第二十六話 宿屋にて
インキュバスを撃退した一行は、一度クリネラまで戻り宿を取っていた。
帰りの道中何があったかは詳しく言わないが、偶然それを目撃した二層のサキュバスは神に祈りを捧げ、ナナフサはずっと女性陣に媚を売るような声で腹を見せているという。
「それじゃあ次の階層に向けての作戦会議、始めましょうか」
「……」
「……」
そう言って自分の膝の上に半身を乗せて甘えるナナフサを撫でながら椅子に座るレイニーと、同じく椅子に座り苦虫を噛み潰したような顔でちらちらと男二人を見るムツミに対し、兵真とレインフレッドは床に正座していた。
別に強制されているとかではない。自分達の椅子も用意されているし、自主的に行っているだけだ。
押し黙りジッと床を見つめ、膝の上に乗せた手を振るわせるだけの二人にだんだんと空気が重くなるような錯覚を覚えたムツミは立ち上がり、二人の前まで行く。
「もう、ほら。反省はいいから、いい加減元に戻ろうよ」
幾度か肩を掴んで揺り動かすが、どちらも反応がない。
「……その、私達も流石に怒りすぎたって言うか。二人ともまだ何にもしてなかったわけだし、さっきのアレでおしおき終わりだしさ、もう全部済んだんだしとりあえず椅子に座ろうよ」
言いながら半ば強引にムツミは二人を席に着かせた。
すると、二人もようやくぽつりぽつりと口を開き始める。
「あの時のアレ、全部塞いだけどまだぽっかり空いてる気がする……」
「ああ、なんで繋がってるのか不思議だよな……」
「ご、ごめん。でもちゃんと治したし、許して……」
具体的に何の話かまではしないが、あの時の事を思い出すように語るのを見てムツミは頭を下げた。
もう気にしてはないよ、と手を振って返す二人は未だ気力に欠けるが、ムツミには少しずつ生気が戻り始めているように見えた。
「アタシも、最近ちゃんとした戦いが少なくって加減がわからなくなっちゃってたのよね……。ごめんねリンくん、まさかブラストマジックで吹き飛ばしたアレがあそこに全部当たっちゃうとは思わなくって……」
「いや、俺らも調子に乗っちゃってて、レイニーさん達の事とか考えてませんでした。ほんっと反省してます」
テーブルに手を付いて頭を下げるリンフレッドに続き、兵真も悪乗りしすぎた事を詫びると、ようやくいつもの雰囲気が一行に戻ってきた。
顔を見合わせ軽く笑ってそれを全員で確認すると、兵真が切り出す。
「さて、それじゃあ久々のちゃんとした戦いの話をしますか!」
兵真の言葉を合図に全員椅子に座り直して姿勢を正す。ナナフサもレイニーの膝から退いて引き締まった顔に戻る。それを確認して兵真は続きを話す。
去り際のインキュバスの言葉によれば、なんでも次の第四層には這う音が響き渡るほどの巨大な何かがいる、という話なのだ。
「……とまあそんな話だ。本当かどうかはわかんないけど、あの状況で嘘をつく理由も無いだろうし相当やばい何かがいるってのは確実だと思う」
頷きが帰ってくる。それから兵真は仲間の顔を見ていったが、誰も恐怖のようなものを浮かべてはいないのを確認して兵真も頷いた。
続けて、挑むべきかどうかを聞くつもりだったのだが、その必要は無さそうだと判断して話を進める。
「俺の予想だと多分かなり巨大な蛇とかトカゲみたいなヤツがいると思う。接近戦はかなりまずいタイプのやつ。だから、今回はレイニーさんとムツミに活躍してもらう事になりそうなんだけど、どうかな」
兵真が問いかけるとムツミは黙って頷き、レイニーもそうね、と軽く笑う。
「大きいって事は力もでしょうけど、当然的も大きいのよね。アタシの得意中の得意の相手よ、もちろんお任せあれよ」
「そう言ってくれると思ってましたよ。マジで期待してますんで!」
「ヘイム、わたしには?」
「もちろん期待してるって! みんな一緒に怪我しないで頑張ろうな!」
「……うん」
兵真の言葉を皆肯定し、作戦会議はとりあえず終了となった。
そもそもどんな相手がいるのか自体が不明瞭な以上あまり細かい事までは決められないのだが「予想通りデカいのが相手なら攻撃役は魔法が使える二人」という所だけは確定した。
そのまま解散し明日の朝まで自由行動を宣言した所で、ムツミが口を開く。
「それにしてもヘイム、そんなにわたしの裸が見たかったの? 前に見た事あるでしょ」
