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2.Semi-Charmed Life

 今日も鐘がうるさい。

 リンゴン、リンゴンと、昼も夜もなく鳴り響いている。

 神聖に。荘厳に。救いに満ちて。


 放送の翌日から、教会の扉は誰の手でも簡単に押し開けられるようになった。

 だから最初の犠牲者は、北フランスのエティエンヌという少年だった。メアリの日記によれば、まだ12歳だったらしい。

 勿論少年は両親に「あの建物には近づいて駄目だ」ときつく戒められてはいた。だが子供ってのは大人の言いつけを破るのが常で、彼も例外じゃあなかった。

 冒険心を胸に素敵な教会に入り込み、うかうかと階段(・・)部屋の扉を(くぐ)り、そのまま──シュボッ!

 世界中がその若い死を(いた)んだ。

 息子を奪われた両親と、彼の消失を目撃してしまった友人たちは一躍時の人となり、繰り返しテレビに映し出された。強烈な警告になると、政府やマスコミが判断しての事だったんだろう。 

 が、こいつが良くなかった。


「扉の中であいつ、ずっと楽しそうにはしゃいでた」

「『心配ないよ。大丈夫』って、幸せそうに笑ってた」

「痛かったり苦しかったりは全然なかったんだと思う」


 ショックに青ざめた少年たちが繰り返した言葉。

 それが重篤(じゅうとく)な病人たちにある種の希望を与えちまった。

 最早治る見込みがないと余命を宣告されちまった連中が。

 或いはこの先ずっと病床で横たわるしかないと理解しちまった連中が。

 揃って家族に訴えたのだ。

 これ以上迷惑をかけずに済むなら、苦しみなく死ねるなら、是非そのようにしたい、と。

 肉親に切に縋られ、願いを拒める人間は多くない。

 押し切られた者たちは夜陰に紛れてひっそりと教会を訪れ、解放を喜ぶ声を聞きながら、扉の前でただ祈った。

 教会近くの住人は、響き渡る鐘の音に幾度となく眠りを妨げられる事になった。


 それで終わればまだよかった。教会は辛うじて自殺幇助(ほうじょ)の道具に留まった。

 けれど断末魔でなく歓喜を、感謝を叫んで消えていく人々を()の当たりにして、少しずつ社会の意識が変わっていった。こいつは本当に救いの道具なんじゃないかと考え始める連中が蔓延(はびこ)り出しやがったんだ。

 彼らは自らを「介添え人」と呼んだ。

 決まったトップがいるでも、体系だった組織があるでもないのに、どこの土地でも同じような自称をし、活動をした。まるでそういう働きが遺伝子にプログラミングでもされているかのようだった。 


「我々は皆さんが、心地よく天国へ向かう為のお手伝いしています」


 介添え人どもは(うそぶ)いて教会周りの清掃に励み、涙にくれる遺族を慰めて回った。鳴り渡る鐘に合わせて天に祈り、教会の正しさと素晴らしさを口々に説いた。

 主体の拡大による罪悪感の軽減。そして集団化による主張正当性の強化。

 まったく質の悪い宗教で、(てい)のいい阿諛追従(あゆついしょう)だった。「私はこんなにも善を施しています」ってアピールってわけだ。誰へ向けてのものかなんて知れている。きっと自分たちだけは本当に救われるのだとか、都合のいい妄想に浸っているんだろう。

 やがてこいつらの所為で、教会の利用は善行の一種として認識されだした。


「これはね、天国への階段なんです!」


 しかもこの頃になると、どこにいたって例の四人家族の声が耳に届くようになっていた。

 どういう技術の賜物か。テレビに、PCのモニターに、スマートフォンの液晶に。電源のオンオフを問わず映り込んで喚き立てるのだから手に負えない。頭がおかしくなりそうだった。


 誰の顔にも()み疲れた色が濃く、そして救いはすぐ傍にあった。

 完璧に満足できる人生を送っている奴なんてまずいない。小さな不満や絶望を、胸に(くすぶ)らせてない奴なんていやしない。

 奴らはそこに付け込んでくる。

 嫌ならやめてしまえばいい。簡単に苦痛なく──どころか幸福に喜びに満ちて終わりを迎えられる道具がある。

 しかもその行為は今や、社会的に推奨される善なのだ。

 結果、最後の一線を踏み越える足は、恐ろしく軽くなる。


 教会の利用者は増加の一途を辿った。

 ついには順番待ちの列が出来始め、介添え人どもが取り仕切って整列させ、飲み物と菓子を配って回るような有り様だった。

 状況を打破しようと教会に砲火を浴びせた国もあったが、無駄だった。拳銃機銃どころか戦車砲を以てしても、教会の壁に傷一つつける事はできなかった。奴らの建造物は、俺たちの破壊の及ぶ存在じゃあなかった。介添え人どもは手を叩いてこれを賛美し、教会の神性はますます増した。

 厭世の感が社会全体を覆い、しかし不思議と治安は悪化しなかった。

 おそらく、誰もが考えたに違いなかった。悪い事をしたら天国へは行けない、と。

 お行儀よく教会に並ぶのも、そんな心理の現れと思えた。


 奴らの技術力を用いれば、教会の増設なぞ容易い仕事のはずだった。

 だのにそれをしないのは、現状が狙い通りだからだろう。

 人は競って教会に並び、いち早く天国へ昇る事を夢見ている。要するに競売の心理だ。誰も彼もが欲しがるから、そいつの価値は本来以上に、天井知らずに高まっていく。

 まったく、奴らは嫌になるくらい俺たちをよくご存知だった。

 眉を(しか)めながら、それでも効率のいい駆除の為に、さぞやとっくり人類(害虫)を観察したんだろう。


 お陰様で教会は、今日も一日フル稼働だ。

 ほら、また鐘の音がする。

 絶え間なく誰かが、誰かの天国に救われていく。


 


