第四十三話 終わりと、そして――
最後の戦いが終わり、暗い沈黙だけが支配していた室内に突如、音が生まれる。
兵真達の勝利を祝うように、賞賛するように手を叩く音。しかしそれは兵真のものでなければ、その仲間のものでもない。魔王を打ち倒した彼らのいずれも、決して祝賀のムードにはなっていない。
正体を知るべく一斉に拍手の音の方へ向くと、そこに立っていたのは。
「いやあ、おめでとう兵真! お前はついに魔王を倒し、この世界に平和を取り戻すのに成功した! やったな!」
「お前……」
そこにいたのは一人の男。顔を隠しており仲間達にはその正体に検討もつかないが、兵真にだけは誰なのかわかる。
「お前今までどこにいやがった!? 俺をこの世界に連れてきて、今の今まで完全に放置しやがって! 今まで何してたんだ!!」
「ハハハ、そう怒るなって。ちゃんとお前らの活躍は見てたからさ」
「はぁ!? ならお前はずっと俺達をただただ見てただけなのか!? お前が俺をこの世界に呼んだんだからもっと手助けとかもできたんじゃないのかよ!!」
兵真をこの異世界へと導いた張本人。ローブとフードで全身を隠すように覆った男はもの凄い剣幕でまくしたてる兵真を気にせずへらへらと笑っている。
それどころか、更なる爆弾を投下し、むしろより怒り狂わせようとさえしてみせる。
「もちろん。俺は観客だからな。最低限の道案内はするが、そこから先は基本見るだけだ」
「観客……? ど、どういう意味だよ?」
兵真がこの男と初めて出会った時は異世界を救って欲しいと言っていた。その発言からするに特別な力を持った召喚術士か何かだと兵真は思っていたのだが、自身を観客と呼ぶ物言いに引っかかる。
引っかかるのは男にだけではなかった。これまでの旅の中で、何か、おかしな部分があった。今それが唐突に兵真の心を掴んで離さない。
兵真が違和感に囚われる中、お構い無しに男は続ける。
「どうも何も無い。俺はただ一つの劇場を用意して、そこに一人の配役を呼び、そいつの繰り広げる全編アドリブの劇を見て楽しんでただけだからな」
「え……わ、わかんねぇって。何の例え話だよ、難しくってよくわかんねぇよ」
「例え話じゃねえよ。全部そのまんまだ。もう大体わかってるだろ? その劇のラストシーンも含めてさ」
「な、何のことだよ……」
「お前もまた劇の一人の主人公だったってコトだよ。魔王を倒し世界を救った勇者は異世界で築いた仲間と共に元の世界へと戻っていきました、めでたしめでたしでこの劇は終わりなんだ」
「あ……ああ、そういう、ことか」
男の言いたいことはいまいち理解できなかったが、最後の言葉でつまり俺はコイツに踊らされていたわけだな、と兵真は納得した。
「そういえばそうだったよな。俺が魔王を倒したらこの世界で手に入れたもの全部持って元の世界に帰れるって言ってたよな」
「ああ。これでようやく折り返し地点まで来られたな、おめでとう。残り半分だ」
「……? 魔王を倒したんだから、全部終わりじゃないのか?」
言い間違いだろうか。兵真は首を傾げて半分という所に疑問を抱く。
どういうことだろう。勇者が魔王を倒して全部ではなく半分、というのは。
そして、その疑問にはすぐに答えられた。
「いやいや、もう言わなくっても分かるだろ? ほら、まだ半分だろ」
男はある人物を指差した。
そこにいたのは。そこに、倒れていたのは――
「ヘイム、下がれッ!!」
「こいつはわたし達が殺すわッ!」
リンフレッドが、ムツミが、レイニーが、ナナフサが兵真の前に立ち、男との間に割り行った。
「おー、いきなり殺すと来たか。ま是非とも試してくれ。神であるこの俺を殺せるくらいに強くなったのかはちょっと気になるからな」
仲間達は魔王と戦っていた時が比べ物にならないほどの殺気を放って男と対峙している。
それを受けてなお、男の声からは緊張感など欠片も感じられない。それどころか神を自称すらしてみせる。
挑発に乗ったのか、この男を殺さなくては兵真が危ないと感じたのか仲間は一斉に男へ襲い掛かる。
男は、その全てをノーガードで受けた。
リンフレッドの拳が、ムツミの光の槍が、レイニーのブラストマジックが、ナナフサの兵真よりも鋭い剣技、その全てが今まで以上の全力の一撃であったが、男はびくともしない。
「なッ……!?」
「……パンチはちょっとビビッたけど、まあ全部俺を殺せるほどでもなさそうだな。本気で俺を殺したいならこの星ごと蒸発させるくらいの火力でもって挑まないとだぜ」
