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無限の異世界救世譚  作者: カイロ


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第六話 ムツミとレイニー

「……」


 奴隷市場を出てからずっと、少女は黙って俯いたままだった。

 勢いのままに奴隷として買った少女に、兵真はなんと声をかければいいのか頭を捻る。


「えっと、あの……そうだ、君名前なんて言うの? 俺、尖崎兵真って言うんだけど」

「……忘れた。好きに呼んで」

「じゃ、じゃあ六実って呼んでもいい、かな」

「ムツミ……さっきも呼んでたよね。誰かの名前?」

「あはは……。正直に言っちゃうと、昔好きだった子の名前で。あんまりにもそっくりだったから」


 嫌かな、と兵真が聞くと好きにすればいいと少女は伏し目がちに返す。


「そう呼びたいならいいけど。でも、好きな子だったならやめた方がいいんじゃない」

「なんでさ?」


 不思議そうに兵真が返すとムツミは溜息を吐いた。


「知らないの? あなたの前にわたしを買った変態にさんざん遊ばれてるの。……あの変態の舌が這ってない所なんてどこにもないような汚れた女に、そんな人の名前を付けてもいいの?」

「うーん、俺はあんまりそういうの気にしないかな。別にいいよ」


 平然とそう言ってのけた兵真に、ムツミは一瞬目を丸くする。


「……本気で言ってる?」

「うん。まあ付けられた本物の六実は嫌かもしれないけど、俺としては君の事はムツミって呼びたいかな」


 ムツミの過去の話はそれとなく奴隷商から聞いていたので兵真に驚きはなかった。というか、聞いていても驚きはしなかっただろう。

 兵真にとってはそんな些末な事よりも昔恋していた六実によく似ている、そちらの方が重要なのだ。


「……もしかして、自分の愛する人が名も知らない男に犯されるのが好きとかそういう人?」

「まさか。俺は好きな子にかわいい服着て幸せそうに笑っててほしいだけの人だよ」


 そう、兵真はただ恋した人と同じ姿をした少女に、笑顔を見せて欲しいだけなのだ。

 檻の中で未来を悲観するようにただ下を見ていたその姿が、我慢ならなかったのだ。


「……そう。でもわたし、笑い方なんてもう忘れちゃったし、無理じゃないかな」

「心配しなくっていい。俺がムツミの事幸せにして、自然に笑えるようにしてみせるから!」

「幸せに、って……。わたしあなたの事好きになったりとか、多分しないと思うけど」

「ははは、まあ今はそんな感じでいいや。好きな子の好感度いきなりマックスからなんて楽しくないもんな! ちょっとずつ俺に惚れていってくれ!」


 兵真の物言いに呆れたような表情をムツミは見せる。兵真はそれには気付かぬ様子で前を向く。


「それじゃあさし当たってはかわいい服を買いに行こうか! いつまでもその格好じゃ風邪ひいちゃうもんな!」

「好きにして。わたしはもうあなた……ヘイムに買われたんだし、何も文句は言わないから」

「いや兵……ま、いいや」


 訂正しようかと兵真は続けようとしたが、この世界では自分の名前は呼びにくいと言われていたのを思い出し、やめた。そして響きがカッコいい気がしたのでこの世界ではもうヘイムで通す事に決めた。

 ムツミにどんな服を着せようかと妄想しながら、兵真はムツミと並んで歩いていった。



 それから数時間後、兵真はリンフレッド達とスタールの入口付近の宿屋で合流した。

 今はロビーの空いているテーブルに座り雑談を始めたところだ。


「よぉリン。そっちのおねーさんが俺達の仲間か?」

「おうともヘイム。そっちの方は……ガッツリ趣味に走ってるな。俺も人の事は言えねーけど」


 リンフレッドの横の席に腰掛けているのは、見れば一目で魔法使いとわかる形の赤い帽子と赤い服を着た黒髪ロングヘアーの眠そうな目をした女性だった。

 兵真はあれから長い時間をかけて服屋を物色して回った。その結果あまり戦闘に役に立ちそうにない、兵真の趣味に傾倒した服をムツミに与えた。


「いいだろう、メイド服! この白と黒の調和したこの衣装、俺は最高だと思うね!」

「ヘイム……!」


 リンフレッドは兵真の手を取り、がっしりと両手で握る。兵真も、リンフレッドの手をしっかりと握り返した。


「お前、お前最高だよ……!!」

「お前もだよ、リン! いいよな年上のお姉さん!」

「ああ、いいよな年上! 俺らの知らないような事を是非とも一から教えていってもらいてぇよな!!」

「アホくさい……」


 ムツミは二人の馬鹿馬鹿しい会話に疲れてテーブルに突っ伏した。

 ちなみに、ムツミに着けられていた鎖は既に外されている。服を着せる際に邪魔だったので外し、そのまま捨ててしまった。


「兄さん方。友情を確かめ合ってる所悪いんだけど、そろそろ自己紹介とかしてもいいかしら」


 片手を挙げて、全体的に赤い女性が口を開いた。そう言われて二人はまだ自己紹介もしていなかったと思い出す。


「ああっそうだったな! ごめんごめん俺達だけで盛り上がっちゃって。……じゃあ最初に、俺の名前は尖崎兵真。勇者だ!」

「……自分から進んで女の奴隷を買いに行くような奴が勇者を名乗るって、わたしはどうかと思う」

「あはは、ムツミは痛いトコ突いてくるな……。ああそれでこいつはムツミな」


 ムツミにツッコミを入れられついでに兵真はムツミの紹介もする。

 別に兵真はマゾヒストだとかではないのだがムツミが度々発する毒舌はなぜか心地よく感じられた。別にマゾヒストだとかではないが。

 まあ好きな人からは何をされても喜べると言うし、好きだった人とよく似ているムツミにも何も言われても嬉しいというだけだろう。重ねて言うが決して兵真がマゾという事ではない。


