
でもま、あーやって泣いてればゴリオ戦のストレスをだいぶ発散できるだろう。
「おつかれさまですー」
「おわっ!」
横からいきなり桃ちゃんが現れた。
………気配にはそこそこ敏感な俺だが、桃ちゃんだけは気配が探れない。
「さすが魔ーくん。不器用ですけど優しいですね……………最後はちょっと余計なことしちゃったみたいですが」
「なんのことです?」
「麻衣ちゃんを慰めてくれてたんですよね! あーむ!」
………弁当食べながら真面目なこと言われてもなぁ。
「ま、弁当食べますか」
「一緒に食べますー?」
「いいですよ」
てな感じで和気藹々としていたら、
「失礼します」
「ん?」
なんか妙にとげとげしい声が通りすぎていったと思ったら………あのストレートヘアは。
「E組の千恵ちゃんですねー。麻衣ちゃんとお弁当食べるつもりなんでしょうか?」
「でしょうね。ですが……」
「とげとげしかったですねー」
その通りだ。なんであんなにツンツンしてんだ?
「女難の予感がしますねー、魔ーくん?」
「………………勘弁してください」
俺は切にそう願った。
PCを普通に使ってたら、いきなり「ぷつん!」とかいって電源が切れて、使えなくなりました。原因っぽい部位を新しいパーツにとっかえたらなんとか使えるようになりましたが、心臓に悪いことこの上なかったです。