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無限の異世界救世譚  作者: カイロ


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第四十話 決着! 四天王フレーシス

 闇が迫る。人間の手の形をしたそれがムツミを握り潰し、塗り潰さんと一直線に。

 そして、闇は掻き消える。閃光となって走り抜ける光の槍が貫き、二つの魔法が世界から消える。

 十などとうに超え、五十、百、千にも届かん数の魔法と消滅が繰り返され、今なお二人は無傷である。

 フレーシスの放つ闇の手はムツミの光の槍で消すことができる。しかし、その一つでも逃しムツミの体を掴まれれば、肉は千切れ、骨を砕かれるのは必至。そしてその痛みに悶え集中が切れた瞬間、光の槍はその形を失い消える。

 ゆえに肉を切らせて、などとはいかない。肉を穿たれればその瞬間、ムツミは武器を失うのだ。フレーシスの骨どころかそのまま自分の骨の髄まで砕かれることだろう。

 だから攻勢には出られない。闇の手を消す分には不利とはならない。今のムツミは、ただ身を守ることに専念し耐えるのみ。


「どうしたのムツミッ! 攻めてこないの!? そんな調子で一体いつまで持つのかしらねッ!!」

「さあね、ホント一体いつまで持つのやら」


 フレーシスの言葉を受けてムツミは考える。たしかに、いつまで耐え続けられるのだろうかと。

 魔法とて永遠に撃ち続けられるわけではない。体力と同じように魔力には限界がある。

 永久に光の槍で迎撃し続けるのは無理だ。いずれ限界を迎え、魔力切れの瞬間に抉り殺され死を迎えるだろう。

 だからムツミは自身の魔力が切れる前に決着を付けねばならないが、フレーシスもそれを許さぬと闇の手を矢継ぎ早に打ち出してくる。

 本当に、この魔力の限界がいつ訪れるのか。今のムツミには、それだけが気がかりだ。


「ッ……!!」


 考え事に耽り過ぎた。気付けば肩と触れ合う距離まで闇の手が来ていた。

 光の槍では間に合わない。ムツミはとにかく気合の二文字でかわす。

 肉は抉り取られなかったが、衣服が破り取られ、素肌が露わになる。


「ああっ残念、もうちょっとで二度と右腕が動かせなくなったのにっ」


 ムツミは呆然とする。ほんの数秒時が止まったかのように静止したかと思うと、恐る恐る破られた箇所に手を伸ばす。そしてそこにあるべき布が破り取られたことを認識した。

 理解した瞬間、ムツミの中で何かが弾けた。


「……なんでか知らないけど、首が吹っ飛ばされた方がマシって感じの致命傷を負わされた気分だわ」

「へえ、それは不思議ね。もしかしてお気に入りの服だったりしたのかしら」

「気に入ってたかどうかは知らないけど、これを買ってくれたのがヘイムだったってのは覚えてるのよね」


 そして頭よりも先に体が動いた。ムツミは光の槍をフレーシスへ向けて放つ。

 今まで特に何とも思わず兵真に着せられていた服だった。だがどうしてかこれを傷付けられてムツミには我慢ができなかったのかもしれない。


「それは素直にごめんなさいだわ! でも、ざんねーん!」


 闇の腕が一本、フレーシスを守るように伸びた。


「あんたが消して守れるのと同じく、私も一緒のことができるのよね! 忘れちゃってたかしらッ! 効かないわ!」

「そうよね、消えるわ」

「なんだ、わかってたくせに」


 なんでそんなことを、そう続けるつもりだったフレーシスの言葉は続かなかった。

 言葉通りに、闇の手は光の槍との対消滅で消えた。

 しかし不思議なことに、フレーシスが抱いた人形の頭部を貫き、そのまま自身の腹部に突き刺さる光の槍を見て困惑する。


