4 ペンダント②
街は村と違い、毎日祭りと疑いそうになるほどに賑やかだ。人も多く出店もほぼ毎日出ている。村とは違い、自然の心地は感じにくいけれど、街のにぎやかな雰囲気が僕は好きだ。
15年前、魔王が滅ぼされ、配下となっていた魔物は各々に散らばり、すっかり息を潜めてしまった。だが、完全に居なくなったわけではないようで、未だ力を持った魔物は出没しており、対抗すべく、騎士団は15年経った今も力をつけつづけている。騎士団は守るために存在し、騎士団は国の剣である。勇者の子として産まれたシロも、騎士団に憧れて村を出た。
僕は。
5年が経った今でも、人を傷つけることも、動物を傷つけることさえ苦手なままだ。このままではいけないとは分かっているが、全身が拒絶しているかのように体がたじろいでしまう。僕には、命を奪うことは出来ない。だから、僕はシロを追うように騎士団になる夢を抱くことはなかった。シロのことは尊敬している。シロは凄い。でも、だからといって同じ道を進むことは―――違う、と、僕は思う。
今は、僕が歩いていけるような道を詮索している途中だ。
お母さんは丁度出店で買い物をしていて、無事に見つかってほっとする。ブドウ酒のことを伝えれば、「あの人は子供を足に使って…」と呆れたように眉を寄せていた。ああこれは帰ったら、お父さん説教パターンだ、と小さく笑う。お母さんは僕にお礼を述べてから、お金を差し出してきた。
戸惑う僕にお母さんが告げる。
「これで何か買っておいで。夕飯までには帰るのよ」
「…!うん!」
意図を教えて貰って、僕は頂いたお金を握りしめて出店の間を走る。途中、振り返ればお母さんはまだ僕を見ていて、僕は力強く掌を振った。
出店で買ったフィッシュバーガーを手に、ふらふらと潮の香りを目指す。
街からは船が出ている。巨大な客船と、漁師の船だ。初めて海を見た時はどこまでも広がる青に驚きと、感嘆を飲みこまずには居られなかった。それから、僕は海が好きになった。街に出ればほぼ毎回、海に訪れるようにしている。海、とはいっても実際足を入れれるわけではなくて、海にほど近い場所から押し寄せては繰り返す波を眺めるだけだ。海の水を触ったこともない。舐めるとしょっぱい、と聞いたことはあるのだが、本当だろうか。涙のようにしょっぱいのか。もっと塩辛いものなのか。探求心が疼くけれど、僕はまだちっぽけで小さな子供でしかない。
適当な場所で腰をおろし、ハンバーガーに食らいつく。口の中に揚げられた魚の味がじゅわりと広がり、たまらずもう一口。
静かだった。
今日は客船も漁船も出払っているようだ。ただ、広がる海だけが僕の目の前にあった。
ふとペンダントに目を落とす。光の反射を受けて胸元で輝くペンダントは、傷こそついているものの、あまり汚れもないようで、あの埃っぽい倉庫の中でよくも輝きを保っていられると驚く。だが、もしかしたらお父さんが大事にしていたのかもしれない。
これは、何なのだろう。
お父さんは僕のものだと言っていた。ならば、僕のものなのだろう。
「……ご馳走様でした」
食べ終えてゴミを丸め、近くのゴミ箱に捨てる。チラリと海を振り返った。相変わらず静けさを保ったまま、波の音が聞こえる。
この海の向こうは、一体何があるのだろう。
「帰らないと」
もしかしたら、海の向こうに、僕が探している、僕の道とやらが―――あるのかもしれないと思った。