勝利
「ゴリオ焦げた――――!」
洋太の今日一番の大声が闘技場に響き渡った。
しかしその洋太の声以外、皆しんと静まりかえっていた
初級呪文であるはずのフレアで、そのありえない威力に。
そしてその惨状に。
「………あちゃー」
桃ちゃんが額に手をあてて、しまったとばかりに呟いた。
「まさかあそこまでの威力とは……………さすがはあの2人の娘さん、ってところですかね」
珍しく計算外だった、という顔をしている桃ちゃんに、俺は冷や汗をかきながら尋ねた。
「どれぐらいの威力を予想してたんですか?」
「あの半分くらいの威力ですかねー」
つまりは、本来なら大人2人分ぐらいの大きさの火球がでるはずだったわけだ。
………それでも十分に強力だが。
通常のフレアは、せいぜい大人1人分ぐらいの大きさだからだ。
「………今井に何したんです?」
「魔力回復ルームで、ひたすら魔力を回復させたんですよー」
「魔力回復ルーム?」
何それ?
「その名の通り、魔力を回復させる場所ですね。意図的に魔力密度を濃くした部屋に対象者を置くことで、魔力の自然回復力を大幅に高めることができるんです」
「………けどそれって、しょせん対象者の回復力を上げるってだけですよね?」
「ええ。ですから1日程度そこにいないと空になった魔力を全開にさせることはできません。麻衣ちゃんの場合は回復して半分と思ってましたし、たとえ魔力を全開できたとしても対象者、つまりは麻衣ちゃん自身の魔力総量が大きくないと大したことにはならないのですが………」
「………なーんで初級呪文であんな威力になっちゃったんでしょうね」
「………見たところ麻衣ちゃんは魔力の総量も回復力も平均ぐらいなんですが」
見当違いでしょうか〜? とひたすら首をひねる桃ちゃん。
「ところで、ねぇ。桃ちゃん」
さっきから俺にチョークスリーパーをかけた状態で固まっていた八巻が、横から口をはさんできた。
「あれ、大丈夫なの?」
八巻の視線は黒焦げになったゴリオに向けられていた。
黒焦げ。
表現は非常にコミカルなのだが、もっとエグい描写をするとこうなる。
全身大火傷。
「ああ、それは大丈夫ですよ〜!」
ぱたぱたと桃ちゃんは手を上下に振った。
「宝剣に守られた人間、特にゴリオさんみたいな体力のある方ならあの程度、どってことはありません。回復呪文をかければすぐ治りますし、それに派手に火傷を負っているように見えますが、実際焦げているのはゴリオさんではなく体表面の魔力粒子。今はただショックで気絶してるだけですね〜」
「けど………」
桃ちゃんは楽観的に構えているが、周りは大騒ぎしているし、それに………
一番青ざめているのはフレアを打った今井自身だった。
「そうですね。確かに普通の女の子にあの状況はキツイです」
あまり自分を責めないでいてくれると嬉しいのですが……と桃ちゃんは苦い表情だった。
「麻衣ちゃん………」
辺り一帯、お通夜モード。
………………
…………
えええええええい! 大したことじゃないのに、じれったいしアホらしい!
「って、ちょ、魔ー!」
バッ!
俺は八巻の制止も聞かずに、闘技場にいる今井に向かって、ジャンプした。
その距離、およそ100m弱。
普通の人間なら一足飛びでいけるはずのない距離だが、そこは宝剣の肉体強化能力でどうにかなる。
「え?」
ぽかんとした表情でこちらを向いている今井に向かって、俺は飛んだまま拳を握り締めて……
ボカッ!
「あいたっ!」
今井の脳天を叩いた。
「え……?」
頭を押さえた今井は、半泣きと困惑をごちゃまぜにした表情をしていた。
「ほれ」
俺は今井の手を取ると、闘技場から無理やり連れ出した。
「え……? 魔ー?」
治療でばたばたしている補助科E組の連中の横を通りすぎる。
「あの体力バカは大丈夫だ。心配するだけ無駄だから、とっとと来い」
「でも……」
俺に無理やりひっぱられながら、それでも後ろをちらちら見る今井。
「アホかお前は」
「はい?」
間抜け面をしている今井の額をこつん、と叩いた。
「なに情けない顔してんだよ………」
「勝ったんだろ?」
「あ………」
その事実に初めて気づいた、という風な顔だった。
「じゃ情けない顔すんな。バカみたいだから」
俺はそれだけ言うと、後はもうとっとと観客席まで今井を連れてった。
後ろから微かに「………うん」と声が聞こえた。
……昨日、感想欄でご指摘を頂いた箇所を含めて1話から見直していたら誤字脱字の多さに、改めてまだまだ未熟だなぁと実感しました。あと、伏線の回収をほとんどやってなかったことに気づきました。ゆえにこの模擬戦話をもう少し長引かせて、その伏線を回収していこうと考えています。