5 平和の終わり
違和感を感じたのは街を出て暫くたった頃だ。街から村までは大体1時間。子供の足でこれだから、大人はもう少し早く着くとは思う。
でも、街道を歩きながらも、森の奥から煙臭い臭いが紛れいてるのに気が付いた。
「…何か、燃えている…?」
それは、徐々に近づく度に濃くなっていく。知らず知らずに早足になって、僕の背筋が冷えていく。ようやく村が見えてきたあたりで、何やら賑やかな声が聞こえてきた。咄嗟に、「隠れなきゃ」と思考が切り替わる。
街道を外れ、木々をうまく利用しながら村を上から見下ろすことができる崖へ向かった。この付近は最早村人にとって庭のようなものなのだ。行き方は覚えていた。後ろを少し顧みれば、街道は無数の馬が音を立てて走っていった。その上に乗っていた甲冑―――騎士団だ。
どうして、騎士団が村に?
だが、考える暇はない。煙のようなものさえ滲みだしている。心臓の鼓動がバカみたいにうるさい。ブーツの先端が焦りで滑りそうになりながらも、目的の崖に辿り着いて――――
絶句した。
「…なに、これ」
そこは地獄絵図が広がっていた。
崖からは村を見下ろすことができる。村は木々によって四季を鮮やかに映し出す。春は桜、夏は緑の葉、秋は紅葉、冬は枯れ木。移り変わる様は美しく、少々貧しさはあったけれど、村人たち全員で助け合って生きてきた。村は、僕の世界だった。
世界は、燃えていた。
目を眇めてみれば焼死体や、見るのもおぞましいような血。咄嗟に口元を覆って、僕は震えを止めることができずに喘ぐように息を吐く。
だって、数時間前は、綺麗な緑があって。皆が意気揚々と作業をして、走り去る僕に「気を付けて行って来いよー」なんて声も掛けてくれたのに。
一面は、火に炙られ、人は死んでいる。
よくおすそ分けをしてくれるお隣さんも。
昔はからかい何度も泣かせにきた悪餓鬼も。
「………っ、っ…!!!!」
転がり落ちるようにして崖を下る。行かないと、行かなくちゃ。震える足を叱咤して、村へ辿り着く。その頃には、天気が薄暗くなりだしていて、今にも雨が降りそうになっていた。だが、空を見上げる余裕など僕にはなく、がむしゃらにひたすら走る。
辿り着いた村は、近くで見れば―――やはり、そこは、地獄だった。
「…おとうさん」
誰も、生きている人はいないのか。不安と恐怖が同時に襲い掛かり、胸を締め付ける。いいや、お父さんは元とはいえど、勇者だ。お父さんが負けるはずがない、負けるはずが――ー…。
誰が村を襲撃した?
「…騎士団?」
あの時、駆け抜けた馬の大群。甲冑の音。でも、襲撃する意味も、理由も分からない。ここは勇者が隠居した、ひっそりとした山奥でしかないのだ。それに騎士団には―――シロが居るはずだ。
何をしているんだ、あいつは。
ドクドクと鼓動がうるさい。この状況を前にして、冷静な自分が怖い。違う、パニックに陥っている、だから、少しでも意識を逸らそうとしてしまっている。そうじゃないだろう。
この光景を、目に焼き付けろ。
「お父さんを、お母さんを、探さなきゃ」
深呼吸をしたら、煙が染み込んで息が詰まった。