「え、どうして」


 フレーシスは驚愕に身を震わせるが、致命傷ではないらしく倒れはしない。槍は人形が受け止め、内臓までは至っていないようだ。


「簡単な話でしょ。二発撃っただけだもの」


 理解できていない様子だったのでムツミは種明かしをする。と言ってもただ単に、一本の槍に見えるようにして連ねて放っただけだが。

 ムツミの思惑通りに前方の槍が闇の手を消滅させ、残る後者がフレーシスに突き刺さっただけだ。

 一回使えるだけの不意打ちなので教えてしまった。どうせ言わずともすぐに気付いて対策されるだろうし変わりはしないだろうと。

 槍が消え、人形と衣服を血で滲ませ始めたフレーシスは俯いて震えている。


「ま、良かったわね。できればそのまま死んでくれたら助かったけど、その人形のおかげで命拾いして」

「この人形は……」


 震える声で呟き始めたフレーシスに、ムツミはよからぬものを感じる。


「この人形は……ルシールがはじめて私にくれたの……正直不細工で不出来で触ってると所々チクチクしてあとで痒くなるけど私のなにより大事な……ルシールからもらったプレゼント」

「そ、そっか。ま、その、あんたもわたしの服破ったし、この話は互いに痛み分けということにしましょう」

「するワケ無いでしょッ!!! もう絶対に許さない。人の形のまま死なせてやろうと思ってたけどもうそんな慈悲なんかやらない。お前をミンチにしてヘイマの死体に口とケツから詰めて焼いてやるからな」


 怒号と共にフレーシスの闇の手が再び襲い来る。

 今までよりも一回り大きさを増したようにも見えるそれにも臆せずムツミは光の槍を放つ。


「ッ!」


 が、消えない。いや、消えはしたが残っている。巨大な腕の中からそれより小さな腕が現れ変わらず迫る。

 一瞬驚きはしたもののムツミはもう一つ槍を放ってその腕も消す。

 失敗したかな、とムツミは小さく舌打ちをした。


「あんたも、そういうことできたんだ」

「ふふっ当たり前でしょう? お前にできて私にできないわけがないのよ」

「……その自身は一体どっから来るのかしらね」

「決まっているでしょ、私達が似たもの同士だからよ」


 激怒したかと思えばフレーシスは平静に戻ったかのように話し始める。浮き沈みの激しいことだ、とムツミは思ったがそれと同等かそれ以上に激しく襲う闇の手の対処に追われ、あまり深くは考えられない。


「似たもの同士って言っても姿形の話じゃないからね。背丈もそれ以外の色々な場所も違うから。なんて言うのかしら、在りかた?」


 聞いてない。というかそんな余裕はない。

 フレーシスは子猫でも撫でながら話しているかのような語調だが、その間にも四方八方から闇がムツミを飲み込まんと暴れ狂っているのだから。

 それを分かってのことかそうでないのか、フレーシスはお構い無しに更に続ける。


「この話はしたかしら。私もルシールに助けられてすぐの頃はちょっとだけ彼を嫌悪してたの。でもね、私がそういう素振りを見せてもそんなの知ったこっちゃないって私にいろいろしてくれて、ちょっと暑苦しいなって思ったけど、それが少しずつ嬉しくなってきたの」


 優しい想い出が語られていく。そしてそれに反比例するかのごとくムツミを襲う闇の深さもまた増していく。

 光の槍を撃ち出す数と速度を上げて対抗するが、どこまで耐えられるか。


「たくさん危ない事をしてきたわ。とんでもない怪物を殺したり、どうしようもないような悪だったけど人を殺したりもしたし、殺されそうになったりもした。でもね、その度にいつもルシールが助けてくれたの。きっとムツミにもそういう経験があったよね。だから、私達は似たもの同士。だから」


