3 ペンダント
今日も子供たちが元気よく走り回る声が聞こえる。
屋根の上で、僕はゆっくり深呼吸をした。村の、自然のいっぱいの空気を吸い込んで吐き出す。新鮮な空気に胸が満たされる。僕はこの自然に囲まれた村が大好きだ。そりゃ、子供たちは些か度が過ぎることもあるけれど、それは僕が弱いせい。最初こそ、シロへの妬み恨みを引き受けていたわけだが、彼が村を出てからも度々いじめは起きていた。僕はやり返さなかったが、あの頃のように泣くことはなかった。
もう、5年も経つ。いつまでも泣いているわけにはいかない。
僕は15歳になっていた。
「クローーークローーーー!!!」
お父さんの声だ。僕は慌てて屋根から降りて、お父さんに駆け寄った。お父さんは何かを探しているようで、ゴソゴソと荷物を漁っていた。
倉庫は宝物庫だ。お父さんが、昔、旅をしていた際に得たものが詰まっている。でも、ここは村が作物を取れない冬や、あまりにも切羽詰まったときにしか開けられることがないから、僕がここに踏み入れていいものかと迷う。そうしているうちにお父さんが見つけ出したらしい。
「クロ、これを」
それはペンダントだった。
ふと、ペンダントといえば、とシロが村を出た日を思い出す。シロも、村を出る際にペンダントを貰っていた。あのペンダントは確か。
「勇者の証」
かつてお父さんが身に着け、肌身離さなかったペンダント。
しかし、お父さんは首を横に振った。僕はペンダントをもう一度見つめてみる。よくよく見れば、デザインもシロが貰ったものとは違っている。銀色のチェーンに黒い線。確か、シロのものは金色のチェーンに白の線だった。
「これは、お前のものだ。お前を見つけた時に身に着けていた。…お前ももう15歳。渡してもいいと思ったのだ」
「僕が、持っていた?」
そういわれれば、確かに、ちょっとだけ、懐かしいようにも思えた。っていっても、見つけた時といえば、赤ん坊状態なのだから、きっと気のせいだろう。ペンダントを握りしめて、僕はお父さんを見詰める。お父さんは昔と変わらない笑みを浮かべて大きい掌を僕の頭に乗せてきた。そのままくしゃりと掻き混ぜられる。
「いいか、クロ。お前はお前が信じた道を行きなさい。」
「…?はい」
頷けば、お父さんも一つ大きく頷いて、あ、と天井を仰いだ。それにしても埃っぽい倉庫だ。鼻がむずむずする。呻き声を上げた後、お父さんは嘆かわしく僕を見た。
「しまった、すまんが…お母さんに伝言を頼まれてくれんか。いつも飲んでいる、ブドウ酒」
「ああ、ブドウ酒」
「ないから買ってきてくれ、と」
「自分で行けばいいじゃないか!!!」
思わず叫べば、お父さんは朗らかに笑った。お父さんは何でも笑って誤魔化そうとする。お母さんは今日、朝から村の下、つまり街に降りて行った。僕たち村人は、そうして時折街に降り、冬を越す準備をしたり、物の調達を行うのだ。そして、お父さんが大好きなブドウ酒は街の一級品、手に入るのも街しかない。今から走れば間に合いそうだし、すれ違いにもならなさそうだと僕は気合を入れる。他でもない、お父さんの頼みなのだから、結局僕が断る理由はなかった。
「いってきます!」
元気に叫んで、両手を振って別れを告げる。背中には「大きくなったなぁ」としみじみ呟くお父さんの声が聞こえた。
そして、これが僕がお父さんと会話をした最後の時間だった。