第一話 勇者誕生! 異世界へ!
「異世界を救う勇者になってみたくはないか?」
日本生まれ日本育ちの16歳、ごく普通の少年尖崎兵真は散歩ルートのトンネルに差し掛かった所で唐突にそう声をかけられた。
「……はい?」
あまりに突然の問いかけに思わず聞き返してしまう。
暗闇の中から現れたのは全身をローブで覆い顔をすっぽり隠すようにフードを被った怪しい、直球な言い方をすれば変質者のような格好をした男だった。
「いや、異世界だよ異世界。勇者になってさ、異世界を滅ぼそうとする魔王を倒して欲しいんだよ」
「はあ……」
熱っぽく説明する男に対し兵真はじつに素っ気ない返しをした。
しかし、だからと言って興味がないわけではなかった。異世界、勇者、魔王を倒す。どれもこれも兵真が大好きなワードばかりである。この世界ではあまり目立たずどちらかといえば暗めな自分ではあるが、異世界でならきっと俺は主人公になれると思う。普段からそう妄想している兵真にとっては本来なら二つ返事でオーケーしてもおかしくはない。
とは言っても兵真はそこまで現実の出来事に大きく期待はしていない。この世のものとは思えないほどの美しさを持つような、まさに女神と表現するより他ないような存在からの頼みとあればともかく、今兵真の目の前にいるのはただひたすら怪しく神々しさなどまるで感じないフランクな口調の男だ。
言葉はどことなく真剣みを帯びて感じられたが単なる迫真の演技かもしれない。もしかしたらドッキリか何かなのではと兵真は思い至りどこかにカメラがあるのかもしれないと周囲を見回す。
「おいおい、何だよその態度。騙そうとかってつもりなわけじゃないぞ。本当にお前の住むココとは違う世界がピンチなんだって」
「いや、いきなりそう言われても……別に興味がないわけではないんだけど信用できないっていうか」
「ふっ。そう言われるんじゃないかと思ってな、用意はしてあるんだ」
そう言うと男はローブの中から手を差し出し、兵真の手に透き通った緑色の液体の入った小瓶を渡す。手渡されたそれを兵真は訝しげに眺める。
「何ですかこれ」
「そいつはどんな傷でもたちどころに直してくれるすごい薬だ。飲んでみるといい」
「え……俺怪我とかしてないから飲んでも効果実感できないんですけど……あとそんな説明されてこんな色の液体飲めとか言われても普通に怖いし無理っす」
「……」
「……」
「……そ、そう言われるんじゃないかと思ってな、用意はしてあるんだ」
仕切りなおすように男は言いながら再びローブの中に手を戻し、今度は兵真に何かずっしりと重みのあるものの入った皮袋を渡してきた。
開けるように促され中身を確認すると、中には金、銀、銅で作られた貨幣らしきものが詰まっている。
その貨幣に描かれている見たことも無い模様と皮袋の中の輝きを認識すると兵真の心臓は徐々に高鳴り始めた。
「おぉ……!?」
「どうだ、異世界で本当に使われてる通貨だぞ。勇者になって魔王を倒してくれるのなら、さっきの薬と一緒に軍資金としてプレゼントするぞ?」
「ま、マジっすか」
最初に変な色の薬を渡された時は頭のおかしいだけのオッサンかと確信しかけていた兵真だったが、本物であることを主張せんばかりに輝く貨幣を見て考えを改めた。
異世界の現金を見て信用するというのもまさに現金な話だとも兵真は思うが、頭のおかしいだけのオッサンがこんなものを持っているわけが無いのも事実だ。きっと召喚魔法とか転移魔法の使い手なのだろうと思うことにした。
「もちろんマジだ。しかもこれだけじゃないぞ。異世界に行く勇者サマには特別な能力をプレゼントしよう!」
「おお!! マジっすか!? なんかテンション上がってきましたよ! それで、どんなチート能力をくれるんすか!?」
異世界で他者とは違う圧倒的な能力を持って文字通りの無双の活躍。兵真の憧れるものの一つである。そんな能力まで貰えるとあっては兵真はもう異世界に行く気マンマンになっていた。
「え、ち、チート……? いや、お前とその仲間達の経験の積み方がその世界の奴らと比べると早くなるってだけだけど」
「……レ、レベルアップが100倍早くなるとかそういう意味っすね!」
「いや、一度の戦いで得られる経験が100だとしたら150になるとかそのくらいの倍率だけど」
「……50パーセントっすか……」
兵真はちょっとガッカリした。プレイ人口の減り始めたネットゲームの新規プレイヤー用の経験値ブーストレベルの上昇量じゃないか、と。
「ま、まあそれはともかくとして異世界の冒険って俺憧れてたんで、是非やらせてほしいです」
「本当か! いやあ良かった。俺も断られたらどうしようかと思ってたんだけどそう言ってくれると助かるよ」
男は安堵したようにそう言うと今度はローブの下から鞘に収められた剣を取り出して兵真に渡した。
「それじゃあ、これも渡しておこう。……ああそうだ。言い忘れていたんだが、お前が異世界で手に入れたものは魔王を倒したらこっちの世界に持って来られるようにしてやろう」
「うおお、至れり尽くせりじゃないっすか。そんなの言われたら最高の仲間と最高の冒険をするしかないじゃないっすか!!」
「はは。まあ魔王を倒すことさえ忘れないでくれたらそれでいいけどさ」
そういう重要な話はもっと先に言っておいてほしいと兵真は思わなくもなかったが異世界で冒険ができるという魅力の前ではわざわざ言いはしなかった。
「それじゃあお前を異世界に送るから、ちょっと目を閉じていてくれ」
「はい!」
言われるがままに兵真は目を閉じると、少し遅れてからフワッと宙に浮くような感覚に包まれた。
これから自分が行く異世界での活躍を妄想し、今か今かと辛抱たまらずにいる兵真はこうして異世界へと旅立っていった。