 闇が更に深くなる。もはやそれは手ではなく、暗黒の海に呑まれたかのようだ。


「だからね、だからだから、私とっても悲しいの。ムツミもきっとこれからヘイマともっともっと仲良くなるはずなのに私に殺されちゃうからそうはならないんだもの。これから先に楽しいことがいっぱい待ってるはずなのに、ここで終わりなんだもの。悲しくて悲しくて、だからこそ、楽しいの」


 更に更に闇が深くなる。海底の更に底の底、ムツミを押し潰すために最後の攻勢をかけてくる。


「…………ッ!!」


 全方向に光の槍を飛ばす。もはやどこに撃ってもどれかには当たるほど周囲は埋め尽くされているが、それでも狙いは定める。

 一つでもミスすれば即ムツミは死ぬ。退路がどこにもない以上、全てを相殺しきって完全に防ぎきるしかないのだ。


「あれあれ、まだ生きてるの? 頑張るわね。でもその頑張りもいったいいつまで持つのかな!?」

「……そうよね、本当に。本当に、いつまで持つのかしらね」

「ふふふっ、さっきも言ってたわね、それ! どれだけ耐えられたところで私に敵いっこないのに……ッ!?」


 ただ耐えることしかできないムツミを見てフレーシスは勝利を確信したのか、笑う。

 だが、それは即刻凍りつき、言葉が詰まる。

 ムツミを取り囲んでいたはずの闇の手が、一つ残らず消えてしまったのだ。


「ッ!? な、なんでッ!? なんで出ないのッ!?」


 フレーシスはうろたえる。絶対の包囲が完成したはずなのに。もうすぐアイツを押し潰せたはずなのに。

 どんな手を使ったのかムツミは闇に包まれた中から無事なままで現れた。そして、フレーシスにはわからなかった。

 包囲が破られたならまた囲い直せばいいだけなのに、どうして闇の手が出ないのか。どうして、魔法が使えないのかが。


「……よかった。あんたもわたしと同じように魔力の限界があるとわかって」


 人形を破壊した途端明らかに魔法の威力が上がっていた。威力が上がれば当然魔力も大きく消費するのだから、それだけ底を突くのもまた早まる。

 途中フレーシスの魔力は無限なのではと不安に駆られもしたが、結果的にはムツミとまた同じく魔力に限界があるのだと分かり、安堵した。

 自分から攻めにいけない都合上ムツミが取れる戦法は、その場で思いついた限りではこれだけだった。


「正直どっちの魔力が先に尽きるかは運任せだったんだけど、あんたの方から出力を上げて貰えて助かったわ。わたしはなんでか威力を上げなくてもそっちの魔法を相殺できたし。やっぱり光だから闇相手には強いってことなのかな」

「……うるさい。どっちが強いかなんてどうだっていい。お前の方が強くたって、絶対にお前は死なせてやるんだから」


 魔法が使えなくなったフレーシスだが、その言葉から戦意は未だ消えていない。むしろより増しているようにすらムツミには聞こえた。

 武器を隠し持っているのかとも思ったが、そんな様子も無い。両手で人形を抱き締めて、ただムツミを睨み続けているだけだ。


「その様子じゃあ魔法以外に武器無いんでしょ、あんた。ならもうやめようよ、わたしもあんたの境遇を少しは知ってるし、命を奪ったりしたくない。……できれば、友達とかになりたいなって思うの」

