第三十六話 決着! 四天王カイン・ロイネス・ガイスト
「おのれヘイマ……こんな卑劣な真似をして先へ進むとは……!」
カインの声は怒りに震えていた。兜で見えないが、きっとその顔もまた兵真への憎悪で歪んでいることだろう。
「……いや、構わないさ。君達なりに知恵を絞った結果なのだろう」
爆発するかと思われたカインの怒りだったが、突如フッと笑うと声は落ち着きを取り戻した。
「どちらにせよたかが犬一匹。一刀のもとに斬り捨て、すぐに追いついてみせようッ!」
言いながらカインはナナフサの脳天へと剣を振り下ろす。
しかしナナフサはそれを自らのくわえる剣で弾き、軌道をそらして回避した。
「なッ……!!」
カインは動揺した。相手は所詮犬。宣言通りに一撃で真っ二つにするつもりであった一撃が、いともたやすく防がれてしまったことに。
全霊の一撃、というほどのものではなかったが、獣相手であれば見えぬ速度の剣だったはずだというのに。
「……考えを、改める必要があるようだな」
ナナフサから一旦距離を取り、カインは姿勢を正す。
「貴様をただの獣と侮っていた非礼を詫びよう。……今からは、貴様に対し一人の人間の戦士として相対させてもらうッ!!」
カインの猛攻が始まった。
先程までの自らよりも劣る者を相手にするような侮りなどはそこにはない。
言葉通り、ナナフサを一匹の動物ではなく一人の人間の剣士として、その一閃一閃に全力を込めて屠りにかかる。
だが、その全てをナナフサは防ぐ。口にくわえた一本の剣でカインの一閃を弾き、逆に反撃の剣をカインの首へと走らせる。
当然ながらカインとて黙ってそれを受けるつもりはない。右手の盾で迫る致命の一撃を防ぐ。
「やるな。だがこれはどうだッ!」
盾で受けた、その下から剣を突き出す。
死角となっていた場所からの不意の攻撃。繰り出される神速の突きは、避けられはしまいと無言のうちにナナフサに問いかけているようでもある。
だが、その剣がナナフサを貫くことはなかった。神速を上回る速度でナナフサの剣に下から叩き上げられ、金属音と共にカインの手を離れ後方へと吹き飛ぶ。
「ッ!?」
驚愕でカインは目を見開く。刹那、自分の手から剣が離れたのを理解できず止まっていた。
そして同時にナナフサの剣閃が再び迫りつつあることを理解し、盾で防御しつつ後退する。
腕前は確かにそこらの戦士とは格が違う。しかし狙いが常に一点のみである以上は守りに徹するのは簡単だ。
ナナフサの力が以前よりも増していたことに少し関心だったカインだが、狙う場所はあの時と変わっていないことに同時に落胆した。
多少の知恵は回るようだが、やはり。そう思っていると視界の端に飛ばされた剣が映る。
ナナフサの猛攻をしのぎつつ、カインは剣を取り戻す。
「ぬぅん!」
カインのなぎ払いに、ナナフサは飛び退き距離を取った。
「……剣を手放してしまったのは少々私も焦った。油断していたよ。君を人間の戦士として見るのは、どうやらまだ君の実力を侮っていると思ってもいいのかもしれないな」
やれやれと首を振り、カインは剣を払い、姿勢を正しナナフサへ向き直る。
「しかし、それでもまだ君の剣は私には届かないぞッ! その単調なまでの一点狙いではッ! 決してッ!」
ナナフサが走った。そして剣を振り抜く。
カインの言葉に、狙いを変えはしない。狙うはこれまでと同じく。
「無駄だと言っているッ!!」
そしてまた同じくカインの盾がそれを防ぐ。ナナフサの剣はまた、これまでと同じ場所に叩き付けられる。
同じように同じ場所に吸い込まれた攻撃。だがその結果だけは、これまでとは違った。
「なッ……!? こ、これはッ!!」
カインの盾が砕けた。いや、割れたと言うのが正しいだろう。横一文字に割れたのだ。
そしてその傷跡は、ナナフサが打ち込んだ剣の閃きと一致している。
そう、まるで雨水が岩を穿つかのように、盾は割断された。
「ッ、馬鹿なッ! まさか、お前は、これを狙っていた、とでも……ッ!?」