男はリンフレッドとナナフサを払いのけて兵真へと向かって進む。両者とも進ませてなるものかと渾身の力で抑え込もうとしたが、虫をはたくように容易に突破されてしまう。
「ッ! やばい、ムツミ! レイニーさん! ヘイムを連れて逃げてくれッ!!」
リンフレッドの叫びに二人は応える。今も状況がよく理解できないのか困惑気味の兵真の手を取り、走って扉を目指す。
男は走らない。逃がさない自信があるのか捕まえる気自体ないのかゆっくりと歩いている。
真意は不明だが、逃げられるならば逃げるしかない。三人はもう扉のすぐ目の前まで来ていた。
だが、それ以上は進めなかった。
そこには、今もまだ後ろでゆっくり歩いているはずの男がいたのだ。
「う、嘘、でしょ……? どうやって……?」
「いやいや、嘘じゃない」
「そう、俺の言う通り。俺って嘘はあんまり好きじゃないんだよね」
前と後ろから、同じ声がする。
三人が振り返ると、そこには扉の前に立っていたのと同じ男がいた。
前後を、同じ人物に挟まれているのだ。
「っ、これこそ嘘でしょ」
「ハハハ、そんな驚くなって。神様になったんだから体を分けるくらい簡単にできるだろ。前からできたけど」
後ろに立っていた男が回りこみ、前の男に近付くと吸い込まれるそうにして一つになった。
それを目撃して理解した。神とは自称ではなく真実なのだと。
「まあそんなに逃げたりするなって。なにも俺がお前らを殺そうってんじゃないんだしさ」
「嘘吐き。直接殺さないってだけでしょ」
「おお、お前は分かったか。だが俺は殺さない。嘘は言ってないだろ」
屁理屈を返すと男はまあその話はどうでもいい、と本題に戻った。
「そろそろ抵抗も無駄だって分かってくれたことだろう。そんなわけでお前らはこの尖崎兵真のいた世界に行ってもらう。今回はシナリオの用意された役だからな、大分楽だと思うぞ」
「楽にしてやろうって言いたいのかしら。悪趣味だことね」
「おっ、上手い事言うなぁ!」
男は楽しそうに笑う。そして、それとは正反対に兵真達の心は沈んでいく。
シナリオの用意された役。それは男の話を聞くにきっとこの世界にもいた。そして、それが当てはまりそうな役の心当たりなど一つしかない。
「まあそうは言っても自由がないわけじゃあない。基本的には世界を破壊するようになる洗脳の魔法を使わせてもらうが完全に自我を奪うわけじゃないからな。ある程度の自由はある」
「……つまり、お前が劇とやらを楽しむために俺達に死ねって、言いたいんだな」
楽しそうに言う男の話を遮り、兵真が口を開く。
その声は、怒りに震えていた。兵真達を人とも思わないような話の数々、それらを理解し、そしてとうとう我慢の限界が来たのだ。
「端的に言えばそうだな。まー人の一生なんざ元々短いんだ。それが多少縮んだ所で大差ないない。むしろドラマチックな一生を送れるんだから、その代償ってことにでもしておいてくれ」
「ふざっけんじゃねぇぞテメェ!!! 誰がそんな下らねぇもんに協力するかってんだッ!!」
二人に握られていた手を振り解き、鞘から剣を引き抜いて男に突きつける。
敵う相手かどうかなど関係なかった。兵真は、この男の思い通りになどなる気はない。
「だよなあ。俺も毎っ回言われるよそれ。そんで、毎回その想いを曲げさせて来た」
「知ったことじゃねえな! だったら俺が例外になってやるッ!!」
「そうか。なれるといいな」
男はうんざりとした様子で話を切り上げた。そして兵真に手を向ける。
「お前がどう言おうと最終的にはこの魔法で悪役になってもらう予定だったんだがな。まあ、神の魔法だけあって人間相手じゃどう頑張ったって抗えないだろうが、例外とやら目指して精一杯抵抗してみせてくれ」
「ああ、それとその魔法に耐えられたら俺達を操ろうだなんてやめてもらうからな」
「ハハハ。おうとももちろん考えてやるさ」
乾いた笑いを男は返す。できるわけがない、とそう言われたような気がした。
だが、兵真には関係ない。この男が本当に神で、人の命を使って人形遊びをするような存在であろうと、どうだっていい。
ただ、負けてはいけないと思っただけだ。この男にだけは絶対に。
それだけの想いだが、剣を握る手に力がこもる。神の魔法とやらが相手らしいが、今なら簡単に打ち負かせる気さえする。
そうだ、たかが魔法になんか負けるはずがない。そう考え始めた兵真にはもはや勝利しか見えていない。
さあ来い。洗脳の魔法程度、いとも容易く打ち消してみせる。




