第二十二話 氷河の迷宮 第二層
ブルータイラントを撃破した翌日、兵真たちは再び氷河の迷宮へ足を踏み入れ、下の層へと進んでいた。
壁を破壊して現れた奴のいた場所へと再び訪れてみると、崩れた壁の先に下へと続く階段があったのだ。
第一層とは違い壁も天井もだいぶ低くなっており、あそこまで巨大な魔物と戦う事はもうなさそうだと安堵しつつも、常に罠などを警戒しながら慎重に歩を進めている。
「ところでさぁ。魔物、少ないと思わねぇか?」
「あ、リンもそう思う? だよな、少ないよな魔物」
リンフレッドの言葉に兵真は頷きながら肯定する。
一行はまたブルータイラントと遭遇する危険性も考えて周りの壁を確認しつつ一層を進んできたのだが最初の一体以外とは何者との遭遇もしなかった。
まあ運良くいけばそういう事もあるのかもしれないと半ば強引に納得しておいたが、現在探索を進めている第二層に入り約30分ほどが経過してもなお新手の魔物と出会う事は無いままだったのでリンフレッドの疑問は誰もが抱いていただろう。
「だからって油断しないでよね。どこに何が潜んでるのかわかったもんじゃないんだし、わたし接近戦になんてなったら本当に何もできないんだから」
「フッ、そんな時は俺が守ってやるぜ」
「……そう。うん、まあ、じゃあ期待しておく」
親指を立てながらキメ顔で兵真がそう言うとムツミは視線を逸らして俯きがちに小声でそう言った。
……あれ、ダサいとか気持ち悪いとかそもそもそんな状況作るな的なツッコミが入る事を期待してひとボケかましてみたのになーと兵真は想像と違う反応に頭を掻くと、直後にレイニーとナナフサが戦闘態勢に入る。
「お話はこの辺で中断ね。敵、みたいよ」
兵真が顔を上げて向き直ると、まだ大分先に居るようだが一つの影が確認できた。
ゆっくりと近付いてくる影に合わせて各自武器を構え、いつでも即座に攻撃が行えるよう準備する。
久々に現れた今度の魔物はどんな奴なのかと期待と若干の恐怖の入り混じった心境の兵真はしっかりと影を見据える。
次第に影の輪郭が定まり、人に近い姿の魔物である事がわかり、大きな蝙蝠のような羽を生やしているのを認識すると、兵真はもしや、と唾を飲んだ。
「……まずいな」
「どうしたヘイム、まさかどこかで見た事があるヤツか!?」
「まあな。ある意味『最強』と言ってもいいかもしれない。俺でも手も足も出ないかもな……」
兵真の言葉に仲間達の間に緊張が走る。勇者を自称するほどの男にして敵わないと言わせる相手とは――。
「そんなヤバイ奴なのか……!? どうする、一旦ここは退くか?」
「まあ待てってリン。そこまで怖がる必要はないさ。ちょっと耳貸してくれ」
顔面蒼白で撤退するかを問うてくるリンフレッドに兵真は耳打ちをする。
すると、リンフレッドの顔は引き締まったものに変わり、薄っすらと笑みさえ浮かべていた。
「ヘッ、そいつは確かに、強敵だな。俺達だけじゃあ本当に手も足も出せずにやられちまうかもしれねぇ」
そう言うと二人は顔を見合わせ、黙って頷いた。そして揃って歩き出し――
「ムツミ、レイニーさん、ナナフサ! ここは俺達二人で引き受けるッ! だから、その間にここからできるだけ離れていてくれッ!!」
覚悟を決めた漢の顔、とでも言った所か。兵真とリンフレッドは今まで一度も見せた事のないほど凛々しい顔でそう叫んだ。
その言葉にこれからこの場所にやってくる魔物の恐ろしさを二人と一匹は理解し、その言葉に一瞬驚愕したが、すぐにやれやれと呆れ顔で二人の横に並ぶ。
「何いってんだか。ここまでずっと一緒にやって来たんだし、今更そんな事言われたってわたし聞かないわよ」
「そうよ、アタシ達はもうどんな時だって一緒。例えそこが死地だったとしたって、どこまでもついていくわ」
「ウォン」
しょうがない男どもだなぁ、と二人と一匹は微笑と共に二人の顔を見ると、表情自体は予想通りだったが、予想外の反応を返された。
「え、いや、ちょっと、そんな、こ、困るんだけど……」
「い、いや、ホントマジ危ないっつーかその何だろ、さ、下がっててよ、ね? ね? ほらせめてあのあっちの方の角んトコで待ってて!」
「もう、カッコつけた手前立場無いのはわかるけどうろたえすぎだって。この先どんな結末が待ってたってわたしはヘイムを恨んだりとかしないよ」
「アタシも、最後までみんなと一緒にいたいなって思ってるんだから、気にする事なんて無いのよ」
「ォン」
「無理! 気になる! 気になるから、お願いだから離れたとこに行ってて! 30分くらいしたら呼びに行くから!」
「そうそう実はそんな危ないワケでもないし俺達二人だけでも大丈夫だから! ちゃんと30分で……いや待てヘイム! 30分はちょっと短すぎる気がする! 1時間! 1時間にしとこう!」
数秒前の凛々しい顔はどこへやら、顔中に汗を流しながら切羽詰った表情でムツミとレイニーの肩を押して後退しようとする。
「えぇっ、ちょっと、な、何で!?」
「あらあらぁ、にぎやかだと思ったらカワイイ子達がいるわねぇ」
ムツミが驚愕の声を上げるとそれに遅れてねっとりとした女性の声が響く。
その声が先程から警戒していた魔物の声だと気付くと女性陣と狼は構える。男性陣はアチャーと天を仰ぐ。
「……世の中って、上手くいかねぇよな」
「……ああ。きっと世界ってのは人間の事が嫌いなんだろうぜ」
兵真とリンフレッドはこの時、世界が終わる日を迎えてしまったような絶望に包まれたという。




