第三十八話 決着! 四天王フロステール
ブラストマジックで破砕された瓦礫がフロステールを襲う。
そのいずれもが、生身で直撃すれば肉は弾け骨が砕ける威力でもって飛ぶ。
そして、その全てが魔導障壁の前にはじかれる。レイニーの言葉通り、一つたりとて届きはしない。
本当に隠し玉など存在しないという事実にフロステールは大きなため息を吐いた。
すでにレイニーの言葉より十数度、無意味な攻撃が繰り返されていたから。
「ねえ、コレ足止めのつもりだったりする?」
「あら? もしかして足止めになっていたりしたのかしら」
「……」
もしやこれは本人にとってはそうなのでは、そう思ってフロステールは聞くがレイニーはそんな効果があることを思いもしていなかったような反応を返す。
本当に、これではお遊びだ。川に石を投げ込んでいるのと変わりはない。
そしてフロステール一人の力では先に行った二人を阻む瓦礫の山は動かせない。無敵の壁は守ることはできても破壊することはできないのだ。
このままでは変化もない。このまま守り続けていれば負けることはないが、レイニーに援軍が現れる可能性もある。
それは止めるべきだ。フロステールは何もせずとも傷付くことはないものの、レイニーはその誰かを待っているのではないかと考えたからだ。
魔導障壁を展開したまま前に進む。
「ところで、さっきから気になっていたのだけど。魔導障壁の内側を爆発させたりはしないのかしら?」
「試さない訳ないでしょ。やってるのに位置がズレて外側しか爆破できないのよね」
「そう。つまり私がそれに怯える必要も無いワケね、安心したわ」
レイニーの目の前でフロステールは止まる。
「それと、あんたのその魔術って威力はスゴそうだけど、自分の近くを爆破させたらどうなるのかしら。瓦礫は自分には絶対に当たらずに私にだけ当たったりする?」
「……まさか。普通に術者も巻き添えになるから怖くてアタシの傍では発動させられないわ」
「そう。ならこの距離で障壁を解除しても攻撃される心配も無いワケね、安心したわ……」
言うと同時に、魔導障壁が消えた。
そしてフロステールはレイニーに零距離まで迫り、手甲でレイニーの横顔を殴りつける。
「がッ!」
「私は絶対の守り以外に特別な力なんてない。戦いだって今まではルシール達に任せっぱなしだったし。でも金属で殴られたら誰だって痛いわよね。痛いわ。痛くないはずがない。……そういうワケでアンタはこれで殴り殺させてもらうから」
「あ、あらあら……。かなり暴力的なのね……」
殴打を受けたレイニーはフロステールと距離を取る。即死したり気絶したりするほどではないが頬骨に残る痛みは幾度も受ければさすがに死の可能性は見えると訴えていた。
少しずつ距離を縮めようと迫るフロステールと逆に後ずさりしながらレイニーは思考する。どうすれば勝てるかを。
「そらッ! 止まってる暇なんてあげないわよッ!」
しかしフロステールはそれを妨害する。右腕の殴打で、レイニーの思考する余裕を奪う。
レイニーはそれを両腕でガードするが、これもそう長くは続けられない。地味ながらも強烈な打撃は、華奢な魔術師の腕が受けるにはあまりに驚異的だ。
このままでは、心と同時に腕が折れる。それはいけない。
だから、レイニーはガードを解いた。
「ぐっ、は……ッ!」
モロに腹部へ叩き付けられた衝撃のまま、レイニーの体は宙に浮き、大きく後方へ飛んで床へ沈む。
突如守りを解いて直撃を選んだことに困惑しつつ、フロステールは追尾する。
「おっと。あえてそのまま受け、私から離れてドカン、って考えかしら? でも残念だったわね。そうしなかったってことは思ったよりも飛べなかったのかしら」
「そう、ね……自爆をせずブラストマジックを使うには、近すぎたわね……」
レイニーは飛んだ。しかしそれはほんの数歩で埋まる程度の距離。これでブラストマジックを使えばレイニー自身にも致命的な威力の瓦礫が襲いかかっただろう。
仰向けに倒れたレイニーの視界にはすでにフロステールが入っている。
