第十二話 四天王、カイン・ロイネス・ガイスト
「ありがとな、カイン! いつか絶対俺達が魔王を倒して、こんな風に魔物に苦しめられる人がいない平和な世界にしてみせるからな!」
聞こえたかどうかわからないが、兵真の叫びにカインは立ち止まり、振り返った。
そのままゆっくりと手を挙げ、手を振って返されるのかと思いきや。
伸びた手はカインの兜、額の辺りを押さえていた。
その反応に兵真が首を傾げていると、カインは踵を返してこちらへ戻って来始める。
「魔王、か。……確かに、彼を倒せば平和が訪れるのかもしれない。……魔物に人里を襲わせるような命令を出す男だからな」
その呟きは兵真たちの耳にも届く。そしてその言葉の持つ意味もおのずと理解し顔を青ざめさせる。
「や、やけに詳しいんだな、カイン」
「やべえぞ兵真、逃げる準備した方がいい気がする」
「今更逃げてもあの子、アタシたちの前に現れた時みたいにびゅーんって飛んできてすぐ追いつかれちゃうんじゃないかしら」
逃げようかと思うが、レイニーの言葉通りだろう。間違いなく兵真たちの全速力よりカインは速い。
人々を守る騎士とあってはそんなはずはないだろうと思っていたのだが、まさか彼も魔王の手下だったとは。
やはり戦う以外に無いのだろうかと覚悟を決めると、カインは少し距離を置いた場所で立ち止まる。
「ここを魔物に襲わせる命を出したのは彼だ。そして、魔物を指揮していたのは、私。……彼の命令に意味があるとは思えなかった。だが、彼に助けられたあの時より私は彼の騎士となると決めた。彼に背くような真似はできない。……君達が村人を守り、戦う姿を見て、つい体が動いてしまったがね」
はは、と乾いた笑いを零しカインは俯く。兜で覆われたその表情までは窺い知る事はできないが、きっとその顔は曇っている事だろう。
カインの言葉を聞き、彼が完全なる悪ではないのでは。そう思った兵真はどうにか話し合いで解決できないかと思案し始める。
だが、兵真が言葉を発そうとする前に男は収めていた剣の柄に手を掛け、抜く。
「……だが、私は彼の剣であると同時に、盾ッ! 共に村を救うため協力してもらった君達に刃を向けたくは無かったが、彼を害するとあらば私が振り払わねばならんッ! ……改めて名乗らせて頂こう。四天王が一人、カイン・ロイネス・ガイスト、参るッ!!」
震える声と共にカインは兵真たちへ剣先を向ける。剣を振ると同時に迷いも切り捨てたのか、一気に突っ込んで来た。
兵真とリンフレッドはレイニーとムツミの前に立ち、カインの斬撃から二人を守る位置を取る。
振り下ろされた剣は風を切り裂き、容赦なく兵真の胴体めがけて襲い掛かる。常人であれば反応できないほどの速度だったが、かろうじて見切る事に成功した兵真の剣がそれを阻んだ。
「せめて一撃で終わらせようと思っていたのだが……やはり、君達は強いようだな」
「そこそこ経験は積んできてるんでね、簡単に死んだりしてはやれねぇさッ!」
兵真とカインは鍔迫り合い、兵真が渾身の力を込めてカインを拘束せんとする。
「……確かに、まったくの素人という事では無さそうだ。しかし」
カインが兵真の力に感心するように頷いたその時、その背後にはナナフサが待ち構えていた。
カインが油断したと判断した瞬間、ナナフサの剣が振りぬかれカインの首を取る。
「しかし、それでは届かないぞ」
ナナフサの剣が届くより早く、カインの剣の柄がナナフサの腹を捉えた。
先程まであった剣が突然消えたように動き、兵真はそのまますっころんでしまう。
「ギャン!!」
ナナフサは兵真の頭上を飛び越え、そのままレイニーたちの後方まで飛んで地面に叩き付けられた。