「……趣味に走ってるんだな、ヘイム。……えっと、俺はリンフレッドって名前で、この近くの村に住んでたんだけどヘイムが勇者だって聞いて、その旅について行く事にしたんだ」


 まあ、はたから見ればそういう趣味があるのだろうと思われてしまうのだが、兵真はそこには気付いていない。

 リンフレッドが自己紹介を終えると、テーブルの下で眠っていたナナフサが飛び出してきた。


「ウォン!」

「で、こいつはナナフサ。エメット・ウルフ、だっけ? そういう狼で、俺の最初の仲間、かな」


 両前足を兵真の膝の上に乗せて期待するように見つめてきたので兵真はナナフサの頭を撫でてやると、嬉しそうな声を漏らし出した。


「へぇ。エメット・ウルフをそこまで手懐けられるなんて、勇者っていうのも嘘じゃなさそうねぇ」


 赤い女性が関心するように兵真の方へ身を乗り出してくる。そうされるとよくわかったのだが、意外と胸が大きいようだ。兵真は思わずおぉ、と声を漏らした。

 無意識の内に手が伸びそうになる直前で赤い女性は体を引っ込め、忘れていたと我に返る。


「ああごめんね、自己紹介まだだったわ。アタシはレイニー・レッドレイン。見ての通りの魔法使い、ブラストマジックの専門家だよ。レイニーって呼んでね」

「ブラストマジック?」


 レイニーの外見から魔法使いなのはわかっていたが、兵真には聞き慣れない言葉が出てきた。ブラストマジックとはなんだろう。その疑問にレイニーはすぐに答えた。


「あら知らない? ブラストマジックって言うのはまあ、わかりやすく言うと衝撃波の魔法だよ。生物とかの標的に直接攻撃したりはできないんだけど周囲の空間とか物とかをものすごい力で破裂させて、その破片とか衝撃で攻撃する魔法の事だよ」

「へえーすっごい強そう! レッドレインって名字もカッコイイし、もしかしてめちゃくちゃ高名な魔法使いだったりするんですか!?」

「いやぁ高名なんてほどのモンじゃないのよ。あとレッドレインってのは名字じゃなくてあだ名ね」

「あだ名……? ああなんか昔の偉業とかを称えられてそう呼ばれるようになったとかそういうカッコいいやつですか! いいっすねそういうの!」


 レイニーの話を聞き兵真は思わず椅子から立ち上がった。あだ名、つまり二つ名と言い換えてもいいだろう。

 兵真はそういうのも大好きだ。闇の吐息とか、月に吠える者とか、そういう類のカッコいい二つ名を持つレイニーにワクワクし始める。

 しかし、レイニーはそんな兵真の期待には首を振る。


「うんにゃそういうんでもないよ。ブラストマジックって威力は高いんだけど細かい標的の指定って難しくってさ。前に組んでた仲間の近くの岩場を破裂させちゃって、もう仲間たちにグッサグサいっちゃったのよ。そん時の様子が赤い雨が降ったみたいだってんで、レッドレイン」

「…………」

「いやーそれ以来長い事一緒に組んでくれるって人いなくってさー。君らの目的とかよく知らないんだけど、お姉さん嬉しいからどこまでもついてっちゃうよー」


 そう言うとレイニーは子供っぽい笑みを見せた。兵真は静かに椅子に座り、リンフレッドを見る。


「……」

「そ、そんな目で見るなよヘイム……。だってさ、こんなお姉さんが一人で寂しそうな表情してたらさ、手を差し伸べたくなるのがさ、オトコってもんだと思うのさ」

「いや、俺も似たようなもんだし、文句言ったりはしないさ、リン」


 味方を殺しかねない魔法だと本人の口から言われた時はリンフレッドに一言物申すべきかと思った兵真だったが、リンフレッドの話を聞いて何も言えなくなってしまった。

 まあそもそも兵真自身も戦闘に役に立たないだろう奴隷を買ったのだし、あまり一方的にリンフレッドを責めたりはできまい。


「あのレイニーさん、あんまり無理してブラストマジックを使わなくてもいいんで、何か他の魔法で援護とかを……」

「いやあだからさ、アタシブラストマジックしか使えないのよ。そんなに怖がらなくっても巻き込まないように気を付けるってば」

「じゃ、じゃあ攻撃範囲に誰か仲間がいる時は使用を控えてもらってもいいですかね……」

「うんー、できる限りみんなにあたらなさそうな位置から使うねー」

「あれーもしかして話聞いてない?」

「聞いてるよ~」


 レイニーの受け答えにとにかく不安になっていく兵真だったが、まあよほどのサイコな性格でもない限り同じ失敗は繰り返さないだろうとレイニーの事を信じてみる事にした。


「キューン……」

「前衛の俺達が聞いてると、なんか洒落にならねぇな……。ごめんな、兵真。俺が年上お姉さんに弱いばっかりに……」


 それを聞いていたナナフサとリンフレッドは、魔物ではなく味方の誤射で命を落とす事がないよう祈る事しかできなかった。


「…………」


 ムツミは兵真たちの横でテーブルに突っ伏したまま小さな寝息を立てていた。

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