フロステールの言う通りの作戦ならば、失敗に終わったと言うほかない。
「本気で私をどうにかしたいってなら、自滅覚悟で突っ込むべきだったわね。それか、護身用の武器を持っておくべきだった」
「……そうね、そう、アナタの言う通り。そうするべき、だったわ」
「今になって後悔したって遅いわ。そのままじっとしてなさい。そしたらコイツで頭を叩き割って……ッ! 何を!?」
腕を振り上げたフロステールに、レイニーは素早く起き上がって抱きついた。両腕をしっかりと後ろまで回し、胸に顔を埋めて。
「なッ、何!? なんのつもり!? まさかあんたそっち系だったとか? それとも殴られて頭のおかしい趣味にでも目覚めたのッ!?」
いきなりの抱擁にフロステールは戸惑う。振り払おうとしても、がっちりとしがみつかれて離せない。
もしや殺し合いで不利と見るや快楽で攻めに来るのでは、とさえフロステールは思う。その場合でもこちらが殴り殺すのが先だろうが。
胸から顔を上げ、レイニーは暗い色を宿した目でフロステールに否定を返す。
「違うわ。アタシ、決めたのよ。覚悟ってやつを」
その目にぞくりとしたものを覚え、フロステールは下がる。
そして離れずにいたレイニーの手に止められ、それに違和感を抱く。
手ではない。何か硬いものが背中に当たっている。
「これならいける。これなら、アタシの手はどうなるか分からないけど、アンタの体が私を守るし、確実に当てられる。……だって、ここならあのバリアだって使えないでしょう」
「ッ! まさかッ!」
フロステールの背に当たるもの。それはおそらく、先刻レイニーがブラストマジックで爆破した床の一部。拳ほどのサイズのそれをレイニーは両手に握っているのだ。
魔導障壁は無敵だ。だがしかし、それは外からの攻撃に対して。ドーム状に張られるそれはあらゆる力から身を守り、絶対的な防御となって中の者を守るが、その内側からの攻撃には手を打てはしない。
つまり、今の状態のフロステールは。
「恐怖は今、克服したわ」
「まずいッ! 魔導障壁をッ!」
魔導障壁の内側へはブラストマジックが打ち込めない。それを聞き、見たフロステールは即魔導障壁を展開する。
だが、それは間に合わない。フロステールが気付いた時にはすでに、握られた二つの石が爆裂していた。
弾丸の如き無数の破片がフロステールの背を食い破り、これまた無数の穴を開ける。
レイニーの両手もまた爆裂により弾ける。かろうじて手の形を保っているが、少し動かせば簡単に千切れるだろう。
しかし、レイニーの体は無傷。盾にしたフロステールによって守られる。
「ガハッ! そ、そんな。魔導障壁が、打ち、破られ……」
抱いていたフロステールを離す。するとふらりと揺れ、仰向けに倒れた。そのまま、じわじわと血溜まりが生まれ始める。
「打ち破ってはないでしょ。アタシはただ無敵の守りの消えている時を狙っただけだもの」
「ああ、そうだったわね……。でも、参ったわ。これじゃあもう、ルシールを守ってあげられない……」
悔しそうに呟くフロステールの血は更に流れ出て行き、呼吸は徐々に弱弱しくなっていく。
「……ねえ、お願い。ルシールって、本当は悪い人じゃないの。だから……できれば、助けてあげて」
「…………ええ、努力は、してみるわ」
「うん、頼んだから、ね」
そう言い、フロステールは息を引き取った。
もう二度と起き上がることのない彼女から視線を外し、レイニーはため息を吐く。
「魔王がいい人だなんて事、あるのかしらね」
フロステールの最期の言葉だ。信じてやりたいし、できれば叶えてやりたいとも思ったが、どうしても信じきることができなかった。
悪い人ではないと言ってもそれはフロステールや他の四天王の面々に対してであってその他大勢にとっていい人ではないのではないだろうか。
それにリンフレッドの友を殺しているという話だし、何の罪も無い村を魔物に襲わせもした。やはり、レイニーにはいい人と思える要素は限りなく少ない。
なんにせよ兵真に追いつかねばと思い直し、レイニーは自ら塞いだ扉を再び爆破し、後を追う。