 *




 人間社会は衰退の兆しを見せ始めていたが、金銭にはまだ価値があった。

 だから俺はその電話を仕事場で受けた。


「すまない。メアリが死んだ。すまない」


 言って寄越したのはホーマーで、殺したのはピーターだった。



 その日の朝。

 ホーマーのところへ、ピーターから連絡が入った。

 介添え人どもの活動が活発化してから、ピーターは部屋に引きこもるようになっていた。俺たちの集まりの頻度がめっきり減ったのもあって、二人が話すのはしばらくぶりの事だったらしい。

 久しい親友の明るい声を耳にして、ホーマーは相好を崩した。が、その喜びは長続きしなかった。


「考えて考えて考え続けて、僕は気がついたんだ。これはバグだ。この世界は完全におかしくなってる。もうリセットして、全部やり直した方が早い。そうすべきだし、そうするしかない。だから僕はやる。正しい世界に行く。大丈夫、間違いはすぐに正される。乗り遅れないうちに、君も同じくするといいよ」


 子供めいて突き抜けた無邪気さで告げ、通話は一方的に切れた。

 尋常でないものを感じたホーマーはすぐさまピーターの家に駆けつけ、そして見つけた。射殺された、親友の両親の(むくろ)を。

 それはピーターが作り出した惨劇に相違なかった。凶器は皮肉にも過日、ホーマーが勧めた銃だった。家族を守る為に、ピーターが(あがな)った銃だった。

 強烈に嫌な予感が閃いて、ホーマーは再び車に飛び乗り、俺とメアリの家に向かった。


「プライドが高いからおくびにも出さなかったがよ。あいつ、メアリに惚れてたんだ」


 憔悴(しょうすい)しきったホーマーが後にそう詫びたが、詮無(せんな)い事だ。

 どうしてもっと早く言わなかった。教えてくれてさえいりゃ、俺が先に撃ち殺したのに。


 

 ホーマーの予想通り、ピーターはメアリのところへ押しかけていた。

 あいつがどう彼女を口説いたのかは知らない。だがメアリがきっぱり拒絶したのだけは確かだ。

 だから彼女は、強引に言い聞かされる(・・・・・・・)羽目になっちまった。説得の方法は単純明快、拳銃で頭を一発ズドン。言葉が駄目なら鉛弾でってわけだ。

 玄関にはその時の血痕が、くっきりと残されていた。俺のメアリの小さな頭は、ザクロみたいに爆ぜちまったんだ。

 それからピーターは最寄りの教会へと向かった。すっかり従順になった彼女を引きずり、ハネムーンと洒落(しゃれ)込んだ。

 順番待ちの連中へ向け、「僕の為に道を開けろ」と威勢良く銃を振り回したまではよかったが、列を成すのはいずれも劣らぬ死にたがりばっかりだ。寄って集って取り押さえられ、その拍子にどこをどうぶつけたものか、呆気なく事切れちまったものらしい。


 だから遅れて到着した俺は勿論、駆けつけたホーマーも二人の死に顔さえ見れなかった。

 何故って親切でお優しい介添え人どもが、メアリとピーターの亡骸を階段へ押し込んじまったからだ。不慮の事故で亡くなった二人を(いた)んで代わりに列に並んでくださったってんだから、ありがたくって涙が出る。

 お陰様で、シュボッ!

 俺に残されたメアリは、玄関口に飛び散った血の痕だけになっちまった。そんなもの、一体どうやって抱き締めればいい?


「あら、そうだったの?」


 事情を告げて憤る俺たちに、介添え人の代表めかした女は言った。


「でも大丈夫。二人はちゃんと救われたのよ。それでいいじゃない。喜ぶべき事だわ」


 綺麗な歯並びの女だった。

 ホーマーに羽交い締めにされなかったら、その何本かを、俺は確実にへし折っていただろう。



 それからどんな具合にホーマーと別れ、どうやって家に帰り着いたのか。後の記憶はほとんどない。

 我に返った時には日は既にとっぷりと暮れ、そして勝手に点いたテレビの中で、例の旦那が笑っていた。


「これはね、天国への階段なんです!」


 猛烈な怒りが(みなぎ)って、俺は転げていた床から稲妻のように跳ね起きた。

 激情のまま、液晶を蹴り飛ばす。

 メアリは最高に出来た女だった。やわらかな知性で先回りをして、俺の間違いをそっと正してくれていた。彼女の優しさに気づくのはいつだって後になってで、だから俺は感謝もろくに伝えないままだった。

 礼を述べれば、同時に自分の誤りを認める事になる。頼れる自分だけを愛する人に見せたい俺は、それを嫌って彼女の気遣いに知らぬ顔をし続けた。今にして思えば、心底どうでもいいプライドだ。

 そんな俺の意固地さえ、きっとメアリはお見通しだったんだろう。

 だがそうだったとしても──いや、そうであればこそ尚更、言葉にすべきだった。告げておくべきだった。彼女が隣にいるうちに。生きていてくれた、そのうちに。

 ほんの一言きりでさえ、もうメアリには届けられない。

 何が「生涯守る」だ。くそ。

 肝心な時に俺は、居合わせてすらいなかった。くそ。くそくそくそくそ!

 顎先までを涙が伝う。


「では僕らは、ハハ、一足お先!」


 荒い呼吸で全身を震わせる俺を、壊れた画面が(あざけ)った。

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