第十八話 氷河の迷宮へ②
氷河の迷宮へ向かう事を決めた翌日、兵真たちは馬車に揺られていた。
偶然にも迷宮付近の町へ向かうという行商人の馬車を発見し、道中の護衛を条件に乗車させてもらうことができたのだ。
「ところでさ、ムツミに昨日言われて気付いたんだけど」
「うん? 何を?」
「俺、言っちゃいけない事言ってた気がするんだ……。ごめん」
これまでの経験でこの先向かう予定の迷宮に何かがある、と兵真は考えたが、その後ベッドに潜り込んだ時にレイニーと交わした言葉も経験的に良くない言葉だったと思い至る。
まあ、一言で言えば死亡フラグというやつである。
「な、なんで急に謝るの? わたしは別にヘイムは何も悪い事言ってなかったと思うけど」
「いや言ってた。みんなの命に関わる事を……」
「言ってなかったと思うけど……。それにそんなに心配しなくたって平気よきっと。強くなってきたって兵真も言ってたし、わたし達が死んだりなんてするわけないじゃない!」
「あああああそれ! そういうやつの話!!!」
ムツミのフォローを受けて兵真は頭を抱えて叫ぶ。心配するなと言いたいのだろうが、兵真には死亡フラグの補強としか受け取れなかった。
「そんなに怖がるなってヘイム。……おっとそういえばスタールの町に良い店があるの思い出したんだけど迷宮の探索が終わったら一緒に美味い酒でも飲みに行かないか?」
「昨日は自信満々だったのに今日は弱気ねぇヘイム。ところでアタシ実は絵が趣味で魔王を倒したら世界の風景画とか描いてみようと思ってるの」
「ウォンウォンウォン!」
「あぁ~はいはいわかったお前らわざとだな!! わざと言ってるんだよなそれ!!?」
更なるフラグの乱立に兵真が声を荒げると同時、馬車が急停止した。立ち上がっていた兵真は派手にバランスを崩し、
「うおあっ!?」
「おっと」
床に直撃するかと思いきや、ムツミに受け止められて事なきを得た。ついでに抱き止められたこめかみ辺りにふにゃっとした幸せな感触を覚える。
「大丈夫?」
「……ありがとう、ムツミ。色々と」
「色々?」
色々、に疑問を覚えるムツミをよそに行商人が兵真たちのもとへやってくる。
「あ、あんたら、出番だ! 盗賊が出やがった!」
馬車の中に避難した行商人に任せろ、と頷きを返して兵真たちは馬車の外へと飛び出した。
そこには見るからに盗賊と言う感じの格好をした男が三人、ナイフを持って待ち構えていた。
「チッ、護衛を雇ってやがったのか」
「気にする事ぁねぇよ、ガキと犬っころじゃねえか」
「そうだぜ兄貴、サクッとやっちまおうや」
どうやら盗賊は兵真たちを見ても退く気は無いようだ。やる気満々である。
当然相手がそのつもりでは兵真たちもやるしかない。ただ、悪人相手であっても相手は人だ。兵真もリンフレッドもあまり気乗りはしない。
「……四天王の奴らも見かけは人っぽかったけど、こいつらは正真正銘人だし、やり辛いな。リン、できるだけ命は取らないような方向で行かないか?」
「うん……まあ、俺もヘイムの意見には賛成、なんだけどさ」
兵真の問いにリンフレッドはやけに歯切れの悪い答えを返してきた。不思議に思って兵真が見ると、リンフレッドの顔は下を向いている。そちらを見てみると――。
一名、非常にヤる気満々の者がいた。
「……!!」
これまでの戦闘を思い返し、兵真はゾクリとする。
「おいお前ら! 死にたくなけりゃあ武器を捨てろ!」
「おいお前ら! 死にたくなけりゃあ武器を捨てろ!」
馬車から飛び出た兵真と盗賊、一言一句違わず同じ言葉が放たれた。
「あぁ!? お前ら俺らの事馬鹿にしてんのか!? ここら一帯を縄張りとする盗賊、『毒を舐める三つ子カラス』の名を知らんとでも言うんじゃねぇだろうなぁ!!」
「うるせぇこちとら親切で言ってやってんだよ!! カッコいいのかダサいのか微妙なラインの通り名なんかどうだっていいからさっさと尻尾巻いて帰れ! 俺の仲間の一番やんちゃな奴がめちゃくちゃ張り切ってるんだよ!」
兵真は言ったが、ナナフサ自体はいつもと同じだ。そう、いつもと同じく容赦なく首を狙いに行くだろう目をしている。
このまま戦いとなった場合、盗賊達がいかほどに強いのかはわからないが四天王クラスという事はないだろう。ほぼ確実に凄惨な光景が生まれることになるだろうと考え、兵真は道を空けるよう進言したのだが、盗賊達は当然退くつもりなどない。
「ガキがぁ、馬鹿にしやがって!! 後で助けてくれなんて言ったって聞かねぇぞおらぁ!」
兵真の言葉を宣戦布告と受け取り盗賊達はナイフを振りかざして襲いかかってくる。
兵真たちも迎撃に入るがその前にナナフサに一言言っておく。
「くそっ、やるしかねぇか! ナナフサ! 頼むから首は狙うなよ! 俺そういうの苦手だから!」
「リンの言うとおりだナナフサ! 首は狙っちゃ駄目だぞ! 絶対だ!」
「そうよナナフサ! 絶対に、絶対に首には攻撃しちゃ駄目よ! いい!? 絶対よ!」
「いいわねナナフサちゃん! みんなの言うように首に攻撃しちゃ駄目よ、狙っちゃ駄目だからね! わかったわね、絶対だからね!!」
「ウォン!」
「なんか今日の皆おかしくない!? さっきからもしかしてわざとやってる!?」
絶対に○○するな、と言えばやはりアレだ。いわゆる「やれ」というフリだ。兵真にはそう刷り込まれている。
とはいえここは異世界。熱湯風呂の前で絶対に押すなと言われて押すような文化は無いだろうから単純に皆同族のグロテスクな姿を見たくないだけなのだろうが、はたしてナナフサにはそれが伝わったのだろうか。
実に残念な事ではあるが、結論から言えば伝わらなかったようだ。剣を抜き、盗賊を見つめる瞳はむしろ今まで以上に輝いてすら見えた。
「な、ナナフサ――――!!!!」
兵真の制止の叫びをGOサインと受け取ったナナフサは、迫りつつあった盗賊に猛スピードで迫る。
その想像を絶する速度に盗賊は付いてゆけず背後を取られ、断末魔の叫びすら許さずに一人、また一人と鮮血の花を咲かせていく。
「ひぃっ!? な、なんだこいつ……!!」
一瞬で二人の仲間を失い一人残った盗賊は一目散に逃走を試みるが、その背中へ瞬く間に追い付き、決着は着いた。
胴体と首とが切り離され、ドシャリと音を立てて崩れ落ちる。
「ウォン」
「ああああぁいいから!! 今回は本当に持ってこなくていいから!!! 見せないで!!!」
ナナフサはゴブリンを倒した時と同じように自分の倒した獲物を三つ、誇らしげにくわえて兵真たちのもとへ戻ってくる。
名前負けしない働きをしてくれる事は悪くないのだがソレはちょっと流石に見たくないし気持ちが悪い。兵真は全力で視線を逸らす。
……その後、馬車の中には兵真たちの阿鼻叫喚が響き渡った事はもはや言うまでも無い事だろう。