カインは動揺している。もしや今までただ何も考えずに首だけを狙っていると思っていたのは間違いで、盾で防いだと思わせてその全ての剣撃を一点に集中させ、破壊するのが真の狙いだったのか、と。
いや、そんなはずがない。いくらなんでもそこまでは考え付くまい。カインは自らの推測を打ち切り事実と向き合う。
「だが、まだだッ! 我が盾が砕かれようとも、私はまだ折れはせんッ! これで勝ったなどとは思うなよッッ!」
盾が無くとも、問題はない。まだ自分には剣が残っている。そしていざとなれば自らの腕を盾とすれば良い。
防戦に回ってはいたが、カインは今度は自ら打って出る。空いた右腕を前に掲げ、ナナフサに剣を振り抜く。
「ぬああああああぁぁッ!!」
怒号と共に、今度は決して弾き飛ばされまいと強く握り締められた剣は、ナナフサの剣とぶつかり合う。
想像以上に強大だったナナフサの力に押し負け、カインは仰け反ったが、ナナフサもまた剣を振り抜いた姿勢で隙を見せている。
それを見たカインは倒れぬように踏ん張るのではなく、回転した。そしてそのままの勢いでナナフサの腹へ剣を突き入れる。
カインの咄嗟の行動をナナフサは防げなかった。反撃を試みようと剣は翻りカインの首を落とさんと迫るが、首を守る鎧を切り裂き、首筋に触れた所でピタリと止まった。
「……どうやら、私の勝ち、だったな」
勝利を宣言するカインの剣は、もはや柄しか見えていなかった。
カラン、と地面に金属が落ちる音が響いた。
「……ッ? いや、こ、これはッ!!」
勝利を確信したカインの言葉は、誰も肯定を返せなかった。
何故なら、カイン自身がそれを否定する驚愕を見せたのだ。
ナナフサの腹へと突き立てられた剣は、確かに柄しか見えない。
しかし、だとすればその反対側から刀身が突き出しているはず。だというのに、剣が生えているべき場所には何も無い。
そしてカイン自身の身にも不可思議な点が。
剣の落ちる音がした。だというのにカインの首筋には未だ鋼鉄の感触が残っているのだ。
目だけを動かし、見る。
そこには、今もなおナナフサの剣が当てられていた。
「馬鹿な……ッ! では、あの金属音の正体はッ!」
カインが違和感を抱くのはそれだけではない。自らの握る剣にさえそれはあった。
見ただけでは確かにナナフサの体を貫いたはずの剣。しかしそれは、肉を食い破る感触をカインの手に伝えては来なかった。
引き抜くように柄を戻せば、その答えがあった。
その先にあるべき刀身が存在していたかったのだ。
つまり、先程の地面に落ちた剣は、ナナフサのものでなく、そして。
「……そうか。そして、負けていたのは、私だった、ということか」
カラン、と音を立てる。カインの手から柄が離された。
「まさか盾のみならず剣まで砕かれていようとはな。これでは弁解のしようも無く、私は敗北を認めざるを得まい。さあ、私の首を落とすがいい」
ルシールの盾を、剣を、名乗っておきながらその両者を破壊されたのだ。命は残っていようとも、もはや死んだも同然。カインは観念し、目を閉じた。
だが、どれだけ待てどもカインに死は訪れない。それどころか、気付けば首に当てられていた剣の感触は消えていた。
目を開ければ、既にナナフサは剣をしまい、兵真達の進んで行った扉の方へと歩いていっている。
もはやカインには目もくれていない。
「……戦意を無くし、敗北を認めた私にトドメを刺さず先へ行くか。どうやら、やはり最後まで私は君を低く見ていたらしい」
よろよろと歩きながら、カインはナナフサへの評価を改め直す。
成長したのは力だけではなく、心もであったのだと。
カインはナナフサに対し自らと対等、否それ以上の存在だと心の中で評する。
「……さて、盾を砕かれ剣を折られ、挙句彼らを皆通してしまったとあってはもう、彼に合わせる顔もないな」
目的の物がある場所で、カインは足を止めた。
「すまないな、ルシール。私は、ここまでとさせてもらおう」
ナナフサに折られた剣の刀身。それを掴み、カインは切っ先を自らの胸へ向ける。
そして、一思いに押し込む。
「楽しかったよ、君との旅は」
今度は、間違いなく剣がその身を貫いた。




