9 世界の仕組み
乱入者はスライムと名乗った。
ぷにぷにとした肉体に、僕の丈の半分ほどしかない身長。スライム状の体だからという理由で、らしいのだけれど、スカルさんといい、安易すぎやしないだろうか。…僕も人の事はいえない。
いや、そもそも彼らは人じゃない。
魔物だ。
そして、僕は魔王なのだという。
「…い、意味がわからない………」
「仕方ないですよねぇ、まさか僕らも、産まれたばかりのご子息を勇者に攫われるなんて思ってもいなかったんだもの!」
スライムさんは肩を怒らせるようにして(肩らしきところ)ぷりぷりと怒りを露わにしていた。お腹が空いていたのと、限界が近かった僕はスカルさんが作ったと言う手料理のスープを啜っている。悪くない、というより全然美味しい。スカルさんは口に合ったのが分かったのか、嬉しそうに「お替りもあるわよ」と言ってくれた。悪い人ではないようだ。
魔物だけど。
食べながらでいいから聞いてくれ、と伝えられたスライムさんからの内容を頭の中で整理しようと思う。整理させてほしい。まだ、全然理解できていないのだ。
まず、僕が魔王であること。
15年と少し前、僕は魔王の子供として産まれた。それからすぐに勇者――つまりは、お父さんだ――が魔王城に踏み入り、魔王を殺した。僕はその間、乳母に守られていた筈だったようだが、気が付いた時にはどこにもいなかったという。配下の魔物の生き残りから、勇者が連れ去ったという情報を聞き、長年探し続けていた、ということらしかった。何より、このペンダント。
これは、魔王の証だという。どうりで、勇者の証と似ていると思った。
「魔王様は、産まれてくる子供へとペンダントを渡します。15年前の際、魔王様は自らが倒されることを悟りながら、貴方にペンダントを預けたのでしょう」
うんうんと聞きながら、ちっとも理解しがたい。
そもそも僕が魔王だって?ここまで説明されても、受け入れがたい内容だった。
「貴方様の気配はずっと感じておりました。先日、ようやく気配がはっきりと感じ取れたので、自ら出向いたのです」
どうやらあの、死を覚悟したときの茂みの音。あれはスライムだったようだ。
ふむ、と考えてみる。気配がはっきりと感じ取れるようになったのは、恐らく、村を抜けたからではないのだろうか。勇者だったお父さんが何らかの結界を施していても可笑しくはない。ただ、分からないこともある。
どうして、お父さんは僕を拾ったのだろう。
魔王の息子だと気付いていなかったのだろうか。いいや、お父さんは聡い。気付いていた筈だ。
それなのに、なぜ。
「…とにかく、僕が、魔王の息子…なのは、分かったよ」
「ご理解いただけましたか!」
スライムが嬉しそうに声をあげる。理解しないと、この状況も受け入れれそうにないのだ。魔物が人間を助けるなんて―――――
そうか、と僕は自分の掌を見詰めた。
僕、人間じゃ、ないんだ。
「我々魔物は、先代魔王様、いえ、まだ貴方が魔王としての任命を受けておりませんので、魔王様でいいでしょうね。魔王様を亡くし、途方に暮れました。ですが、貴方様がどこかで生きていると信じ―――我々は身を守ることにしたのです。通常であれば、魔王様が滅ぼされた後、我々は魔力を失い、やがて死に行く存在です。我々は魔王様からの魔力で生きておりますので」
「…えっ」
スライムは少しだけ苦笑したような表情を浮かべた。どこか遠い目をして、スライムは言葉を続ける。
「魔王様は、自身がお亡くなりになっても身を保てるよう、我々に魔力を沢山与えてくださったのです。その分、あの方自身の魔力が減ることを知りながら。何より、この城には未だ膨大な魔力が蓄えられております。我々が生きていられるのは、あの方のお陰なのです」
「その城を守っているのがアタシたち、っていうわけ!こうみえて、アタシ、結界系の魔術は得意なのよ?」
スカルがカタカタと全身――もとい、骨を揺らす。
僕がスープの最後の一口を綴ると、スライムは「さて」と言葉を切った。
「まだ目が覚めたばかりです。もう暫くお休みくださいませ。スカル」
「はいはい、ささ、ゆっくり休んでね」
あっという間に空になった器を取り上げられ、掛布団を掛けられる。これだけは聞かないと、と出て行こうとする二人に声を張った。
「魔物は、どうして人間と戦うの?」
二人は振り返る。
ずっと不思議だった。魔物は人間を見つければ掴みかかってくる。そして、人間もまた、そのような行為をする魔物に応戦する。いつだって、魔物と人間は敵対関係だ。応えたのはスライムだった。
「それが、世界の仕組みだから」
腑に、落ちない言葉だった。