口から飛び出したのは爆弾だった。部屋を出て行こうとした二人と一匹の行動が止まりそれに合わせて兵真の思考も止まったが、すぐに動き出す。
「そ、そんな知らない人が聞いたら誤解するような事を……。あれはお前が売られてた時はほとんど裸みたいな格好だったってだけだろ」
兵真の弁解を聞き、固まっていた二人と一匹はつまらなさそうにため息を吐く。
「あー、そういうオチなのね。まあ良かったけど」
「俺が寝てる横で、とかじゃなくてホント良かったぜ。あービビッたビビッた」
そのままナナフサを連れて部屋の外へと出て行った。
「いや、でも見えたんでしょ? ならそんなに珍しくもないでしょ」
「確かに全部見えたけどさ、それとこれとは違うんだよ」
「どう違うのよ?」
「いやあの時は裸同然だったけど、今回はちゃんとした服を着てる状態だったわけだよ! しかも俺好みの! それを一枚一枚脱いでいくわけ! 恥じらいながら! あの時は操られてたから恥じらいは無かったけど! あれば俺はなお良かったよ! なくてももちろんグッド! そんでちょっとずつ露わになる肌の量が増えていって、徐々に裸になっていくんだよ! どう、分かる!? 俺のあの時の興奮とワクワクが!?」
「……」
熱いトークに、ムツミは犬のフンを踏みつけたような顔を見せて席を立ちドアへと向かった。
「あっ待ってゴメン語りすぎた! 気持ち悪かったよねゴメン謝るから嫌いにならないで!!」
「……別に、そんなので嫌いにはならないけど」
ムツミに見えていない事も気にせず土下座で謝る兵真に、ムツミは立ち止まってそう呟く。
「ゆ、許してくれるの……?」
「許すも何も、ヘイムの事もだいたい分かってきたし、このくらいじゃ何とも思わないよ。……ていうか、そんなに見たいならいつでも見せてあげるけど」
そのムツミの言葉を聞き逃さず、ヘイムはすぐさま反応した。
「えっ……それは違うよ。俺はただ裸が見たいんじゃなくて本当は見せたくないんだけどでも脱いじゃうのがいいんだよ見たいのねじゃあ見せるねはあっさりすぎるんだよねでもそうじゃくて本当はやりたくないでも見せなくちゃいけないって状況で恥じらいとためらいとの混じりあった葛藤の表情も含めて見たくてそれでね」
話の途中でドアを破壊せんばかりに爆音を響かせ閉じられた。
「あっごめんなさい調子に乗りすぎました本当にすみませんでした! 嫌いにならないで!!」
「……いや、だからこれくらいじゃ嫌いにはならないって言ってるのに」
涙ながらにドアにすがり付くと同時にわずかに隙間が開かれ、ムツミがそこから顔を覗かせる。
「言っておくけど、わたしだって見せるの恥ずかしくないわけじゃないからね? ヘイムがどうしても、って言うならわたしもそういうの我慢して頑張ってみるって意味だったんだから」
「そ、そうだったんだ……。ごめん、そんな勇気を無下にするような事言っちゃって……でも見せてくれるならやっぱ見たいです」
謝罪と要望の意味を込めて再び土下座をすると、「しょうがないなぁ」と呟くのが聞こえ、兵真は顔を上げる。
「そこまで言うなら、やっぱりダメ」
「ぜ、前後の文脈が繋がってないよ!? もしかして怒ってたりする!?」
「怒ってもないけど、条件を一個付け足す事にしたの」
「え、何、それ?」
その疑問に、ヘイムには簡単な事だと思うけど、と前置きし、
「ヘイム、魔王倒すのが目標なんだよね? じゃあ、それが終わったら、って事で。……そこまで待ってたら、見るだけで済まさなくても、いいよ」
「ママママママ、マジで!?」
「じゃあ、また明日!」
そのままムツミはドアから離れて走り去って行ってしまった。
その時、少しだけ悪戯っぽく笑っていたようにも見えた。
「……すげえ、すげえ事になっちまった、すげえよ、これすげえ事だよ……すげえスゴイよ、すげえ、すげえすげえ……」
ムツミの残した言葉が頭の中で何度も何度も反響し、兵真はしばらくの間壊れてしまった。
別の部屋で休むムツミとレイニーには合わなかったが、部屋に戻ってきたリンフレッドとナナフサは兵真の様子に少しの時間怯えたがすぐに気にならなくなりそのまま寝た。
それからしばらくしてようやく我を取り戻し、兵真は一人魔王討伐への意志をより強固なものにするのであった。