「そうね、私達はきっと気が合うわ。でも駄目。私にはルシールが一番大事だし、仮に友達になってもルシールの所へ行くって言うなら、殺すわ」

「……そう、つまりどうあってもわたし達とは敵対するってことね」

「そうよ。魔法が使えるようになったら絶対にまたムツミを、その仲間を殺しにいくわ。それが嫌なら、私を殺していきなさい」

「…………そこまで言われたら、仕方がないわね」


 ムツミが近付いていく。

 そしてそれからフレーシスは決して目を逸らさない。ただ自分の眼前で止まった彼女を睨み続ける。

 逃げはしない。格好悪いから。死ぬ時は潔く死ぬとも決めていたから、抵抗もしない。

 それでもやはり怖いのか、人形を抱く手は微かに震えている。

 そして、ムツミがフレーシスへと手を向け――。


「そこまで言うなら仕方ないわ。友達になりましょう」

「……?」


 向けられた手は、いつの間にかフレーシスの手を取っていた。

 そして同じく向けられた言葉の意味を理解できず、フレーシスは止まった。


「魔法が使えるようになったんならわたし達の敵になるんでしょ? だったらそれまでは、今だけはわたし達は友達。ね。後で気が変わったら、その後もずっと友達でいましょう」

「なにそれ。本気でいってるの?」

「うん。あんたの言う通り、わたし達って似てる気がするのよね。だから殺したくないし、でもわたしの仲間も殺されたくない。だから、友達になって欲しいの」

「友達になって、私にどうしてほしいって言うのよ」

「何もしなくっていいの。ただこれからわたしの仲間がここを通ると思うから、それは友達として素通りさせてあげて。それで魔力が元に戻ったら、その後は好きにしていいから」

「……それ、私に何の得があるの」

「……困ったわね。言われてみたら何も特が無いわね。どうしよう」


 ムツミにはフレーシスが殺せない。今言ったように自分と似ている気がするからどちらかと言うと幸せになってほしいとも思っている。

 しかし放ってもおけないのでどうにか結論を先延ばしにできないかと思い提案したが、ただただ自身に都合のいいだけの話だ。

 何か美味いことを言って誤魔化せないかと唸りはじめると、なぜかフレーシスが笑う。


「ふふっ、確かに似てるわね、私達。……いいわ。ムツミの提案に乗ってあげる。先に行っていいわ」

「いいの? 何の得も無いって先に言ったのはあんたなのに」

「あんたなんて呼ばないでよ。私達、お友達でしょ?」


 質問には結局答えなかったが、フレーシスに言われてムツミはそうだった、と訂正し、


「うん。それじゃあフレーシス、また会う時まで、わたし達は友達だからね」

「ええムツミ。また会う時までね」


 そう言って扉の向こうに消えていくムツミをフレーシスは微笑みを浮かべ、優しく手を振って見送る。

 そして扉が閉まると、すぐに手を下ろし、その顔の微笑もまた消え去った。


「……なんてね。こんなの、嘘に決まってるでしょ」


 フレーシスは一人呟く。そう、ムツミとの約束を守るようなつもりなど、はなから無かったのだ。


「私ちゃんと言ったのに。一番大事なのはルシールだって。例えどんな約束をしたって、そこだけは変わらない。そこから先へ行ったんだから、もうムツミは私の敵」


 実のところ、すでにフレーシスには魔力が戻り始めている。次に誰が来るかは知らないが、不意打ちで殺そうと思えば簡単にやれる程度には回復しているのだ。

 だが――


「ムツミは敵に変わった。……でも、あの人も変わってしまった」


 ぐしゃ。

 フレーシスは、闇の手で自らの胸を貫いた。


「どんな理由があっても、今のルシールはもう敵の味方をするなんて、許してくれないもんね」


 今なおその記憶に残る、変質してしまった一人の男との想い出を辿りながら、フレーシスはゆっくりと倒れていく。


「あ、そういえば私、ルシールの言う事聞かないくらいだったら死んだほうがましーなんて言ってたっけ。懐かしいなあ、まさか本当に実践するとは思わなかったなあ」


「……」


「……でも、やっぱり一人はやだな。ルシールも早く、いやそれは駄目かな。でも、やっぱり寂しいし」


 破れた人形を抱きながら、フレーシスは呟き続ける。

 しかし、それもいつまでも続きはしない。床に血が広がるに合わせて、意識もまた薄れてゆく。


「ムツミのいうとおりに、しておけば、よかったかな……」


 そして、目を閉じる。

 フレーシスはもう、それ以上、何も言わない。

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