「薄汚い獣が……。彼と私のの戦いを妨げ背後から忍び寄り急所を狙うなどなんと卑劣な事か。恥を知れッ!」
起き上がらんとする兵真の首筋に剣を当てながらカインはナナフサを見下すように罵声を浴びせる。
「な、ナナフサは俺達の仲間だ! 侮辱するような事言うのはやめてもらおうか!」
リンフレッドが声を張り上げる。ダラダラと汗を流しながらカインを鬼のような形相で睨んでいる。
刺激すれば自分が殺されるかもしれない。そう思いながらもリンフレッドは苦楽を共にしてきたナナフサが貶された事が許せない。
そんな思いを知ってか知らずか、カインは更に言葉を続ける。
「フン、仲間か。こんな醜い者が君達の仲間だなどと……っ!」
そこまで言うとカインは何かに気付いたようにハッとし首を振ると、兵真の首から剣を退かした。
兵真はすぐさま飛び起き、リンフレッドと共に再びカインへ向け剣を構える。
「……いや、その獣が君達の仲間と言うならば、これ以上は言うまい。……忘れてはいけない事を忘れてしまう所だった」
何かを思い出すようにカインは呟き、突如兵真たちへ背中を見せた。
「今回はここまでとしておこう。原因は私にあるとは言え、共にこの村を救うのに協力した事に免じ命は取らん。だが、もし再び彼へと剣を向けると言うのならば、その時は決して容赦しない。全力を持って君達を殺そう」
そう言って、兵真たちに一瞥もくれず遠ざかっていく。カインは、今度こそ本当に村を去って行った。
兵真たちは再び四天王との対峙で命拾いした事に顔を見合わせて困惑していたが、ムツミはいち早く平静に戻りナナフサに治癒魔法をかけ始める。
「……また、助かっちまったな、ヘイム」
「ああ」
誰一人欠ける事無く生き残れたとはいえ、兵真もリンフレッドも釈然としない。命がある事に喜びながらもグランハンドに言われた「弱すぎて話にならない」という言葉が頭をよぎる。
「不思議よね、あのカインって子。熊さんを一撃で倒せるくらい強いのに、ヘイムに攻撃が受け止められるなんて。……もしかしたら最初からアタシ達を殺すつもりはなかったのかもね」
レイニーの言葉を聞いて二人は納得した。確かにカインの攻撃は早かったが、兵真にはギリギリ見切れた。
ナナフサも大きく吹き飛ばされたが、ムツミの表情からしても死んでいるような怪我をさせられてはいないのだろう。
「そっか、本気じゃあなかったのか、あいつ」
確かにグランハンドと対峙したときのような圧倒的力量差を感じるような事はなかった。手加減されていたに違いない。
鎧熊と戦っていた時の力が全力だったのか、それもまだ本気ではなかったのかまではわからないが、傷つく人々を見て助けてしまいたくなるカインもまた完全な悪ではないのだとわかると兵真は複雑な顔をする。
「でもやりにくいよなぁ、ああいうのは倒すのにちょっと気が引けるよ」
「ヘイムの気持ちも分かるが、あいつも魔王の手先みたいだしな。助けては貰ったがそこは割り切るしか無いんじゃねぇかな」
兵真は少し悩んだが、リンフレッドの言葉を聞いてそうかもしれないと頷いた。
そうだ、相手は魔王の仲間なのだ。過去に何があったとしても今は悪。悪は正義が討たなくてはいけない。そのために兵真はやってきたのだ。魔王にもその仲間にも色々事情はあるだろうが、だからと言って剣を収めるわけにはいかない。
リンフレッドの友人も不幸な目に会っているし、名前も知らない誰かが今も魔王のせいで苦しんでいるかもしれない。
だから例え魔王がどんなやつだったとしても、容赦しない。兵真はそう心に決めた。




