第二十三話 氷河の迷宮 第二層②
何故かやたらと悲しみに暮れている二人は無視し、ムツミ達は魔物の方へと向く。
蝙蝠のような大きな羽を生やし、下着姿のような露出度の衣装を纏った人間の女性のような姿の魔物だ。
「……え、何、こんなのをあんたら恐れてたの?」
「こ、こんなの言うなムツミ!」
「そうだ! 俺はこの魔物の詳細を聞かされたとき本当にワクワクしたんだぞ! こんなの言うな!」
「……ワクワク?」
「あら、その口ぶりからするとそこの男の子達は私の種族の事、知ってくれてるのかしらぁ?」
魔物は蕩けるような顔でそう言ってリンフレッドと兵真を見る。が、すぐにその視線の間にムツミが割って入った。
「わたしは知らないのよね。アンタ、何なの? だいぶこの二人がワクワクとやらをしてたらしいのだけど」
「やっぱり。私の事知っててくれたんだぁ、嬉しいわぁ。……私はね、サキュバス。オトコノコの精を吸い取る、とってもこわーい魔物なのよぉ」
自分の唇にすらっと伸びた細い指を当ててそう言うと、兵真とリンフレッドはその場にしゃがみこんだ。
「クッ、怖い……! 俺はサキュバス怖い……ッ!」
「俺もだヘイム! サキュバス怖い!」
口とは裏腹にものすごく何らかの期待に満ちた表情で二人は怖い怖いと連呼している。
しょうがない男どもだなぁ、と二人と一匹は先程とは違う表情で男どもを見た。
「あっ、どうしようリン! 俺今マジで怖い! 顔上に向けられない!!」
「俺もだヘイム! 変な事言わねぇで黙ってりゃよかった!」
「……」
頭を抱えて俯いた兵真とリンフレッドを見てムツミはいっそ思いっきりひっぱたいてやろうかと考えたが思いとどまり、サキュバスと相対する。
「まあ、あんたが魔物なのは分かったわ。問答無用で殺してもいいんだけど、話ができる相手みたいだから聞いとく。 このままわたし達の事は見なかったことにして、どっか行ってくれない?」
「ええぇっ、それは駄目よぉ。だって私、お腹が減って減ってこのままだと飢え死にしちゃいそうなんだもの」
「なに! それはいけない!!」
「その通りだヘイム! ここは俺達がひと肌脱いで彼女に食料をおっとナナフサ待て待てちょっとした軽い冗談だから剣をこっち向けるのやめようぜ? な?」
兵真たちの繰り広げるコントをできるだけ聞き流しつつムツミは口を開く。
「……そう。まあそこのアホ共はああ言ってるけど、退く気が無いなら悪いけど死んでもらうわ」
言って、ムツミは光の槍を掌に作り出し、構えた。が、それを見て兵真が止めに入った。
「ま、待てってムツミ! 何も向こうは命まで取ろうってんじゃないし、殺すのはちょっとかわいそうだって!」
「……なに? そんなにアレとしたいの?」
「結構ストレートに来るね!? いやそれはまあそんな事ないと言い切りたいとこだけど嘘付くのもなんだし否定はできないけどそうじゃなくてさ! ほら、やっぱ同じ人間の姿してるんだしちょっと気が引けるじゃん?」
「確かに、ヘイムの言う事もわからなくはないんだけど」
でもね、と前置きしてムツミは続ける。
「それでも、あいつを見てると昔のわたしを思い出すから、嫌なの」
「格好が?」
「そこじゃないから」
ムツミがツッコミを返すと、兵真はそれ以上は何も聞かずにわかったわかったと首を振った。
「まあ、ムツミが嫌って言うなら仕方ないよな。サキュバスのお姉さん、申し訳ないけど退いてくれないなら戦わせてもらうよ」
「ヘイム……」
そう言って兵真は剣を抜き、立ちはだかるサキュバスに切っ先を向ける。
茶化されはしたが、自分が「嫌だ」と言ったらそれまでの主張を投げ捨ててくれたヘイムに、ムツミは内心ドキッとした。
「あらぁ、残念。でも、そっちがその気なら私も無理矢理襲い掛かっちゃうんだから」
「悪いけど、本気になったら俺達はかなーり強いぜ」
兵真が剣を握り直すと、リンフレッドは悲観するような、困惑したような様子で肩を掴んでくる。
「ま、マジかよヘイム、やるしかないのかよ!?」
「俺が恋した女の子が嫌って言ってるしな。仕方ないさ。……それにだリン、良く考えてみろ」
キザな事を言うと、そのままリンフレッドに耳打ちを始める。
「俺達って近接戦闘系だし、サキュバスと密着するわけじゃん? 流石に戦闘中だし押し倒されたり倒されたりとかもやむなしだと思うんだよ。……どういう事かはもう言わなくってもわかるよな?」
「すげえな……天才だ、天才だよヘイムお前……」
ムツミとレイニーが二人の密談を訝しげに見ていたが、やがて二人はその友情を確かめ合うかのように熱い握手を交わした。
「おはなし、終わった?」
「ええ。やらせて頂きます」
「なんて言うか、今の俺達は無敵な気がする。ムツミ、レイニーさん、ナナフサ! 何だったらそこで見てるだけでもいいぜぇ!」
二人は、再び覚悟を決めたというような顔で、サキュバスと向かい合う。
まあ、カッコつけているのは顔だけで、その下で兵真はあわよくば逃がしてあの時命だけは助けて頂いた恩返しを的な展開にしてやるぜグヘヘと考えているしリンフレッドは掌底を叩き込むフリして思いっきり胸を揉みしだいてやるぜとか考えていた。
「……ナナフサ、ヘイムを信じてないわけじゃないけど逃がさないように回り込んで」
「ナナフサちゃん、あの子達が怪我しないようしっかり見ててあげて。特に手元を」
しかし、邪念というのは口に出さずとも伝わってしまうものなのか二人の煩悩を読み取ったかのような指示がナナフサに出され、動き出す。
兵真とリンフレッドはこの時、今まで仲間だった者が敵に回る時というのは本当に恐ろしい事なのだと思った。
「な、ナナフサ! わかってるだろうけど、アレだぞ! むやみやたらと命ってのは奪っていいものじゃないからな! 狙うなよ! 絶対だからな!!」
「そうだぞナナフサ! フリとかそういうのじゃなくて本当に俺達は女の子の首が飛ぶ所とか見たくないからな! 本当に頼むぞ! そういうの無しな! わかったよな!?」
「……」
「「返事してーーー!!!!」」




